相 合 傘



校舎を出るとポツポツと雨が降り出してきた。
曇りだったら空はもう真っ暗で、日も短くなってきて、部活が終わる頃にはかなり肌寒くなっていた。
同じクラスの美月と一緒にバス停まで歩いていると、前に傘もささずに歩いている男子がいて。

「あの馬鹿!」

かけて行く美月からはちょっと可愛らしいオーラが出ている気がする。だって前を歩いているのは伊之助くんだ。

「あんた傘ぐらいさしなさいよ!」
「あ?傘なんて持ってねぇよ。ならお前の貸せ!」

美月の傘を取り上げた伊之助くんは不機嫌オーラ丸出しで「お前LINE見てねぇの?」なんて聞いた。
美月は制服のポケットを探るとハッと青ざめる。

「ヤバい教室に忘れた。ゆき乃ごめん、待ってて取ってくる!」
「え?一緒に行くよ!」
「いい平気!あの馬鹿見張ってて!」

伊之助くんから傘を取り上げてさして行くもんだから慌てて私が伊之助くんに傘を差し出した。

「馬鹿はどっちだっつーの。なぁ?」

さり気なく私の傘を持ってくれる伊之助くんはその男らしい性格とはかけ離れたような美男子でぶっちゃけ人気がある。
私の恋人でもある善逸とも仲が良くていつも一緒にいるから自然と仲良くなった。

「ふふ。美月でも抜けてる所があるんだねぇ。そうだ、伊之助くん、善逸もう部活終わってる?」
「あーそろそろ来んじゃねぇか?待ってりゃ。」
「そっか。じゃあ待ってようかな私!」

善逸がもし傘持ってなかったら可哀想だしって、美月が戻ってきて三人でバス停に行ったけど、私はそのまま善逸が来るのを待つことにして、一人バス停の長椅子に座って待っていたんだ。



「遅いなぁ善逸…。」

何本かバスを見送ったけど善逸は来なくて。なんならLINEも既読にならない。
どーしちゃったの?
雨も強くなってきて風も出てきたせいで外は寒い。
ぶるりと体を震わせていると「ゆき乃?何してんの?」聞こえた声に顔を上げると真っ赤な髪の炭治郎が驚いたように口を開けて近寄ってきた。

「あ、善逸待ってるんだけど、」
「善逸ならとっくに帰ったぞ!伊之助の後追うように。ゆき乃がいるかもってスキップして…会わなかったのか?」

そんなぁ。
首を横に振る私を見て炭治郎が首に巻いていたスヌードを私にすっぽりとかけてくれた。

「風邪引くから、つけてけよ。」
「でも炭治郎が、」
「俺は男だし、長男だから風邪なんて引かないよ!」
「いや長男も男も関係ない気がするけど、…でも温かい、ありがとう。」
「うん!じゃあ俺行くな!気をつけて帰れよ!」

カッパを着ている炭治郎が大きく手を振って走っていく。私もその後来たバスに乗り込んで善逸にLINEを送る。

だけどその日の夜遅くに既読になったLINEは、翌日になっても返信なんてこなかった。







「善逸、昨日どうしたの?」

翌日、廊下を歩いている善逸を見かけてその腕を引っ張るとそう聞く。
いつもならニャンニャンな善逸なのに今日はムスッとした顔で振り返ると「別に。」…小さく言われてちょっと怯みそうになった。

「待ってたのにバス停で。LINEもずっと既読にならないし、何かあったのかと思って心配したんだよ?」
「へぇ〜。伊之助と相合傘して楽しんでたくせに?」

…なんだろうか、この嫌な感じ。
てゆうか善逸ってそんな低い声出せたんだ?なんて、客観的に思ってしまった。

なんの事言ってるのかさっぱり分からないと思ったけど、ふと思い出した、美月がスマホを取りに行った時の事を。
もしかして善逸、あの時見てた?

