5時間目の授業が終わる頃、どんより曇り空から大粒の雨が降り出した。
頬杖をついてグレーな空を見ていたゆき乃は、数日前の事を思い浮かべていたんだ。
生徒会書記の冨岡義勇に憧れ以上の気持ちを持っているゆき乃は、その溢れんばかりの想いを言葉にしようと帰り道で待ち伏せしていた。
いつも義勇が通るであろう下校途の途中に位置するこじんまりとした公園で、バクバク高鳴る心臓を押さえながらいまかいまかと待っていたんだ。
しばらくすると、鞄を肩から斜めにかけた義勇がスタスタと歩いて来た。
すぐ様それに気づいたゆき乃は、ありったけの想いで義勇に好きだと伝えたんだ。
「…悪いが、その手の話題は苦手なんだ。君のこともよく知らないし、だからごめん。」
分かっていた、答えなんて初めから。
でもただ伝えたかったんだ、と。
ただゆき乃が好いているという事実を義勇に分かって貰いたかっただけだった。
そう頭では分かっていたつもりでも、実際義勇の口からそう言われると、ゆき乃の胸はチクリと何かにつつかれたように痛く、目にはいっぱいの涙が溢れてきそうになる。
けれど、義勇自身も言った通り、その手の色恋には疎いせいかゆき乃の涙に気づくこともなく、その場を去って行った。
公園のブランコに座って一人、ゆき乃は溢れる涙を我慢しなかった。
―――そんな事をふと思い浮かべていたんだ。
あの日もこんな泣き出しそうな空だったから。
同じ様な空でも今はもう大粒の雨が降り出していてあの日とは違う。
ゆき乃はぼんやりとその雨を見つめながら、頭の中はやはり義勇の事を思っていた。
フラれたからじゃあ次いこう!なんて気には当たり前になれず、心の中では今も義勇を想ってしまっているのだった。
◆
ホームルームを終えて皆が帰り支度にとりかかる中、ゆき乃も宿題のでた教科を鞄に詰め込んでいた。
「あ、」
置き傘をしていたと思っていたそこには傘の欠片もなくて、記憶の片隅には先週の大雨。
梅雨時期の今は毎日ジメッとした雨が降り続いていて置き傘を使っていた事を思い出した。
はぁ〜と溜息を洩らすと購買に傘を買いに行くか数秒悩む。
お財布を覗いたけれど残念な事にお札が1枚も入っておらず、こりゃダメだと諦める他なかった。
少し待っていたら雨も弱くなるかもしれないと思い、ノートを広げ、クラスメイトが帰り路につく中、一人ペンを走らせていた。
いつの間にか教室に誰もいなくなったのに気づいたゆき乃はハッとしてノートをしまうと、足速に下駄箱へと歩く。
「あーあ、止まないなぁ。」
小さく呟くゆき乃の目に入ったその姿、一瞬で心臓がトクンと音をたてたのは、下駄箱に背をつけてそこに義勇がいたからだ。
俯いている義勇がゆき乃の足音に気づいて顔を上げると、ほんの一瞬目を見開く。
とはいえ、この二人にさほど共通点はなく、ゆき乃もペコりと頭を下げるので精一杯だった。
義勇もまた、ゆき乃を見て同じ様に頭を下げた。
ドキドキしながら下駄箱を開けて上履きを脱ぐ。
右手でそれを拾って中に入れてローファーを取り出す。
「傘はないのか?」
ローファーを手に義勇の前をトコトコ歩くゆき乃の背にそう声をかけた。
振り返った先、義勇が真っ直ぐにゆき乃を見ていて、その視線にまたゆき乃の心音が響く。
だ、けれど、次の瞬間――――
「冨岡さん!お待たせしました!」
ふわりと香る花の匂いが鼻をつくと生徒会長でもある胡蝶しのぶが現れた。
だから気づく、ああ、なんだ胡蝶会長を待っていたんだと。
それに気づいたゆき乃は「失礼します。」小さく会釈をして一刻も早くこの場から立ち去ろうと通り過ぎた。
けれどその足が止まったのは、義勇がゆき乃の腕を、あろう事か掴んだから。
「胡蝶、傘を彼女に。」
そう言うなり義勇はしのぶが手にしていた傘をゆき乃に手渡す。
「いえ、でも、先輩たちが濡れますよ?」
「構わない、胡蝶行くぞ。」
困惑しているしのぶを前に義勇は着ていたジャケットをふわりと脱ぐとそれをしのぶの頭にかけて肩に手を置いて誘導していく。
自分は雨でずぶ濡れだけれど、せめてしのぶは濡れないようにと。
「義勇さん!?なんですの?」
不意に聞こえたしのぶの声も雨の音ですぐに消え去った。
けれどゆき乃の耳にはハッキリと聞こえていた。
いつも冨岡さんと呼ぶしのぶが、義勇さんと呼んでいたその声が頭から離れない。
雨に濡れながらも笑い合う二人がゆき乃の目から離れない。
ああ、そっか…と。
生徒会長のしのぶと、書記の義勇は生徒たちの間でもそういう噂になっていた。
けれど二人とも色恋には疎そうで、仲は良いけれどそんな素振りはないと勝手に思っていた。
でもそんなのゆき乃の勝手な思いであり願いで…
しのぶの持ってきた傘をさして一歩外に出る。
ポタっと涙が零れた。
「あれ?おかしいな、」
こんなのどうって事ないのに。
とっくにフラれているというのに、胸が締め付けられるみたいに痛くて涙が溢れてしまう。
瞬きをするとクリアになる視界。
「二度もフルなんて酷いなぁ。」
こんなに切ない雨は、一生忘れられないかもしれない…
ゆき乃はそう思ってまた、空を見上げた。
fin.