「「カップラーメンを食べたことが無い?」」
ちょうど時計の針が11時を回ったところで、共有スペースにシンクロした私と硝子の声が響いた。
私と硝子はお互い数少ない同性の同期故に、過ごす時間は五条と夏油に比べたらもちろん随分と多い。しかしその実、びっくりするくらい趣味が合わない。好きなタイプも好きな食べ物の系統も好きな季節も、なんならサンドウィッチマンで好きな方も一緒じゃない。
閑話休題。そんな私たちの声がぴったりと揃う。それほどまでに、このご時世にカップラーメンを食べたことのない男子がいるということは衝撃的な事実だった。
「なまえ聞いた?」
「聞いた聞いた。さすが五条のお坊ちゃん」
「おいこそこそすんな」
私と硝子が五条を見ながら身を寄せ合いひそひそとしていると、若干すねたようにして五条が吐き捨てる。
「悪いかよ」
「いや、悪くはないけど……今のこのカップラーメン談義理解出来てた?」
そう。「売上トップ10のカップラーメンを当てるまで終われない」なんていう企画をやっているテレビ番組を見ながら、五条を除いた私たちはカップラーメンのアレンジについてあーだこーだと話していたのだ。
夏油や硝子と、やれカレー味にはチーズがいいだのシーフードには牛乳がいいだの白熱する一方で、思えば五条は珍しくひとり静かに聞くだけだった。
「まぁ、何となく」
「あのお湯がぬる過ぎた時の謎肉のじゃりっとした感触の話は?」
「それは分かんねーよ。そもそも謎肉ってなんだよ」
ソファでふんぞり返りながら不貞腐れている五条から目を逸らし、再び硝子と顔を見合わせる。その後に夏油の方に目を移すと、なんとも愉快そうに肩を震わせ笑っていた。それで五条がますます不機嫌そうになり微妙な雰囲気が流れる中、ぐうと都合よく私のお腹が音を立てた。
「…………あ〜、なんか話してたらカップラーメン食べたくなってきたな」
「太るよ」
「分かってるよ!」
こんな空気になった一因の夏油にそう言われても何も思わない。五条の機嫌を悪くするだけしておいてたまにフォローしないのが、夏油の悪いところの一つだ。
「コンビニ行くし五条付き合って」
「はぁ?硝子と行けよ」
「この夜にか弱い女子だけで買い物行かせる気?」
「か弱くて術師やってられっかよ」
ああ言えばこう言う五条を、最終的にはカップラーメンおごりでねじ伏せ連れ出すことに成功した。なんで私が身銭を切らなきゃいけないんだなんて考えたらきっと負けなんだろう。
「おかえり。目当てのものは買えたかい?」
「まぁね」
買い物を終え再び共有スペースに戻って来ると、硝子と夏油は未だにさっきの番組を見ていた。テレビに映った7位だけが空いているランキングを横目に買ってきたカップラーメンを机上に並べると、硝子が小さく歓声をあげる。
「おー」
「この際だから色々買ってきたの」
「もしかして全部食べるつもりじゃないよね」
バラエティ豊かなパッケージを見てそう聞いてくる硝子に、私はまさかと肩を竦めながら近くにあった電気ケトルを片手に取った。
「なわけ。残りは非常食に取っておく」
「お金払うから私にもちょーだい」
「私も」
「都合のいい人達だなぁ君たちは」
乾いた笑いを浮かべてお湯を沸かしにその場を離れれば、背後から3人の話し合う声が聞こえる。
「私味噌がいい」
「この場合悟から選ぶべきじゃないかい?記念すべき初カップラーメンだし」
「初めてなんだしカップヌードルでいいでしょ」
「悟はどう?」
「分かんねぇし任せる」
お湯を沸かしている間カップ麺ついでに買ってきたアイスを冷蔵庫に放り込んでいると、1分も立たないうちにぐらぐらとお湯の沸騰する音がし始めて、そのまま沸騰完了を告げるようにランプが消える。1.2L分のお湯と割りばし4本を携え3人のところに戻ると、それぞれ自分のカップラーメンを目の前に準備していた。
「お湯が欲しいか」
「おー」
「くれてやろうくれてやろう」
「どういうノリ?」
私と硝子の間では割と普通なやり取りを夏油が怪訝そうに見るのを無視して、すでに蓋が開いているカップ麺にどばどばとお湯を注いでいく。恐らく私用にと用意されていたシーフード味の容器にお湯を入れ終わり、その場に腰を下ろした。
「今からだと……48分あたりかな」
「おっけい」
時計を見てそう呟いた硝子に答えつつテレビに目をやると、とうとう今までやっていた番組が終わりを迎えようとしている。締めの流れで『庶民の味方!』というどでかいテロップが画面に現れた瞬間、五条を除く私たち三人ははっとして顔を見合わせた。多分、考えていることは同じだろう。
「「「(まずいとか言いそうだなこいつ)」」」
腐っても五条家の嫡男。蝶よ花よと育てられたのかどうかは知らないが、入学してから数カ月一緒に過ごして思うに舌の肥え具合は15歳のそれではなかった。
三人の間に走るわずかな緊張。それに全く気付かず蓋を開けて様子を見ている五条。いやまだ蓋開けんな。
奇妙な沈黙が流れて1分ほど経ち、私は平常心を装い何でもないように切り出した。
「……まぁ、そんな期待するような代物じゃないけどね。カップ麺」
「そうそう、こんなもんかってなるよ」
「所詮インスタントだからね」
「んだよ急に」
私たち三人が神妙にうなずくのを五条が不審がったところで、ちょうど3分が経った。五条が箸を手に取り麺を持ち上げて、それに息を吹きかけ冷ます。ずるずると五条が麺をすする音とテレビのCMの音だけが響く中、私たちは固唾を呑みつつあくまで横目に様子を見ていた。
「……まぁ、いいんじゃね?」
「杞憂だったか」
「気使って損した」
「さっきからなんなのお前ら」
五条の第一声を聞いた夏油と私が、な〜んだ、と自分の麺をすすり始めたのに続いて硝子も口をつけはじめる。
「あ〜太る。絶対太る」
「さっき言っただろう」
「背徳の味だよね」
嘆く硝子に同意しながらも食べる手は止まらない。もう日付も変わるこの時間にこんなジャンキーなものを食べれるなんて、寮生活ならではだ。そうして半分ほど食べ進めた頃、再び五条の方に目をやるといつの間にか完食していた。
「悟坊ちゃん、ご感想は?」
「坊ちゃん言うな。まぁ悪かないけど、進んで食べたいとかは思わねーわ」
「まぁ、そんなもんか」
なんて、この時はこんなことを言っていた五条も、半年経てば独自のアレンジを施すほどにはカップ麺を日常に組み込んでいた。やはり高校生、とりわけ男子高校生の青春に、カップ麺は必須なのだ。
「今度サイゼで1000円ガチャしようよ」
「えっしたい。五条もさすがにサイゼは知ってるよね?」
「……」
「「マジ?」」
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