釘崎野薔薇とショッピング


ある日の休日昼下がり。私はとある人物との約束のために渋谷駅に来ていた。待っている間スカウトマンに声を掛けられる……なんてこともなく、壁に寄りかかる私の目の前を多くの人が目もくれず通り過ぎる。まぁ、わざわざこんな人通りが多すぎる場所でスカウトしようなんて思わないものね。
ポケットから時間を確認しようと携帯を取り出すと、『今着いたよ』と通知欄にメッセージが入っていた。

『野薔薇どこ?』
『井の頭線近くのデカい絵の前』
『マークシティのあたり?』
『そうそう』

間髪入れずに送られる問いに返信していると、ほどなくして誰かが近づいてくる気配がしてぱっと顔を上げる。

「お待たせ。ごめん遅れて」
「クレープ奢りね」
「もちのろんよ」

行こうか、と微笑むなまえさんと会うのは実に二週間ぶりだった。ちょうど二週間前、何の用かは知らないけど高専に顔を出していたなまえさんとばったり会い、食堂でお茶をすることになった。ミルクティー(もちろん奢りだ)を飲みながらインスタで今流行りのものを彼女に見せていると、なまえさんがぽつりと呟く。

「服とか全然買いに行ってないな……」
「買ってもいないの?」
「いや、通販で済ませてる。お店に行くことが無いの」
「ふーん。試着とか実際に見たりしないのね」
「ま、買うのなんて大体任務用の服だしね」

珈琲を飲みながら私の携帯を覗き込むなまえさんが着ているのは確かにいつも同じような服だ。品がありつつ動きやすくて、任務に支障が無いような服。

「……買いに行くわよ!」
「えっどこに?」
「どこでもいいわよ!ついでに私の服も買ってよね!」
「したたかだなぁ」

二週間後でもいいならと嬉しそうに笑うなまえさんに、約束ね、とぴんと人差し指を立てて念入りに後押ししたのは記憶に新しい。

「といってもどこ行く?」
「私最近あんまり渋谷来てないから分かんないし野薔薇が決めていいよ」
「なまえさんに合うところ〜?」

待ち合わせ場所から離れた私たちは、エスカレーターで地上に降りながらあそこは?ここは?と候補地を上げてどんどんと場所を絞っていく。私の一段下に立つなまえさんは言っていた通りに久しぶりなようで辺りをきょろきょろと見回していた。

「マルキュー……はちょっとターゲットが違うわね」
「あそこは野薔薇たちの世代だよね。あ、先にそこで野薔薇の服買っちゃう?」
「私はいいけど……なまえさんは?」
「クレープ食べるんでしょ?」

こちらを見上げて楽し気にしているなまえさんにつられて、私ははにかみながらお言葉に甘えようかしらと呟いた。





「野薔薇なんでも似合うね〜」
「まぁね」

目的地の渋谷109、いわゆるマルキューに着いた私たちは、早速手あたり次第目についた店に入っていく。私も休日を使いそれなりにここに訪れるけれど、流行というのは目まぐるしく変わっていくものだ。前来たときとはまた違った商品が店頭には所狭しと並べられている。
その中でピンときた服をいくつか手に取り試着室にて小さなファッションショーを開催していると、なまえさんは感心したように新しい服に身を包む私の全身を見回していた。

「野薔薇は私的にはどっちかというと綺麗系だけど、可愛いのも似合うね」

下から黒のレザースカート、淡い色のカラーシャツの上にリボンが付いた白いニットを着た私をなまえさんは手放しに褒めてくれて、まぁ、悪い気はしなかった。それに、同学年のあの男子共やへらへらしている五条とは違い彼女の事だ。おしゃれのことをきちんと分かった上で絶賛してくれているのだろうということは考えるまでも無かった。

「もうすぐ冬だから冬服が欲しいのよね」
「確かに寒くなってきたよね。いいよそれほんとに、かわいい」
「そう?」

試着室の中の鏡を使い自分でも全身をざっと見る。確かにかわいい。とりあえずキープにしておこうかな、と顎に手を当てて考える私を見て、なまえさんはすぐ傍にいる店員に話しかけた。

