五条悟と駄菓子呑み


今日は休みだ。しかも二連休なので明日も休み。休みバンザイ。溜めていた洗濯物をまとめて洗濯して、部屋の掃除もしたところでもう日が暮れていた。まぁ、いいだろう。なにせ明日も休みなのだから!!
万年人手不足のこの業界では、労働基準法などくそくらえだと言わんばかりに任務が舞い込んでくる。特に繁忙期となれば酷いもので、朝早くに都内で呪霊を祓っていたかと思えば、昼には東海で呪物の回収ついでに除霊をし、夜には都内に戻って呪詛師と対峙したりしている。ブラック企業でもこんなに酷使されない。そんな繁忙期真っ最中の今、補助監督の送迎の車の中であまりに生気が無かったのか突如2日間の休みが与えられたというわけだ。
そんな安寧の時間を享受していた矢先に、一本の電話がかかってきた。五条悟だ。

「今日呑もうよ」
「いや五条呑めないじゃん……ちなみにどこで?」
「なまえの家」
「え〜」

ちらりと壁にかけてある時計に目をやると、針は午後8時を指していた。正直休みだから自由気ままにくつろぎたいため、うーん、と煮え切らない返答をしていると、ピンポーンと軽快な呼び鈴が部屋に響き渡る。そして気のせいじゃなければ、電話越しにも同じ音が聞こえた。

「……まさか」

嫌な予感を抱えながら玄関に小走りで向かい扉ののぞき穴から外を覗くと、全身黒い服に身を包んだ男が片手をあげて立っているのが見えた。一つため息をついてから腹いせに勢いよく扉を開けると、難なく避けられてしまったようだ。

「よっ」
「……どうぞ」
「おじゃましま〜す」

ここまで来たらこの男はてこでも動かない。一度居留守を使って無視したら窓からやってきたくらいだ。あれは流石にホラーだった。

「何それ」
「見てこれ」
「……駄菓子?」
「そ。食べたくなった」

身を屈めて扉をくぐる五条は片手にビニール袋を持っている。中身が見えるようにこちらに向けられたビニール袋の中を覗き込むと、所謂駄菓子が山盛り入っていた。

「いつもお菓子食べてんじゃん。ていうか五条が前に置いてったねるねるねるねまだあるんだけど」
「だと思って買わなかった」

玄関から部屋に向かう短い廊下で、190cm超えの男が駄菓子が入った袋をがさがさしながらココアシガレット忘れたな……と呟く姿はなんだか少し滑稽だ。

「何飲むの」
「休日だしどうせ色々買いこんでるんだろ。甘いのある?」
「まぁそうだけど……甘いのはないかも」
「用意しとけよ」

キッチンに立ち冷蔵庫を物色している私の腰を五条が軽く蹴り飛ばしてきた。ご馳走になる身で何故そんなに横暴なんだと小言を言いたくもなるが、もうこいつは何を言ってもこの態度を諦めることは無いと知っている。引き続き冷蔵庫を覗きながら棒読みで一応抗議の声をあげておいた。

「あ〜暴力教師。横暴。可愛い生徒に言いふらすぞ」
「いや僕はGLGでGTGだから。みんな僕の方を信じるね」
「よく言うよ。素晴らしい教師は、休日家でくつろぐ同期の家にアポなしで来たりしません」

奥の方に梅酒の瓶を発見し引っ張り出す。これを炭酸水かいっそのことサイダーでうすーーーーくすれば五条にも飲めないことはないかもしれない。なんせ居酒屋で一人メロンソーダを飲んでるだけで場酔いするような男だ。
後ろを振り向くといつの間にか五条は姿を消していて、少し見回すと勝手にベッドに腰かけている姿を発見した。いや、別にいいけど一言言えよ。
ご飯は?と声をかけると、食べたと短く返ってくる。ちなみに私はまだ食べていない。でも五条のあの大量の駄菓子とつまみとお酒でお腹は膨れるだろうからまぁ、いいか。

「出かけてないの」
「家事で半日潰れた。ていうか私これから映画見ようとしてたんだけど」
「何のやつ?」
「ビッチが殺される日ループするやつ」
「僕それもう見たから最近出た続編見ようよ」
「私はまだ一作目見てないんだっての」

飲み物とつまみを抱えキッチンを離れ五条のもとに向かうと、既にテレビを操作して私が見ようとしていた映画の続編を再生しようとしていた。ほんとどうしようもないなこいつ。

「駄菓子袋から出すよ」
「はいよ」

ビニール袋をひっくり返して中身をばらまくと、それはもう多種多様種々雑多昔懐かしの駄菓子が所狭しと机に広がった。

「キャベツ太郎焼肉さん太郎甘イカ太郎チョコ太郎……なに、太郎系コンプリートしたいの?」
「大変だったよ、スーパー三件はしごした」
「馬鹿なの?」

太郎シリーズをかき分けると今度はうまい棒ゾーンに突入した。しかもざっと見て10種類以上ある。その他にもモロッコヨーグルやヤングドーナツなどと定番の駄菓子が山ほど。

