「なーんだやっぱまだ続いてんだ」
そう続いた言葉に苦笑い。私の前にいる出水くんも同じように苦笑いで首を竦めたなんて。
「だから言ったろ、太刀川さん。そもそも風間さんがそう簡単に手放す訳ないのは太刀川さんだって分かってるんでしょう?」
「まーね。けど風間さんしょっちゅう遠征行くし、そうなりゃ遠距離みてーなもんじゃん!女の子ってやっぱそーゆーの嫌なんじゃねぇか?って思うじゃん!」
自分も蒼也と同じぐらい遠征に行くくせにそれを棚に上げてぐだーと背もたれに寄りかかる太刀川さんは自慢の顎髭を指でそっとなぞった。柔らかそうな髪がふわりと揺れる。
「ゆき乃、近々風間さんと別れる予定は?」
それから少し身を乗り出してそんなふざけた質問を飛ばすから隣の迅くんをチラリと見ると残念そうな笑顔を浮かべている。それから「ごめんねぇゆき乃。太刀川さんに頼まれちゃって、ゆき乃との時間作れって」こちらの言葉を発しなくてもある程度の事は迅くんには通じる。それは彼の持つサイドエフェクトであり、単に迅くんが人の顔色を読むのが上手いという事もあるんだと思う。
「別れる気はないですよ、太刀川さん。今日もこの後拾って帰るので」
チャリンと車のキーを見せる私に太刀川さんはまた顔を顰めたんだ。
太刀川さんは、まだ私と蒼也が付き合う前からこうして好意を寄せてくれていた。外見は普通にかっこいいし、何よりA級1位というトップのアタッカーであるし、何もこれ以上望むことはないだろうって思うけれど、それが恋に繋がるとは限らない。蒼也と付き合う前よりも、付き合ってからの方が太刀川さんはその好意を寄せてくる機会が増えたのが謎だけれど。
ドリンクバーを取りに行った私の後を追って迅くんが隣に並ぶ。アイスコーヒーのボタンを押しながら「怒ってる?ゆき乃ちゃん」なんて、いつもは呼び捨てのくせにこーゆう時だけちゃん付けするんだ。別に私は怒っている訳じゃない。けれども何だかとても居心地が悪いのは確かで。お決まりのピーチティーをグラスに注ぎながらも「迅くんの奢りなら許してあげてもいい」ちょっと上からものを言うと、迅くんはニカッと笑って白い歯を見せると安心したように私の頭をくしゃりと撫でた。
「俺聞いてもいいっすか?」
ドリンクを持って席に戻ると、熱々の湯気があがったパスタをフォークに器用に括りつけて口に運び終えた出水くんが私に視線を向けた。ストローで冷たいピーチティーを飲んでいた私はそのままコクリと頷くと出水くんがちょっとだけ高揚した顔で言ったんだ。
「風間さんって、二人きりだと甘えたりするんすか?」
…!!!!
なんて質問だと私は危うく口に入れたピーチティーを吹き出しそうになるのを堪えた。ゴキュリと
「ノーコメントで」
お口チャックを決め込む私に、出水くんの隣の太刀川さんは何とも複雑な表情を覗かせる。剣術では敵無しの太刀川さんも、色恋沙汰にはほんの少し疎いなんて事があるのだろうか?いやいや、そのルックスでモテないなんて事はないだろうし、それなりに遊んでる子は居そうな気もするけれど。
「出水〜愚問だろ、そんなこと!まぁなんてゆーか、正直俺は風間さんのそーゆーシーンは想像したくないわ」
眉毛を下げて苦笑いの迅くんに、私だってそんなの想像して貰いたくない!と思う。
そんな事から始まったこのディナーも私のスマホにレイジさんからの連絡がきた事でお開きになりつつあった。
「蒼也さん迎えに行くからまたね。迅くんご馳走様〜」
ヒラヒラと手を振る私に同じように振り返す迅くんは何か言いたげな太刀川さんを宥めるように「俺らは2軒目行っちゃう?」なんて肩に腕を回して去って行ってくれた。
車を走らせてレイジさんの指定した場所に着くと、いつもの格好した蒼也がレイジさんに抱えられるようにして待っていた。
「レイジさんすみません!お待たせしました」
「あぁ悪いな一ノ瀬」
蒼也を受け取って助手席に乗せる私を見て「どっちが年上だか分からないなこれじゃ」なんて笑った。
お酒が滅法弱い蒼也は、酒好きだけれどすぐにこうして眠ってしまう。故に彼が飲みに行く時は私がいつも迎えに行けるようにと高校卒業時の休みを利用して車の免許を取った。まだ未成年の私は勿論ながらアルコール摂取はしないので、今日も潰れた蒼也を迎えに来たわけだ。
目を閉じてスヤスヤ眠っている蒼也を前に上着を羽織ったレイジさんは私よりずっと高い視線を漆黒の空に向ける。
「今年の冬は寒そうだな」
「そうですね。できれば25日は
「そういや風間が珍しく惚気けてたぞ」
必要以上な事をあまり口にしない人だから余計に第三者から聞くそーゆう話は照れ臭い。でも目の前にいるレイジさんって人は、そーゆうプライベートな事を笑ったりからかったりしない人だと知っているから蒼也との事を言われても素直に頷けるんだと思う。
「付き合って初めてのクリスマスなんで、二人で過ごせたら…って言ってくれました」
「そりