17歳のシンデレラ



「ちょっと待っ、」
「待たねえ!!


暗闇の中、初めて見る伊之助の真剣な表情に目が眩みそう。

私を組み敷いて今にも噛み付いてきそうな伊之助の髪がサラりと頬を掠めたと思ったら私のそれと小さく重なった――――

――――事の発端は、私の放った一言だった。





「今月の私の誕生日忘れてないよね?」


幼馴染兼、一応の恋人である嘴平伊之助は、生まれた時から女児の様な愛くるしい顔付きで、そのせいか女と認識されるのが嫌で妙に男っぽい性格だった。

勿論言葉遣いも荒々しいし、態度もでかく、男であることに誇りすら持っているんじゃないかっていうくらい。

6月上旬に17歳の誕生日を迎える私は、全くといっていいほど恋人らしいことをしない伊之助にそんな質問を飛ばした。

キョトンとした伊之助は「え?お前誕生日だっけ?」…でたよ、こいつ。だから嫌だったんだよ!!!

伊之助の次の言葉を待つ前に、思いっきりガンつけた。


「なに、なに!?ゆき乃ちゃん誕生日なの!?」


言ったのは伊之助ではなく、金髪の善逸。


「お祝いしなきゃな!みんなで!」


赤い髪の炭治郎も私を見てニッコリと微笑む。この2人は確実にお祝いしてくれるって思うけれど、正直なところ、私が一番祝って欲しいのは伊之助だ。

視線を送ると若干気まずそうに目を逸らす。

期待はしないでいようとも思った。

伊之助はそーいう男女の恋事情は疎いってタイプだから。

でも、花の高校生。17歳のバースデーは一度きり。


「伊之助、忘れないでよ?」


グイッと腕を掴んで耳元で言うと、「わぁーってるよ!」ちょっと面倒そうに言われた。

少しは期待してもいいのかな?

なんて思った私が馬鹿だった。

淡い期待を持った私のお誕生日は、呆気なく終わりを迎えることになる。





―――そう思っていたんだけど。


「おい、こっち来い。」


クイクイって手首を曲げて私を呼びつけたのは伊之助。

間もなく時計の針がてっぺんを越えようとしていた。

可愛い彼女をほおって普通に炭治郎達と遊びに行った伊之助を最低だと思っていたら、日付の変る寸前、部屋の窓がガラリと開けられ、何故か手招きする伊之助。

ベランダから伊之助の部屋には簡単に渡れる。

用があるならてめぇで来い!なんて内心思ったけれど、さすがに伊之助もお誕生日を忘れていなかったんだろうって。

ほんの1分前とか有り得ないけど。

炭治郎と善逸だって、今日ぐらいは遠慮して欲しかったよ、全く。


「なによ、」


ちょっと不機嫌面で伊之助の部屋に入ると天井に散りばめられた星屑。

真っ暗な部屋だけれど、今夜は月が出ていて雲もないから窓から盛れる月明かりで伊之助の顔もぼんやりと見える。


「星?」

「好きだろ、お前。 」


ちゃんと星座の形になっているネオンの星シールが、伊之助の部屋の天井に貼り詰められていたんだ。


「俺様の部屋の星を全部お前にくれてやる!」


堂々と言い放つ伊之助を見て、なんだからしいなって。

アクセサリーとか鞄とか形に残る物を期待していた訳でもないけれど、伊之助ならきっと心に残る物をくれるんじゃないかって思っていたから。

なんだかんだで優しい人だから…。


「嬉しい、ありがとう。」


伊之助を見ると照れくさそうな顔でスッと何かをこちらに差し出した。

無言でそれを受け取った私の胸がトクンと小さく脈打った。

手にするだけで分かる小さな箱。

見つめる伊之助は当たり前に顔を逸らしている。

だから伊之助の腕に触れて「いいの?」そう聞くとやむを得ずなのか、伊之助と視線が絡み合った。

ムスッとした口元。

だけどその目は優しさを帯びていて、ほんの一瞬目が合うと「お前に似合うと思って。」ボソッとそんな呟き。

途端に胸がドクンと大きく脈打つんだ。

ドキドキしながらそれを開けると星型のピアス。


「…可愛い。嬉しいよぉ、伊之助。」

「ば、バカ、近寄るな!」


腕にギュっと抱きつくと慌ててその腕を払おうとするから更に強く抱きついてやった。

今日ぐらい甘えたっていいじゃん!なんて思いつつ。


「おいゆき乃、」

「なぁに?」

「…近けぇって、」


すこぶる照れているのが声だけで分かる。ちょっとの動揺と高揚も一緒で、伊之助はきっとテンパってる。

ずっと小さい時から傍で見てきたから伊之助の考えている事なんて私には容易にわかる、手に取るように。

だから今この状況は伊之助にとって完全に不利だと。

困っているだろう伊之助の手を取って指折り数える。


「なんだよ、」


親指、人差し指、中指、薬指まで折り曲げた状態でそれを伊之助の顔の前に出した。

当たり前に首を傾げる伊之助をジロッと睨みながら小さく言い放つ。


「伊之助とキスした回数!たったの4回!私たちもう17だよ?少なすぎない?ねぇ!」


それも毎回私からしてって言ってるような?