「いくらしたの?」
「3000円くらいかな」
「やっす」

そうして私が駄菓子を物色している間に五条はさっさと映画をスタートさせていた。画面の中ではアジア系の男性が大学らしきところを歩いている。

「あっこれ一個だけ酸っぱいやつじゃん」
「ちなみに真ん中が酸っぱいやつね」
「六眼そんなことに使わないでよ」

ぴりぴりと包装を開け端っこのお菓子を口に放り込む。噛みしめた瞬間口の中に広がった粉はどう考えても酸味しか感じられなかった。

「……」
「六眼で見えるわけないじゃん」

じっとりと五条を非難の目で見つめると、五条は飄々としながら駄菓子の山に手を伸ばす。少し手を迷わせた後、運勢を占うことが出来るチョコが選抜されたようだった。

「おしゃべり〇、にんき×……この占い信じられないな」
「事実じゃん」
「あ”?」

文句を言いながらなんだかんだでチョコを食べ進めている五条を横目に、私はグラスと梅酒の瓶を手に取った。

「この映画やっぱ前の見ないとだめじゃない?」
「だろうね。あっもっとサイダー入れて」
「はいはい」

メーカーの推奨は1:2の比率のところを、最早1:8ぐらいの割合で梅酒とサイダーをグラスに注いでいく。試しに匂いを嗅いだらうっすらとだけ梅の匂いがした。梅酒入れる意味あるんだろうか、これ。
そうして、限界まで梅酒をサイダーで割ったグラスの隣に自分用に梅酒をグラスに注ぐ。こっちはもちろん推奨された比率の通りだ。ベッドの上でくつろぎながら映画を見ている五条にグラスを差し出すと、ベッドからずりずりと腰を落とし私と同じように床に座り込んだ。

「はいどーぞ」
「はい、かんぱーい」
「乾杯」

かちんと軽快な音が鳴ると同時に、テレビの中の男性が叫んでいた。そういえばこれ、ホラー映画だったっけ。




「あははははは膨らんでる膨らんでる」
「逆によくそれで酔えるね」

映画も終わり、時計の針は10時を回っている。結局映画は半分ほどしか分からなかった。
私がもくもくと駄菓子をつまみにお酒を飲んでいる一方で、五条はグラスを半分も飲まない内にテンションが異様に高くなっていった。ちなみに今はねるねるねるねを作って爆笑している。

「なまえは?まだ酔ってない?」
「まーだ」

これ以上無駄に絡まれるのが嫌で、お水を入れたグラスを五条のグラスと入れ替えようと手を伸ばすと、五条は自分のグラスを両手でかばうように持ち始めた。

「俺まだ飲んでない」
「もう無理でしょ。はい、大人しく水飲め」
「え〜」

無理矢理手からグラスを抜き取り水のグラスを握らせる。不満そうにしているが、彼は明日も仕事だからか最終的には大人しく水を飲んでいた。映画が終わった後テレビではよく分からないバラエティ番組が流れていて、それをBGMに私は机に散乱するごみを片付ける。
あらかた机が綺麗になり、空いたグラスもキッチンに戻してから部屋に戻ると、五条は空のグラスを片手にうつむいていた。五条、と声をかけても動かない。恐る恐る近づいて覗き込むと、五条が勢いよく顔を上げた。

「なまえ」
「え?わっなになに」

手首をぐいと引かれ、気づいたら五条の顔が文字通り目と鼻の先にあった。サングラスが少しずれていて、視線がかち合う。相変わらず人のものとは思えない綺麗な瞳だ。
そうして30秒ほど沈黙が続いた後段々気まずくなり私が口を開こうとした瞬間、五条の顔がさっと青くなり一気に顔が曇っていった。

「きもちわるい……」
「わーーーー絶対吐くな!!!!!!!」

ベッドの上で吐かれるわけにはいかないと190cm越えの巨体を担ぎトイレまでずりずりと引きずる。普段なら絶対無理だけど、火事場の馬鹿力なのかなんなのか任務の時のように機敏に体を動かすことが出来た。引きずられている間も五条はう〜、と唸っており、今度はおこさまビールでも用意しておこうとこっそり誓った。

「はい、吐くなら吐きなよ」
「水……」
「あ〜はいはい」

トイレとキッチンを小走りで往復し五条に追加の水を渡す。そのまま受け取った水を一気に飲み干したと思えば、今度は眠い……と船をこぎはじめてしまった。

「もう寝なよ」
「……そうする」

ふらふらとトイレを離れ部屋に戻っていく五条の背中を、一応心配の気持ちと共に見送る。しばらくして少し遠くからぼす、とベッドに着弾した音が聞こえた。そうして私が寝る準備を整え部屋に再び戻ってきたころには、五条はすっかり寝入っていた。
ベッドの真ん中に陣取る五条をごろりと転がして隅に追いやると、サングラスがかちゃりと危うい音を立てて思わず息を飲む。

「やば」

そっと手を伸ばしてゆっくりサングラスを顔から外すと、高専時代からあまり変わらない寝顔が顔を出した。よくよく目を凝らすと、目尻にはうっすらと涙が光っている。

五条悟が酒を飲みたいと言う日は、決まって何かがあった日と相場が決まっていた。愚痴や弱音を吐きに来ているわけではないからたいてい実際何があったのかは後日、しかも他人の口から聞くし、ここでやるのはただ食べて飲んで駄弁るだけなんだけど。
それでも、このささやかな呑み会が少しでも特級術師様様のガス抜きになっているのなら、甘んじてこの役目を引き受けてやろうじゃないか。そんなことを考えながらそっと五条の目尻を指でなぞって、私もベッドにもぐりこんだ。