伝える



すごくすごく大好きなのに、いつも言葉にできない弱い自分はもう終わりにしたいーー。




「えっ!?煉獄先生に告られた!?」
「わあ!!!声がデカい、ゆき乃先輩声!!!」

どデカい声を上げる先輩の口を慌てて両手で塞ぐ。
呼吸ができなくてムッとする先輩にガッツリ睨まれてゆっくりと手を離す。

立ち飲みBAR「MOAI」。
行きつけのBARで飲んでいた私は、先日の出来事を職場の先輩でもあるゆき乃さんに掻い摘んで話した。
手中にあったポテトがボロボロと床に落ちたからそれを拾ってティッシュで包む。
ゆき乃先輩は口をあんぐり開けて私を見ている。

「で?ハルの返事は?」

さほど興味のなさそうな先輩に苦笑い。それと同時に自分自身を自重的に笑った。小さく首を横に振って苦笑いの私にゆき乃先輩の眉間にシワが寄せられた。
やっぱり怒るよね?そりゃそーだよね。

「馬鹿なの?」

だってゆき乃先輩は、私の本当の気持ちを知っている唯一の人だから。



地方から東京に出てきた私に東京での生き方を教えてくれたのがこのゆき乃先輩だった。口も目付きも悪いし態度もデカいけれど、ゆき乃先輩みたいに思った事をしっかりと言葉で相手に伝えられる人になりたいなんて勝手に憧れている。
昔から思った事を言葉にできない私は、いい事も悪い事も飲み込んで生きてきた。だから自分の気持ちに正直に生きているゆき乃先輩がどうしてもキラキラ見えて仕方がないんだ。
誰だって、こんな大人しい奴よりもゆき乃先輩みたいに素直に生きている人に惹かれるだろうって。
だからてっきり煉獄先生もゆき乃先輩の事が好きなんだと思っていた。全身全霊で不死川先生を追いかけているゆき乃先輩だから完全に煉獄先生の片想いだろうと。

「んじゃ今すぐOKしなさいな、スマホ出して。」

手の平をひるがえして私の前に差し出すゆき乃先輩の行動力も半端ない。
恐る恐るスマホを出すとサクサクLINE画面を開いて断りもなく煉獄先生とのトーク部屋を覗かれた。

「なんだこの部屋。クソつまんねぇなぁ。ハルって私にはハートのスタンプいっぱい使ってくるのに肝心な煉獄先生には色無し?これじゃあ相手に何も伝わってないわよ。全く。」

痛いとこを憑かれたと思うものの、ハートなんて使って引かれたら…って思ったら使えるはずもなく、無難な絵文字を返すしかしていなかった。

「嫌われたくなくて、」

ポロッと盛れた本音にゆき乃先輩の大きな舌打ちが届く。本気で睨んでくるゆき乃先輩に苦笑いしかできない。

「馬鹿者!その程度で嫌いになる男なんて最初から選ぶんじゃないわよ!男たるもの、大きな心で女を受け止める。これ絶対だから!!実弥みたいにね!」

実弥…先生の話をする時のゆき乃先輩はめちゃくちゃ可愛くて。いつものスレた表情が一変して明るくなる。唯一不死川先生にだけはめちゃくちゃ甘い顔をしている事も知っている私。できるのなら私も同じように…とまでは言わないけれど、少なからず大人しくもじもじしているよりはゆき乃先輩の爪の垢でも飲ませて貰って煉獄先生に思いを伝えたい。

気づくとポチポチとLINEの文字を打っていたゆき乃先輩が、「送信!と。」カタンとテーブルの上に戻ってきた私のスマホのLINEには、

【今から告白のお返事がしたいので逢えませんか?】

そんな言葉と共にハートのスタンプが送られていて、「うそぉ!!!本当に送っちゃったの?」泣きそうな顔でゆき乃先輩を見るとニッコリ笑顔で笑った。

「あ、既読ついたよ、ほら!」
「げ、マジか!!」

どうすりゃいいのかさっぱり分からずトーク画面を見つめていると、【ハル先生は今どちらに?】煉獄先生からすぐに返事がきたなんて。

「今MOAIで飲んでまぁす!と。ついでに実弥先生も連れてきてくれませんか?隣にゆき乃先輩がいるので、と。送信!」

口に出しながら文字を打ったゆき乃先輩は、その言葉通りのLINE文字を送っていて…

「ぶ、これ私じゃないってバレるって!不死川先生も一緒だったらいいね!」
「実弥にも言ってるけどね。ハルとMOAIで飲んでるから終わったら来てね!って。」
「そうなの?」
「当然!」

