愛嬌と塩は振りまいてなんぼ



神奈川県横浜市、某所。黒いドームの目の前で、俺はしゃがみこんでさっき寄った中華街で買った麻花を食べていた。

「はぁ〜〜〜〜行きたくね〜〜〜〜」

帳が下りているということは今日任務で一緒の術師がもう来ているという動かぬ証拠だ。つまり、俺も早く合流しなきゃいけないんだけれども。なんとも行く気になれない理由が、まさにその帳の中にいるという事実が足を重くさせた。
とはいっても流石に任務だ。すっぽかして担任にこってり絞られるよりは多少我慢して苦手な相手と任務をこなした方がずっとまし、なはず。はぁ、と大きくため息をついてから、俺は帳の中に足を踏み入れた。

「おそい」
「……どーも」

帳に入るや否や、目の前の長い階段の中腹あたりに腰かけている女生徒が目に入る。かのお茶の間の人気者、みょうじなまえだ。不機嫌そうなその声は、職業柄なのかなんなのか割と離れているのにはっきりと聞こえた。

「そしてわざわざ来てくれて申し訳ないんだけど、もうほとんど終わった」
「は?」

プリーツがよくきいた高専のスカートを揺らしながらそいつが階段を下りるたび、ローファーの音がかつんと辺りに響く。日が落ちて辺りが暗かったからか最初は気づかなかったけど、近づくにつれて頬には返り血のような汚れがついているのが分かった。

「なんで俺待たないんだよ」
「だって五条くん来るの遅いんだもん」

俺の目の前に立ち、とげとげしくそう言い放ったみょうじなまえに反撃しようと思ったが、正論過ぎて何も言えない。集合時間は18時。今はもうほぼ19時。任務に行きたくなさ過ぎて横浜をふらふらしていた身分ではこの件に関しては非しか無い。でも、なんか言われっぱなしは癪に障った。

「愛想ね〜。腐ってもアイドルじゃないのかよ」
「……会ったこともない人間に、決めつけられるようなこと言われて。誰だっていい気分になるわけないでしょ。そんな人に振りまく愛想はありません」

これまたド正論で打ち返され溜まらず閉口する。なにこの常に正解の返答当ててくる感じ。バラエティ出たらこの能力つくの?俺も出ようかな。

「それに、腐ってもっていう言い方もなんかやだ。アイドルと一緒にそんな言葉使わないで」
「め、」

めんどくせー…………。
流石に声に出すのは火に油を注ぐ気がして寸でのところで踏みとどまる。やっぱ顔だけだわ。

「私は自分の仕事に誇りをもってるの。馬鹿に……とはちょっと違うか。いい加減な事言わないで」

ずい、と距離を詰められみょうじなまえの顔が俺の胸のあたりにくる。いざ近くで見ると不機嫌そうな顔も相まって、圧が凄い。気圧されて何も言わないでいると、ぱっと離れて帳の外に向けて足を進め始めた。

「どこ行くんだよ」
「ホテル。明日もライブだから」

そうして遅刻の事は黙っとくから報告書よろしく、と言い残して帳からさっさと出ていってしまい、俺一人がその場に残された。

「あ〜〜〜〜〜〜やりづら!」

頭を抱えその場にしゃがみこむ。自業自得とはいえ、今後任務で一緒になることを考えると来る前よりもずっと気分が重くなった。