「んなことできるか!」って極端に照れる伊之助の頬に手を添えて無理くりすると大人しくなるけど。

だから今回も絶対拒否られるって分かってるけど、そんな誕生日は悲しすぎる。

もう時計の針はてっぺん超えてるけど。

だけど伊之助は私の肩にそっと手を置くとゴクリと生唾を飲み込んだ。

え、あれ?いつもと反応が違う。


「分かってるよ、今夜はなんでもしてやる。一生に一度の17だもんな、」


ふわりと伊之助の大きなごつい手が優しく私の頬を掠める。

途端にドクンと大きくうごめく心音。

ダッシュしたみたいに早鐘を鳴らしている。

ほぼの指が少し遠慮がちに私の唇をなぞる。そんな仕草にドキリと口内に唾液が広まる。


「ゆき乃、目閉じろ。」


言われた通り目を閉じると、ちょっとフライング気味に伊之助の温もりに包まれた。

さほどしていない久しぶりのキスに心拍数が最高潮あがる。

伊之助の腕に置いた手に力を込めると、ほんの一瞬暗がりで薄目を開けた伊之助と目が合う。


「馬鹿、見てんじゃねぇ!」


そう言いながらもキスを止めない伊之助のシャツの中にそっと手を差し入れると汗ばんだ背中があった。


「…やるか、」

「えっ!?」

「今日こそやるか、」


意気込む伊之助は、穿いていたパンツのポケットから小さな袋を取り出した。

暗闇でも分かるソレ。

カサッて音が妙に恥ずかしい。


「紋逸と健太郎に使え!って言われて。あの二人からの誕生日プレゼントだ!」


嬉しいような、なんとも言えない複雑な気分なんだけど。

タラりと私の背中をつたうのは、冷や汗なのかなんなのか。

伊之助はそれを物珍しそうにカサカサ動かしていて。

え、この人使い方分かってる?


「伊之助、あの嬉しいんだけど、伊之助ってちゃんとできるの?…知識はあるの?DVDとか見たことある?」

「当たり前だろ。…馬鹿言うな、俺様も男だ。安心して身を預けろよな。」


いつもの伊之助だったけれど、ちょっとだけ紳士ぶってるのか二割増ぐらいに見えたなんて。

私の手をギュッと握ってそのままベッドに押し倒された。

月明かりに照らされて伊之助の綺麗な顔がくっきりと見えてドクンと胸が脈打つ。

インナーカラーの鮮やかなブルーが差し込んだ手にかかってほんのり目を細める伊之助。

優しく頬を撫でる伊之助の大きな手がトンと顔の横につくと、ちょっと荒々しく唇が重なる。

獣みたいな噛み付くようなキスなのに、どこか優しさを帯びていて心地が良い。

舌をジュルリと吸い上げられると身体の芯が疼く。


「ンッ、伊之助っ、好きっ。」


キスに混ざって声を出すと、ふわって笑って「知ってらぁ。」甘い声に腕を伸ばすと強く抱きしめられる。


「ゆき乃、服脱がせるぞ。」

「ん。」


躊躇いも躊躇もなく伊之助に服を脱がされて顔が熱くなる。

食い入るように私を見つめる伊之助が狡くてかっこいい。

こんな野生児だから、セックスの仕方なんて知らないと思っていたけれど、伊之助はやっぱり獣でもケダモノでもなく、私の恋人、伊之助だった。

生まれたての姿で私を見下ろす伊之助。

善逸と炭治郎に貰ったであろうそれを野蛮にパリっと口で開ける。

それをスルスルと器用に装着して私の方に戻ってくる。

ここまできたけど、初めては初めてだ。

指で掴んで私のそこに宛てがう伊之助の呼吸があがっている。


「ちょっと待っ、」
「待たねえ!!


暗闇の中、初めて見る伊之助の真剣な表情に目が眩みそう。

私を組み敷いて今にも噛み付いてきそうな伊之助の髪がサラりと頬を掠めたと思ったら私のそれと小さく重なった――――


「好きだ。お前が好きだ。」


伊之助の言葉に涙が溢れる。


「私も好き。伊之助が好き。」


初めて伊之助と一つに繋がる事ができた。


「動くぞ。なんかもう我慢できねぇ。」


浸る余裕もなく伊之助が下半身を動かす。

ピリって身体中を走る痛みよりも、私の上で汗だくで声を我慢している伊之助を見ている方が堪らなく重要だ。

普段は馬鹿ばっかりやっている伊之助も、こんな日は120%の愛情を注いでくれるなら、毎年の誕生日が楽しみで仕方がない。

大人になりきれていない私たちはこの行為を単なる興味だけでは終われなくて。

伊之助と繋がる事がこんなにも幸せに満ち溢れたものになるんだって、身をもって知る。






「え、あれ本気で使ったの!?嘘でしょ!?馬鹿じゃないの!?」


次の日、善逸が目ん玉ひん剥いて私と伊之助を交互に見て叫んだ。

まぁそうなると思ってたけど。


「馬鹿め紋逸!!俺様にかかればあんなもん、ちょちょいのちょいだ!」


訳分からないこと言って善逸に追いかけられる伊之助の後ろでクスリと笑った。

伊之助がいれば、私はいつでも幸せなんだって。



―完―

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