「なんで怒ってるの?」
「怒るよ、怒るに決まってんでしょお!!ゆき乃ちゃんは俺の恋人なのに伊之助と相合傘なんかして楽しそうに話しててさぁ!!有り得ないよね、二人とも!!俺だってまだ相合傘とかした事ないのに!!」

大声でそう言われてムッとした。
分かってないよ善逸。

「相合傘じゃないでしょ、あんなの。」
「ハア!?あれが相合傘以外のなんだって言うのさ!!!てか、そんな尻軽女だったなんてゆき乃ちゃんが、ガッカリだよ!!俺しばらく顔見たくねぇわ!」

掴んでいた腕を思いっきり振り離された。
なんでそこまで言われなきゃいけないの?
反論したいのに善逸に振り離された腕が重たくて動けなくて。
違うって言いたいのに、美月もいたって。全部誤解だって言いたいのに言葉が出てこないのは喉の奥がギュッと詰まって泣いてしまいそうだから。
付き合って初めて善逸に心から拒否されたのが悲しくて気を抜いたら涙が溢れそうだった。
遠ざかる善逸の後ろ姿に悔しさが溢れる。

「善逸の、馬鹿。もう知らない…」

一日の始まりがこんなにもブルーなのは初めてだ。






その日は一日ずっと気持ちが上がらなくて、私たちこのままどーなっちゃうんだろう?って不安しかなくて。
6限目のホームルームが終わってもボーッと外を眺めていた。
昨日に続いて今日も外は雨が降っている。
だからか気分は余計に憂鬱で。
善逸はこれから部活で、終わるのを待つ元気なんてない。
そもそも善逸がもう私になんて会いたくないって思ってるんだと思うと、悲しくて。

「やめた、帰ろ。」

椅子を押して立ち上がった瞬間、誰もいなくなっていた教室のドアがガラリと開いた。
肩でゼェゼェ呼吸をしている善逸がそこにいて、私を見て小走りで駆け寄って来た。

「善、逸…」

俯いていた善逸は顔を上げるとボロボロ泣き出した。

「ゆき乃ちゃああん、ごめんねええええ!!!」

肩に手を置いて今にも私に抱きついてきそうな善逸。
拍子抜けしている私に善逸はゆっくりと抱きついてきて。

「さっき炭治郎ぉに聞いたの、ゆき乃ちゃんの事。伊之助と美月ちゃんにも聞いて。俺、伊之助と相合傘してるゆき乃ちゃんを見て頭に血が登っちゃってめちゃくちゃ悔しくて悲しくて、心にもないこと言っちゃったよね。酷いこと言ってごめんね。尻軽女だなんて思ってないよ。…お、俺の事許してくれないよね?」

なんだ、よかった。
安心して力が抜ける。本当にこのまま善逸と別れちゃったらどうしようって思っていたから。
こんな風になって改めて分かった…

「バカぁ善逸。私の事、もっと信用してよ。善逸に嫌われたかもって思ったらすごく悲しくて苦しくて、辛かったんだよぉ。もうゆき乃ちゃんって笑ってくれなかったらどーしよって思ったら動けなくて、」

ギュッと善逸の首元に顔を埋める。そっと優しい手が背中に回って撫でてくれるから、やっと安心できた様な気がした。

「ごめんよおおおお、マジで。俺ってほんと馬鹿!伊之助相手につまんねぇヤキモチ妬いて…。けどどんなでも俺、やっぱりゆき乃ちゃんが俺以外の男と相合傘するなんて嫌なの!だからさ、今日は俺と一緒に相合傘して帰ろ?」

ニッと笑うと善逸は私を離して手にしていた傘を見せた。
黒くて可愛げのない善逸の傘だけどそれをパンッと広げるとそこは二人だけの世界に変わった…。

そっと私の頬に手を添える善逸に目を閉じると「可愛いなゆき乃ちゃんのキス顔…」なんて言葉の後、善逸の柔らかい唇が小さく重なる。
離れたくなくてそのまま善逸の腰に腕を回して鎖骨にグリグリと頭を擦り付けると「か、感じちゃうよぉ俺、」…真っ赤な善逸と目が合う。

「いいよ、感じても。」

ふーって耳に息を吹きかけてやると、ゾクゾクって善逸が肩を震わせた。

「ねぇこれってもしかして、お仕置?」
「ん。」
「俺、こんなお仕置なら毎日されてもいいよ。」

クスッて鼻の頭を擦り付けると、ちょっと覚醒した善逸の噛み付くようなキスに胸がキュンと音を立てた。

雨が物凄く嫌いになったけれど、それも善逸の愛で上書き。
相合傘が楽しめる雨が好きになったんだ。



-fin-

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