いのちだいじに

梅雨が明け一気に気温も上がり、いよいよ夏になってきた。


「暑い…………私も噴水で涼んでこようかなぁ……着替え無いけど……」

「ハァ?あんた噴水の中入る気?暑くて思考回路がおかしくなっちゃったんじゃないの?」

「優しくしてよ……」



放課後、ちくちくと地味に泉に口撃されながらも2人で日直の仕事をこなす。2人で、というより正確には今は日誌を泉に横槍を入れられながら私だけ書かされていて泉は何か資料片手に口を挟んでいる。おかしくない?

今日はこれが終わったら生徒会に行って仕事が来てないか確認して、帰ってから劇団の方の曲作らなきゃな、あと外部の案件も進めなきゃ、自分の個人的なのも進めようかな、と色々考えながら日誌を黙々と書いていれば泉から「ちょっと、聞いてんのぉ?適当すぎ!」とかいちゃもんをつけられる。



「じゃあ泉が書いてよ」

「あんた日中ほとんど仕事してなかったくせに何様〜?」

「ごめんて」



そうだった。それを言われてしまうと何も言い返せないので書く作業に戻る。といっても書くものなんてそんなにないしな、ととりあえず項目を埋めて「終わったー」と声を上げるとそのタイミングで教室のドアが開いた



「……失礼します。あの、なまえちゃん」

「あれ?どうかした?」



扉の方を向くとそこにはあんずが1人立っていて、こちらに近付いてきて私の方に向き直った。何か相談事だろうか。



「ちょっと、相談したい事があって……」

「いいよ、移動した方がいい?」

「いや、その必要は……」



人がいないところの方がいいのかなと思い立ち上がろうとすると、私が立ち上がる前に泉が私の手から日誌をさっと取り上げて鞄を抱え立ち上がった。



「じゃあ俺この日誌出して帰るから」

「本当?ありがとう」

「また明日ねぇ」



そう言って泉は手を振りながらさっさと教室を出ていった。ほんと地味に優しいんだよな。



「……それで、相談なんだけど」

「あぁ、うん。どうしたの?」

「……私今度S1の企画を任されることになっちゃって」

「凄い。大役だね」

「恐れ多いんだけどね……それでね、少し前のライブ形式とか色々資料を見せて色々考えてみたんだけど……提出する前に1回チェックしてほしくて」

「いいよ。見せて?」



恐る恐るといったように差し出された資料を1枚1枚丹念に読んでいく。名前は七夕祭で、勝ち残り戦。勝者がステージに残り負けても時間と体力が許す限り何度でも挑戦できるといった趣旨みたいだ。



「……いいね、誰にもチャンスがあって。その分過酷だけどね。きっと良いドリフェスになるよ」

「……本当?」

「もちろん」


一通り目を通した後にそう感想を述べると、あんずは安心したかのようにほっと胸を撫で下ろす。


「直すとこも特にないと思う。これから生徒会に出しに行く?」

「う、うん!」



そうして2人連れ立って生徒会に向かうと、いつも通り生徒会室には英智と敬人がいた。

書類を提出し承認されると、早速色々することがあると足早に去っていったあんずを見送り私は生徒会室に残る。



「それで、なまえはどうしてここに?」

「仕事来てないかなって。ないならもう帰るつもり」

「それならそこの箱に選別したものがあるから持っていけ」

「はーい。って全然ないけど」

「新曲が確実に必要だと判断したものしか承認していないからな」

「えっ、全部承認していいって言ってるのに」

「それでぶっ倒れでもしたらどうする。ほら行け」

「倒れないし……」








倒れないなんて言ったのはどこの馬鹿だろうか?まぁ私なんだけど。

あんずの七夕祭の企画書が無事通り、久々の大きなドリフェスということで校内も熱気を帯びていた。

季節物のドリフェス、ということで出場ユニットのほぼ全てが季節にあった曲を所望したためそれを必死に捌きながら同時に学外の依頼や劇団の楽曲制作も同時進行で進める。

そうなると1日は24時間で足りない所の騒ぎではなく、学校と寮との移動時間すらも惜しく泊まり込みの日々が続いていた。昨日の夜学校にいた凛月には「ちょっと……全然美味しそうに見えないんだけど〜?」というよく分からない不満を述べられてしまう始末だ。

寝不足に暑さも相まって少し頭がぼーっとする中廊下を現時点で仕上がった楽譜を両手に抱えながら歩いていると前から見知った2人が歩いてきた。



「おっ、なまえ。元気か〜?作曲の依頼が凄いことになってるって聞いたぞ?」

「くれぐれもお体には気をつけてくださいまし」



2人は生徒会の仕事だろうか。真緒と弓弦が何やら七夕の飾り付けが入った箱を抱えながら話しかけてきた。



「大丈夫。2人もお疲れ様」



おう!と言いながらすれ違いざまに真緒に頭を撫でられ「年上なんですけど?」と言うとまぁまぁいいじゃんと笑いながら手を振られた。

まぁいいか、と思ってまた歩き出したけど、どうにも頭がガンガンと痛み始める。流石にやばいかもしれない。

一瞬休もうと思い近くの壁に寄りかかった瞬間、全身の力が抜ける感じがしてそこから意識が途切れた。





「っおい!大丈夫か?」


伏見と一緒に七夕祭の準備をしている時、なまえとすれ違った直後、後ろからバサバサと大量の紙が落ちる音がして振り向くと先ほどすれ違った彼女が廊下の端でへたり込んでいた。

