愛される幸せ



女の幸せってやっぱり愛された方がいいの?

どれだけ好きでも届かない恋ばっかりの人生を、どれだけの人が経験しているのだろうか?


「…もう、疲れた。」

歩道橋の途中で小さく呟いた私は柵に手を掛けてそこから見える景色をただ眺めていた。
人が行き交うこの街で誰も私に気づく人なんていなく、私がこの世界からいなくなった所で誰も何も変わらない。
もうこのままいなくなってしまおうか、なんて。
本気で思っているわけじゃないけれど、この歩道橋から飛び降りたらこの胸の痛みも消えるのかななんて思ったんだ。

「だっ、ダメ!!ダメだよ早まっちゃ!!飛び降りたら絶対にダメっ!」

不意に聞こえた煩い声と後ろから身体を雁字搦めにされて吃驚。
何すんのよっ!!って思いながらも、たった今まで誰にも気づいて貰えないと思っていたからなのか、何故かその温もりにホッとして涙が零れてしまう。
振り返った私をこれでもかってぐらい力強く抱きしめていたのは金髪の高校生で、目が合うと真っ赤な顔で「きっといい事あるから!!」そう言うんだ。

それが私と彼、我妻善逸との出会いだった。





ブブブってデスクの上に置いてあるスマホがLINEのメッセージを受信した。
それが見なくても誰だか分かるから私はあえて無視して講義を聞いている。
明日から夏休みを迎える今夜は、この界隈で一番大きな花火大会が開催される。
どーせその誘いのLINEだろうって。

授業終了のチャイムと共に講義室から出ていく学生たち。

「ゆき乃も花火行くんだよね?」
「あーうん。たぶん!」
「じゃあまた夜に!その後飲みに行くから顔出てよね!」
「了解!」

手を振る友人を見送ると私は漸くスマホに目を落とした。
思った通り、善逸からの花火の誘い。
毎日毎日よく飽きないなぁーなんて感心しながらも私は善逸のメッセージを見てほくそ笑んだ。

あの出会いの日からずっと、善逸は私を心配して連絡をくれているんだって思っていたのだけれど、それは最初の一週間だけで。
エスカレーター式で大学へも繋がっているキメツ学園の高等部に属している彼のオンナ好きという噂は、私の属している大学へも流れてきていた。

金髪を地毛だと言い張る煩い泣き虫な男には気をつけろ!なんて残念な噂にまで発展しているのを彼に伝えたら酷く落ち込んでいた。

でも、毎日毎日愛を伝えてくれる善逸を思うと、私の失恋ぐらいどうって事がないように思えてしまう。
善逸の失恋の数に比べたら…。
確かに噂の中の善逸は残念なくらい興味のない男だけれど、実際の善逸とは少し違う気がする。

あの日、善逸がいてくれなかったならば、助けてくれなかったならば、私はきっとここにはいない。

「仕方ないなぁ。」

なんて言いながらも私は善逸のトーク画面にOKのスタンプを一つ送る。すると泣いているのか、喜んでいるのか、沢山のスタンプが送られてきて、あんまりしつこいから途中で見るのをやめた。
でも私の頬は自然とあがっていて。

善逸の事を考えると自然と笑みが零れてくるんだった。






「え、え、えええええ!!!!めっちゃ可愛い、すげぇ可愛い!!!世界一可愛いよぉおおお、ゆき乃ちゃああんっ!!俺このまま死んでもいいかも!!いや、ダメだ。この先俺がゆき乃ちゃんを守るって決めたから!!!」

