女子と温泉


「あ”〜〜〜〜やたら汗かいたわ。早く帰ってお風呂入らなきゃ」
「えっじゃあ温泉行こうよ」

それなりに長丁場だった任務が終わった時に交わされたその会話の一時間後。私となまえさんと真希さんは温泉に来ていた。

「ずっと来たかったんだよね〜ここ。日帰りで温泉だけ入れるんだ」
「なんだか……やたら高そうね」
「結構高専から近いよなここ?」
「そうだね、歩いて15分くらいかな。じゃ行くよ〜」

やたらと高級感のあるのれんを堂々とくぐり進んでいくなまえさんの背を、私と真希さんが肩を並べて追いかける。のれんをくぐった直後、小洒落た中庭と旅館に繋がる長い石畳の道に出迎えられ少し面食らった。

「私が高専卒業直前間近に出来たんだよね、ここ」
「へ〜」
「よくもまぁこんな辺鄙なところに豪華な旅館建てるわね……」
「辺鄙だからこそじゃない?日常からの逃避的な」

確かに都内、とりわけ都心の喧騒の中暮らす人たちにとってはこの辺りは行きやすくて静かでいいのかもしれない。静けさの中でこつこつと靴音が響くのを聞きながらそんなことを考えた。
旅館の中に入ると、迎え入れてくれたコンシェルジュとなまえさんが二言三言会話を交わしそのまま温泉へと案内される。どうやらド平日だからかほぼ貸し切りらしい。現に、脱衣所には人っ子一人いなかった。各々汗やら汚れやらをよく落として、外の庭が一望できる大きな窓がある内湯に勢ぞろいする。なまえさんはなんとも形容しがたい唸り声を発していた

「あ”ーーーーこういう時のために働いてるわほんと」
「なまえさん趣味とか無いの?」
「……強いて言うならみんなに奢ること」
「それ以外だ」

そう言うと思ったと言わんばかりに呆れた表情の真希さんに、なまえ
さんは不満そうにしながら首をひねっていた。

「……美味しいもの食べること?」
「大して変わんねぇだろそれ」
「彼氏とかは?」
「いや私はむしろ高校生のフレッシュな恋愛事情が聞きたい。なんか無いの?」

地味に気になっていた事に突っ込んだ私のパスはさらりと打ち返されてしまった。高専生の恋愛事情。少なくともうちの学年では全くと言っていいほど縁が無い話だ。

「うちの学年の面子を重々承知の上で聞いてる?」
「恵と悠仁駄目?いい子だと思うけど」
「なまえさん見る目な〜い」
「失礼だなぁ」

なまえさんはわざとらしく肩を竦めて顎がぎりぎりつからない位まで体を温泉に沈めた。そうしてそのまま目線だけを真希さんに向けわざとらしくため息をつく。

「はぁ、望みは真希くらいかー」
「はぁ?何言ってんだ」
「憂太天然たらしっぽいよなー」
「憂太ってあの二年の乙骨ってやつ?」
「そうそう」
「だからあいつはそういうんじゃないって」
「素直じゃないなー」

いつもなんだかんだで高専生にいじられているというかナメられているなまえさんが、珍しく真希さんを圧倒している。というか、真希さんがいつもより少し大人しいのも珍しかった。真希さんをそんな風にさせるその例の乙骨先輩とやらには興味があるけど、海外にいてまだ会えてない以上変な詮索も出来ない。
そうして会話が途切れて、ふとなまえさんの体を見るとあることに気づいた。

「ていうか、なまえさん意外に体に傷無いのね」
「もっとあると思った?まぁ硝子の手にかかればある程度の傷は元通りだし」

なまえさんの体は10年以上術師をしているにしては予想以上に綺麗だった。穴とか開いちゃったら流石に残るけど、とぼやきながら上に伸ばされた二の腕には、親指大の傷が二つ三つ残っている。

「あと背中にもあったかな、確か。20代も中盤超えるとねぇ、残りやすいんですよ」
「不便な事とかある?」
「あーどうだろ……あっ一般人の彼氏とか作るとね、誤魔化すのに厄介だね」

そう言うなまえさんの顔は苦虫を潰したように歪んでいる。どうやら実体験みたいだ。

「それが結局めんどくさくて、術師とか呪術界関係の人とくっつく人が多いかな。でもまぁそうなるともう……いないね」
「悟は?」
「ごじょう〜〜〜〜〜〜〜〜〜?まさか。相性よくないし」
「仲良さそうじゃない」

なんだかんだ流れで最初の展開に戻ってこれた。ここぞとばかりに私と真希さんで畳みかけるように聞くと、なまえさんはぎゅっと眉間に皺を寄せ納得いかないような表情を浮かべている。

「よくない。それにあの人デカすぎるし」
「で?」
「か?」

真希さんと思わず顔を見合わせてからなまえさんの顔をまじまじと見つめる。デカい。あえて何がとは言わないその言い回しは意味深でしかなかった。興味を顔全面に出した私たちを見て、なまえさんはあからさまに目を泳がせる。

「あー失言。なんでもない」
「待て逃げるな!」

立ち上がり湯船から出ようとするなまえさんの二の腕を真希さんと両サイドからがっちり捕まえた。じたばたともがく全裸の大人の女性を抑え込むこれまた全裸な二人の女子高生。端から見れば異様な光景だと思う。

「何が!何がデカいの!」
「身長身長!」
「い〜や絶対違うだろ!」
「意味深だった!」

しばらく押し問答が続いた結果、なまえさんについに伝家の宝刀を出されてしまった。

「もう!ここ支払わないよ!」
「うっ」
「それは卑怯だろ」
「こんなマネする方が卑怯でしょ」

私たちの腕を優しく振り払いなまえさんは湯船の中に再び戻る。それに従って私たちもまた湯につかると、あのねぇとなまえさんは諭すように話し始めた。

「言っておくけど、五条と私の関係そんな想像してるような色っぽい関係じゃないからね。はい、これでこの話おしまい」

そうしてこの話は無理矢理打ち切られてしまった。真希さんに目をやると、残念とわざとらしく肩を竦めている。支払いを盾に取られている以上、これ以上つっこむことが出来ないのがなんとか歯がゆい。とりあえず、後日もう一人の当事者にでもカマかけてみるか。