「ツナマヨ」
「え〜っと……お腹が空いた?」
「ツナマヨ!」
「違うの!?じゃあえっと……あっ早く昇級したいな〜、とか?」
「ツナマヨ」
「またやってるよあいつら」
夏の日差しが降り注ぐ中、僕たちはグラウンドで日々の鍛錬に励んでいた。僕と真希さんとパンダ君で組手をしている間、休憩している狗巻君となまえちゃんは仲睦まじくきゃっきゃと話している。まぁ、きゃっきゃしてるのは主になまえちゃんだけど。
「そろそろ交代するか?」
「だな。おーい、棘!交代!」
真希さんに声をかけられた狗巻君は、一瞬ムッとした表情を浮かべ、渋々といった感じにこちらに近づいてくる。
「悪いなぁ、お楽しみのところ」
「しゃけ」
「否定しないのかよ」
お疲れ、とこちらを見上げながら置いておいた僕のペットボトルを差し出しているなまえちゃんに、ありがとうと返してすぐそばに腰かける。
「楽しそうだったね」
「違うよ!いや、違くはないけど……必死なんだよ意思の疎通に」
狗巻君は対なまえちゃんに対しては「ツナマヨ」しか口にしない。
「乙骨くんにも普通に喋ってるのに……」
「あれを普通って言うのもなまえちゃんらしいね」
「狗巻くんにとってはあれが普通じゃん。なんで私だけ???」
はぁ、とため息をついたなまえちゃんの視線の先にはパンダ君や真希さんと訓練をしている狗巻君がいる。
「イエスとノーはまぁ首の動きで分かるけど……パンダくんとか真希みたいに喋りたいじゃない?」
「なんていうか……ツーカーって感じだよね。僕もまだあの二人の域までは達してないからなぁ」
「私よりはましだよ」
いじけたように唇を尖らせるなまえちゃんにそれ以上何も言えなくて、僕は誤魔化すように苦笑いを浮かべた。確かに彼女には悪いけど、商店街での任務から僕と狗巻君の距離は随分縮まった(と願いたい)。あの二人まではいかないにしても、最近は少しずつ「はい」「いいえ」以外の意味をくみ取れるようになってきた。
その一方でなまえちゃんはというと、「ツナマヨ」だけでは意思疎通をするのにやっぱり無理があるみたいで、会話の度に意を汲み取ろうとさっきのように四苦八苦しているのだ。
「この前なんか、なんとかして他の具を言わせようとして”おにぎりで何が好きなの?”って聞いたの。そしたらそれも”ツナマヨ”しか言わなかったんだよね……手強いなぁ」
「あれ、でも狗巻君の好きなおにぎりって確か……」
ツナマヨじゃなかったっけ?というのは声には出さず狗巻くんの方を一瞥すると、こちらを見ていたのかばちりと視線が合う。そして次の瞬間パンダくんに転がされ真希さんには叱咤を飛ばされていた。地べたに座り込んでいる狗巻くんはそんな真希さんを気に留めず、人差し指を唇に当てかすかに笑みを浮かべながらこちらを見ている。
「えっなになにどういうこと。何のメッセージ?」
なんだ、つまりそういうことじゃないか。頑なに「ツナマヨ」としか言わないのも、狗巻くんとなんとかコミュニケーションをとろうとするなまえちゃんをどこか楽しそうに見ているのも、そしていつもその時はひどく軟らかな目色なのも全部、僕にも身に覚えのある感情から来ているんだろう。幼い僕が里香ちゃんに抱いていた淡い感情と同じであろうそれは第三者から見るととても微笑ましくて、まるで普通の高校生になったような気分だった。
「うーん、えっと……そ、そのうち分かるようになるから大丈夫だよ」
「えっ……乙骨くんまでそっち側に行っちゃうの」
困り眉で縋るようにこちらを見つめるなまえちゃんは小動物のようで、ついぽろっと言ってしまいたくなるところを寸でのところでなんとか堪えた。大胆すぎて伝わってないことに狗巻くんは危機感を覚えるべきだと思うんだけど。
「今度は嫌いなおにぎりの具でも聞こうかな……」
「それもツナマヨだったら?」
「泣くね。でもそれで狗巻くんの困ってるところが見れるんなら、それはそれでありかも?いや、でも私は一日の大半対狗巻戦法を考えてるんだから……割に合わない……」
どうしようと顎に手を添え唸るなまえちゃんは、すっかり狗巻くんの術中にはまっていることにも気づいていない。例えこの業界がどれほど殺伐であっても関係なく芽生えるその感情の行く末を、せめて里香ちゃんを解呪できるまでは見守りたい、なんて思ったりするのだ。
戻/
top