「おいなまえ!!!!」

その大きな大きな声に私は何年たっても慣れることは無くて、私は肩を揺らして驚く。今ので手元で握っていた作品に傷や歪みが出来ていないか確認していると、何にも言っていないのにその人物はずかずかと私のアトリエに足を踏み入れた。

「飯行こうぜ〜〜!」
「八雲。私のアトリエ来る時は連絡するか、もっと静かに入ってって言ってるよね」
「おっこれ課題か?見せろよ」
「見るなって言っても見る癖に」

どうぞ、と私は椅子から立ち上がり作品の正面を八雲に譲ると、さも当然のように椅子の上にしゃがみ込んでまじまじと観察しはじめた。その椅子明日も使うんだけど、というぼやきを彼に言っても無駄だ。

「ガラスか。温めねぇでいいの?」
「コールドワークっていって、温めずにそのままガラスを加工する技法。そこの鑿で模様を削り出すの」
「へぇ」
「ちなみにその鑿ダイヤモンドで出来てるから、壊したら弁償ね」
「ダッ……」

作りかけの作品のそばに置いてあった鑿を指先でつまんでいた八雲にそう言うと、さっと顔色を変えて恐る恐るまた机に戻していた。
ちなみに、ダイヤモンドを使っているとはいえ鑿の値段はせいぜい数千円。アポなしで、いつも通り大きい声でずかずかとやってきた八雲へのすこしの腹いせだ。

「にしても、相変わらずこまけえ作品だな〜〜〜」
「八雲のがデカすぎるんでしょ」
「そうだよ!俺みてぇにもっとでっけえ作品作れよ!!」
「うるさ……私は八雲と違って繊細なの」
「オイオイ俺が繊細じゃないって?傷つくぜ〜〜〜〜〜お詫びに奢りな!!!!」
「割り勘に決まってんでしょ」
「かわいい後輩の頼みだろ?」
「同い年じゃん」

いつの間にか肩に手を回されゆさゆさと揺られながら適当に会話のキャッチボールをしていると、いつの間にご飯に行く流れになっていた。まぁ何もないからいいけどさ。

八雲との付き合いはさかのぼること……3年前?くらいの事だった。新しい高校に転校してきた私が机に美術部への入部希望の紙を置いたままにしているのを見るやいなや、「お前絵描くの!!俺も!!」と食い気味で話しかけてきたのが始まりだ。大きな声にじんじんとする耳を抑えながらどんなの描くの?と聞いたら「でっけえやつ!」とこれまた大きな声で返ってきて、何やら変な奴に目をつけられてしまったと瞬時に思ったことは記憶に新しい。
とはいってもなんだかんだ芸術の話や絵の話を出来る数少ない友人であった八雲とは、クラスが変わっても、それこそ私が藝大に受かって八雲が浪人になってからも交流は続いていた。八雲が藝大に受かった時も、合格発表当日に受かったぜ〜〜〜〜〜と私のアトリエに突入してきた。あの日に限らず、アトリエ教えなきゃよかったと一体何度思ったことか。


「というか、最近私とばっかりご飯行ってない?学生生活始まったばかりなんだからまず人間関係をだね」
「うるせぇ俺は飯に行きたい奴と飯に行く。今日はお前との気分。それだけだ」
「自分勝手だなぁ」

といってもこれで三日連続だ。おとといは図書館で捕まり、昨日は昼に学食で会ったときにそのまま約束を取り付けられ。まぁ、学食で会ったとき男子と一緒だったから友達はいるんだろうけど、どうしてこんなにも付きまとわれるのか理解が出来なかった。

「八雲は八雲の青春があるでしょ」
「俺はお前との青春を謳歌し尽してやるって決めてんだわ。ただでさえ時間ロスしてんだそりゃ〜〜〜焦りもすんだろ」

依然として肩を組まれたままで抜け出すことも出来ず、私はその場で固まった。なんだ、それ。ただの友人に向ける言葉にしてはなんだか違和感を感じた。違和感というか、謎の期待感。期待感?私は八雲に何を期待してるんだ。

「……何その言い方。私の事好きなの?」
「ん?まぁな」

私が冗談めかして聞くとさも当然というようにそう返した八雲に動揺して、私はさらに体を固くした。回された腕の体温を変に意識してしまって、じわじわと顔に熱が集まってくるのを感じる。

「はは、顔赤」
「夕日のせいだし」
「嘘つけ」

とりあえず飯な!とそのまま八雲に引きずられながら、私はこれからの身の振り方について必死に頭を巡らせた。けれど、いくら取り繕っても近い未来私は八雲に完全に取り込まれているだろう。なんたって、村井八雲は最強なのだから。それが嫌ではないのが尚更恥ずかしくて、私は必死に今晩食べるメニューに思いを馳せ気を反らすのに集中した。