子猫のふりして虎は笑む
学校の周りに娯楽施設と呼べるものなどない高専生にとって、およそ娯楽と呼べるものなんて漫画、ゲーム、テレビくらいだ。その中の一つであるテレビで適当なバラエティ番組を見ながら、俺と傑はタレントの品評会に勤しんでいた。
「最近このタレントごり押しされてんなー」
「私は結構好きだけどね」
「え、マジ?ないわー」
ぱっと画面が切り替わり、画面の中心はごり押しタレントからとあるアイドルの笑顔になる。司会者にどんな振りをされても笑顔で鮮やかに返していく姿が好印象だと、それなりに長い間テレビに出ているアイドル。見たことは無いがパフォーマンスも高評価らしく、「アイドルの中のアイドル」なんて呼ばれることもあるらしい。確か名前は、そう。
「みょうじなまえとかいいよな。俺こういうのが好き」
「へえ、意外だな」
もっと年上のお姉様っぽいのが好きかと思った、と言って傑は抱えた袋からポテチをつまんで口に運ぶ。それはお前の好みだろ。
「ぶっちゃけ顔が良けりゃいい」
「うわ……」
「んだよその顔」
ゴミでも見るかのようにこちらを見る傑からポテチをぶん取り袋に手を突っ込むともう中身はほとんど無かった。袋をひっくりかえしてかろうじて残っているかすを口に流しこんでから、ぐしゃりと袋を潰す。
「でもどうせアイドルなんて裏では男と遊んでるんだろーな。まったく、とんだ詐欺師だよ」
「──誰が詐欺師だって?」
突如、鈴を転がすような声が背後から聞こえた。それも、どこかで聞き覚えがある声。ソファの背もたれにぐっと寄りかかり顎を上げて顔を後ろに向けると、一人の女が腕を組んでこちらを見つめているのと目が合う。気味が悪いくらいに満面の笑みを顔に浮かべているその女は、まさに今テレビで談笑しているのと瓜二つ。
「……ん?」
「夏油くん、この前借りた本、そこの本棚に戻しておいたから」
「ありがとうございます」
「ん?」
普通にそのアイドルと瓜二つな女と話している傑の方に向き直ると、しれっとした様子で微笑みすら浮かべていた。いやおい、聞いてないんだけど。
「こちらこそありがとう。面白かったから今度続きも貸してね」
今度はきちんと後ろを振り向いて女をよくよく観察する。しゃんと背筋が伸びた立ち姿。はっきりとした目元が特徴的な華やかな顔。画面越しでも見惚れるさらさらの髪。間違いない。お茶の間で大人気のアイドルみょうじなまえが、そこにはいた。
そのまま片手を振りながら離れていく背中をぽかんと見つめていると、すぐにぴたりと止まった。あ、と小さく呟く声が聞こえて思わず身構えると、その女は振り返ってこちらをじとりと見つめる。顔を顰めていても尚整っている顔に感心さえした。
「私、男遊びなんてしてないからね」
変なデマ流さないでよと念押しされ、その気迫に押され何が何だか分からないまま頷くと、満足したようにその女はまた遠ざかっていった。
「……は、え?今のみょうじなまえ????」
「先輩だよ。さんをつけなきゃ」
「そーーーいう問題じゃねぇし、ていうかおい傑!!!!」
立ち上がり傑と距離を詰め胸倉をつかんで迫っても、傑はどこ吹く風といったように素知らぬ顔をしている。
「何だい」
「なんでこういう大事な事黙ってんのかな???傑くんはよぉ」
「私はてっきり知ってて話題に挙げているのかと」
服が伸びる、と手を振り払われしぶしぶ手を離すが、どうにも釈然としなくて俺は元の座っていた場所にどかりと音を立てて座りなおした。
「知らねぇよ。え、1年で知らないの俺だけ?」
「硝子は部屋も近いしそりゃあ、ね」
「ね、じゃねぇよていうかなんでお前は知ってんだよ」
「この前私、愛知に任務に行っただろう?」
ぴんと人差し指を立てて傑にそう振られ、最近の記憶を引っ張り出す。そういえば1週間くらい前きしめんパイ買って帰ってきてたな、こいつ。
「……2年のやつと一緒だったってやつ?え、まさかその2年がみょうじなまえってわけ?」
「そういうこと」
「言えよ!!!!!」
「知ってると思って」
「ホウ・レン・ソウしろよ!!」
立ち上がって地団太を踏む俺を傑は愉快だと言わんばかりに目を細めて見つめている。
「悟からその言葉が聞けるとはね」
「感心すんな」
にしても、さっきのみょうじなまえのあの態度。ファンサービスのフの字も無い、全身から嫌悪感を漂わせているような立ち居振る舞いを思い出すと、何となくイラっとした。何がお茶の間の人気者だ。な〜にがアイドルの中のアイドルだ。
「さっき言ったの無し。みょうじなまえは無し!!!!」