「彼女が着てるやつ新しいのありますか?全部欲しいんですけど」
「はい〜只今」
「えっ私まだ決めてないわよ」
「迷ったら買っちゃいな」

今日は私持ちなんだし、とウィンクを飛ばす彼女を見て、一体その奢り精神はどこから来ているんだと恩恵に預かっている身ながらも少しあきれる。
その間にもあっという間に私が身に着けている服の新品を探し出してきた店員が戻ってきて、着替えてなと試着室のカーテンが閉じられる。そうして私が再びさっきまでの服に着替え終わり部屋を出た頃には、会計を済ませたなまえさんが紙袋を持ってお店の外に立っていた。

「お待たせ」
「ん、どんどん行こ!」

その後も「迷ったら買え」精神を元に、紙袋の数はどんどんと増えていった。ニットからパーカー、訓練で使うジャージ、パンツ、スカート、はたまたアウターまで。おやつどきを過ぎるころには、私たちが抱える紙袋の数はなかなか凄いことになっていた。
そうして流石に少し疲れた私たちは、最初に話していた通りクレープを食べるために地下に足を運んだ。

「いや〜、流石にここは活気あるね。流石女子高生御用達ファッションビル」
「なんか私ばっかりで悪いわね」
「いやいや、楽しいよ」
「この次はここ出てなまえさんの見に行くわよ」

真っ赤な苺がふんだんに乗ったクレープを頬張るなまえさんを横目に、私もカラフルなマシュマロが沢山乗ったクレープに噛り付く。まだ温かい生地とふわふわなマシュマロとクリームが口の中で混ざって、一瞬で甘味が口内を支配した。そのまま一口目を飲み込み口内を空にしてから話を振る。

「なまえさんも高専の時はよく来たりしたの?」
「そうだね、硝子とか女子の先輩後輩とかと行ってたかな。一人だと駅とかで迷いそうで」
「そう?」

確かに渋谷駅もかなり迷いやすい。けれど、あの新宿駅のダンジョンに比べれば少しはましな方だ。現に私も最初の数回は迷ったけれど、それ以降は難なく攻略することが出来た。

「野薔薇は結構一人でも都心に出て買い物満喫してるよね」
「その為に東京に来たんだもの」
「こう言うのもなんだけど、そのままでいてね」

クレープを見つめ、ぽつりとなまえさんが呟いた。いまいち意図が読めなくて私は首を傾げながらまたクレープを口に運ぶ。一方で彼女は、少し顔を上げ目の前を通るたくさんの人をぼんやりと見つめながら続けて言った。

「術師はハードだけどさ、そういうちょっとした事でも楽しみがあるっていうのは、続けてく上で結構大事だと思うし」
「……なまえさんはなんで呪術師続けてるの?」
「給与いいから」
「直球ね」
「呪術師だからって別に夢とか大義とか無くていいと思うんだよね。もちろん持ってる人を否定する訳じゃないよ?ただ、クリスマスコフレ楽しみだなーとか、お金貯めて新しいバッグ買うーみたいな、楽しみとか目標でも十分。……だと、思うんだけどなぁ」

なんか語っちゃった、とはにかむなまえさんはどこか寂しそうだ。

「そうね」

この言葉はきっと私だけじゃない、別の誰かにも言いたいことだったんじゃないだろうか。証拠なんてないけれど、女の勘がそうだと告げていた。あと数口で食べ終わるクレープを一気に口の中に放り込んで、そのまま食べ切る。

「でも私は私らしくあるっていう信念があるから、大丈夫よ」

ぐしゃりとクレープの包み紙を潰しながらなまえさんの目を見据えてそう言うと、なまえさんはやっぱり野薔薇はかっこいいなぁと目を細める。それがなんだか気恥ずかしくて、私は床に置いていた紙袋を抱え行くわよ!と叫んだ。まだまだ買い物は始まったばかりなんだから。