慌てて2人で近づいて声をかけてみるとどうやら意識がないみたいで、おでこに手を当てると酷く熱かった。



「私はここを取り急ぎ片付けますので衣更様はなまえさまを保健室まで」

「任せた。おーい、大丈夫か?」



ぺちぺちと頬を軽く叩いてもぴくりともしない。どうやら思ってるより深刻みたいだ。

とりあえず保健室に早く運ばなきゃいけない。ええと、おんぶか?いや意識がないから無理か、そうなると、お、お姫様抱っこか?

いや何を躊躇ってるんだ衣更真緒。緊急事態だし伏見もじっとりとこちらを見ているからさっさと運ばなきゃいけない。

ええいもうどうにでもなれ!と勢いで抱きかかえ立ち上がるとまずその軽さに驚いた。



「落とした書類はどうやらこれから生徒会室に持っていくものだったようです。私が運ぶついでに会長様に報告しておきます」

「おう!」



伏見の声を後ろ手にあまり揺らさないように気をつけながら運ぶ。少し身動いだと思えば俺の胸に寄り掛かってきて、抱える手に汗が滲んだ。








「……ん〜……保健室……?」



まだ寝ぼけた頭でそう呟きながら辺りを見回すと、あんなに明るかったはずがすっかり日が落ちきっていた。体はダルいが熱くはなく、熱はないみたいだ

やっちゃったな〜と時計を見ると下校時間も過ぎておりため息が止まらない。

持ってた書類とかどうなったんだろう、誰か片付けてくれたのかな。というか誰が運んでくれたんだろう。あと今日はあれやろうと思ってたのにやばいな。

だんだんと頭が冴えてきて色んなことが頭の中で入れ替わり立ち替わり思い浮かんでいると、静かに扉が開く音がした。



「……みんな」



扉に目を向けると、いつもの騒がしい雰囲気とはうってかわって静かに保健室に入るTrickstarの面々とあんずがいた



「お。起きたんだな!よかった〜心配したんだぞ?」

「ご、ごめん……もしかして真緒が運んでくれたの?ありがとう」

「いいっていいって」

「全くお前は……どうしていつもそう無理をするんだ」

「面目ない……」



ほっちゃんのお説教が始まりそうな予感がしたので必死に目をそらすとあんずがそっとベッドの脇にしゃがんだ



「……大丈夫?ごめんね、私の企画書の提出が遅かったから、無理させることになっちゃって……」

「うわあ待って待って泣かないで?管理ができてなかったのは私なんだからあんずがそんな顔する必要ないよ。……それにね」

「?」

「睡眠不足の主な原因は偏屈な芸術家がやり直し要求しまくって今32稿目なのが問題だから」



ついつい遠い目をしながら空を仰ぐと「ノンッ!偏屈とはなんだね!」という幻聴が聞こえた気がした。あぁ、いったいいつになればOKが出るのやら。

それでも今にも泣いてしまいそうなあんずをなんとかしてなだめようと頭を撫でても「でも……設営だって当日ギリギリに出来るし……」と随分弱気な様子だ。



「あんずがものすごく頑張ってるのは知ってるよ。七夕祭もすごく楽しみだから、頑張り過ぎちゃった。」



頭を両手でぐしゃぐしゃに撫で回すとあんずはうわわっと小さく声を上げながらもそれを甘んじて受け入れている。



「でもちゃんと寝てよねっ!倒れたって聞いてビックリしたんだから!」

「もう倒れたって話が校内に広まってるみたい。これを機会に、最低限ちゃんと寝ることっ」

「はーい……」



年下のスバルと真に諭されるなんて、我ながら不甲斐ない先輩なものだ。今回ばかりは素直に受け止めるとしよう。



「佐賀美先生が親御さんと連絡がつかないと言うから、俺がいづみさんに連絡しておいた。校門前まで迎えに来ているそうだ」

「うわあ……絶対怒られる……」

「たまには素直に怒られろ」



呆れたように少し笑いながらほっちゃんに言われるのを素直にはいはいと受け入れる。校門の方にみんなで向かうと遠くに至さんらしき人が車の側に立っているのが見えた。仕事帰りに迎えに来てくれたみたいだ。

ふと上を見上げると空にはたくさん星があって、七夕祭が成功すればいいなと柄にもなく星に祈った。

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