浴衣姿の私を見るなりひっくり返りそうな声をあげる善逸にプッと笑う。

「大袈裟よ、善逸。」

彼の柔らかい金髪にそっと手を乗せて撫でると一瞬で耳まで真っ赤になった。
単純にその姿を可愛い…なんて思っている。

「あ、あのさ。はぐれないように…だ、ダメかな?」

遠慮がちに私に手を差し出す善逸の小さく震える手。
道行く恋人たちは皆、同じように手を繋いでいる。

「下心はなし?」

ちょっと意地悪に言葉を放つと善逸はビクッと肩を揺らしてブンブン首を横に振った。
ないっ!って言いたいんだろうけどまだ真っ赤っかで。

「下心もない男なんてつまらないわよ。」

そう言って善逸の手を握ると反対の手で口元を抑えて泣きそうな潤んだ瞳を私に向けた。

「あるあるっ、120%下心あるよ、本当は!!もう俺どうにかなっちゃいそうだよっ、ゆき乃ちゃあんっ!!!」

ギュッと指を絡める私に善逸の心臓の音が聞こえてきそうなくらいの愛を感じて嬉しくないわけが無い。
見つめる先の善逸はまだ真っ赤で、その理由は分かっている。

この我妻善逸は人間の度を超える聴覚の良さを持っていて。人の感情が音で聞こえる特技を持っていた。だからあの日、私の負の音が聞こえて助けてくれたんだと。

「行こ。」
「う、うん。」

神社の脇を抜けて出店のある道を二人で歩く。

「りんご飴食べたい!」

私が言うと善逸が「うんっ!」手を引いてそちらへ行った。

「ゆき乃ちゃんっ、はい、」
「食べさせて?」
「え?い、いいの?」
「うん。アーン…」

口を開ける私の口元に添えるようにりんご飴を差し出す善逸が可愛くて胸がキュンと音を立てる。
この音はきっと善逸にも聞こえてるんだろうなーって思う。

「善逸も食べたい?」
「う、うん。俺も、」
「じゃああげる。」

ガジッと飴を歯でかじった私はそのまま善逸を見つめて舌に乗せたそれを善逸の半開きの口の中に入れ込んだ。

「ンッ、」

聴覚が特段いい訳でもない私でも聞こえる。正確には分かる。善逸が物凄くドキドキしているのが。
鼻息荒く私の肩に手を添えた善逸は、「お、俺、」何かを言う前にスッと離れた。

肩透かしを食らってポカーンとした善逸が堪らなくかわいくて「ごめん、ちょっとからかいたくなっちゃった。なぁに?善逸。」指をキュキュッと強く握ると、善逸の浴衣がサラリと風に揺れた。

「ゆき乃ちゃあああん、」

泣きそうな顔で私を見つめる善逸に小首を傾げて見つめ上げるとまた真っ赤な顔で「好きだよ。」小さく言った。

「お、俺の彼女になってください!」

いつぶりだろうか?そんな風に言葉に出して交際の申し込みをして貰ったのなんて。

「い、今まであった辛い事全部忘れるぐらい俺、ゆき乃ちゃんの事全力で愛すから!!ずっと俺と一緒にいて欲しいっ!!」

そんな大きな声で言わなくてもいいよ…なんて言いたくなるぐらい善逸は大声で愛を告白してくれた。
無言で善逸を見つめる私に善逸の鼻息はどんどん荒くなっていって…

「あのあの、だ、ダメかな?やっぱり俺じゃゆき乃ちゃんの恋人にはなれない??」

不安気な善逸の頬にそっと手を添えると、パクパク口を開け閉めしている。

「ダメじゃない。私も善逸の事が好き。私の事、幸せにして下さい。」

ぎゅうって善逸に抱きつくと、握っていたりんご飴をコロンと落として吃驚していて。

「あうあうあううう、嬉しくて死にそうっ!!俺、精一杯幸せにするからっ!!!」

もうとっくに幸せは貰っているんだけれど、いつの時代も女は男に好きだと言われたい生き物なんだと思う。

あの日、善逸に見つけて貰った私は、その日から零れ落ちそうなくらい沢山の愛を貰っている。
噂の我妻善逸の愛を独り占めできることは嬉しくて。周りには変な奴に付き纏われていると思われている事も分かっている。
けれど、あの日の私には善逸みたいな真っ直ぐな愛が必要だった。壊れた私の心に真っ直ぐに入り込んできた善逸の愛を、これからも離したくないと思ってしまうんだ。

「可愛いなぁ善逸。」
「ゆき乃ちゃんのが可愛いよぉおおお!!」
「知ってるけど、言わせたいの。」
「ええもう、そんなの何度だって言うよぉ俺!」

頬っぺた垂れそうなくらいふにゃーって笑う善逸の腕に自分の腕を絡ませて花火大会の会場へと向かった。

「やっぱり女って愛される方が幸せかも。」
「え?」

優しく私を見つめる善逸の頬にちゅっとキスをすると、鼻血を吹き出しそうなぐらい真っ赤な顔で笑った。

もちろんこの後の飲み会はスルーした。



-fin-

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