ぬ、抜かりないなぁ〜。ゆき乃先輩と一緒にいると、強くなれる気がしてしまう。それはあくまで錯覚なのかもしれないけれど、それでも影響を与える力は抜群だと思う。

【承知した。ちょうど今不死川と冨岡と宇隨とそちらに向かっていたんだ。告白の返事、楽しみにしている。】

だけど、そんなメッセージが煉獄先生から届いたから途端に胸が激しく脈打つ。

「ヤバいよ、ゆき乃先輩!煉獄先生来ちゃう!やだ帰りたいよ〜!!」

スマホをゆき乃先輩の顔面に見せて足をばたつかせる。とてもじゃないけど落ち着いていられない。逆にゆき乃先輩はおもむろに鞄からグロスを取り出すとそれを器用に可愛らしい赤みがかった唇にのせていく。
手鏡で髪を整えている姿は完全に女子で。

「ハルもグロスぐらい塗りなさいな、」

スッとゆき乃先輩がティッシュで一吹きするとそれを手渡してくれた。その間に私のパーマがかった短い髪を指で整えてくれる。
急に緊張してきた!
グロスをゆき乃先輩に返すとタイミングよくMOAIのドアが開く。
からんって音と同時に寂れたドアが開いてそちらに目を向けると派手な髪色の煉獄先生達が揃って入ってきた。

「きた!ハル気合い入れなさいよ!」
「う、うん。」

パシンとゆき乃先輩に背中を叩かれて喝を入れらる。

「誰だって、想いを伝えるのは怖いものよ。それでもみんな幸せになりたくて必死に前を見てる。ちゃんと答えなさい、勇気出して想いを伝えてくれた煉獄先生に。ハルも同じ気持ちです!って。嬉しかったのに恥ずかしくて言えなかったって。ね?」

ちゃんと私が恥ずかしくて言えなかった気持ちを理解してくれていたゆき乃先輩に涙が込み上げてくる。
本当にゆき乃先輩の言う通りだ。
想いは言葉にしないと伝わってない事に変わりない。

そして私は、この人が好き。

「あのっ、煉獄先生っ!!!わっ、私も煉獄先生が好きですっ!!だっ、大好き!!!本当はすごい嬉しくて。でも勝手に煉獄先生はゆき乃先輩が好きなんだと思っていたので動揺しちゃって!でもだから、えっと、その、」
「…ハル先生、」

驚いて目を見開いていた煉獄先生がふわりと微笑んだ。

「そうか。吃驚させてしまってすまない。だが俺はゆき乃先生ではなくハル先生の事が好きだ。ついでにゆき乃先生を好きなのは俺ではなく、不死川だ。安心しろ。改めて言う…ーーハル先生、俺と付き合って欲しい。大事にする。」

隣でゆき乃先輩が「えっ!?」って大声を出したけど、私は煉獄先生の言葉で胸がいっぱいで。

「テメェ、余計なこと言ってんなァ、煉獄!」

不死川先生が煉獄先生の頭をチョップしてたけどそれすら気にならなくて。
律儀に手を差し出す煉獄先生の手を、そっと握った。

「よろしくお願いします。」

その瞬間、グイッと引き寄せられて、熱い胸に抱きしめられた。
煉獄先生の優しい温もりと男っぽい香りに体中が熱くなる。

「派手にキスぐらいしてやれよ、煉獄!」
「そんな事より不死川はゆき乃先生が好きだったのか?」
「うるせぇ、冨岡!テメェには関係ねぇ!」
「関係あるよ、実弥!!私の事、好き?」
「………、」

気づくとそんな会話が耳に入り込んできて、チラリと煉獄先生を見つめる。

「よもや、よもや、俺たちの周りはいつも騒がしいな。ハル…と呼んでもよいか?」
「はい。」
「では、ハル。これから二人で抜け出さないか?」

…夢を見ているみたいだ。でもこれは夢でも幻でもなくて現実で。
やっと言えた。自分の素直な気持ちを。やっと伝えられた、大事な人に。
でも、もっともっと伝えたい。

「はいっ!」
「よし!」

私の肩に手を回した煉獄先生は、みんなを振り返って続けた。

「悪いがハルと二人きりにさせて欲しい。」

トクンと煉獄先生の言葉に頬が緩む。ヤバい、黙ってらんない。

「…好きです、煉獄先生…ーーじゃなくて、杏寿郎さん。」
「よもや、それ以上はここでは言ってはダメだ、ハル。」

真っ赤になって目を逸らす杏寿郎さんが可愛くてカッコよくて、めちゃくちゃ大好きだと確信した。



-fin-

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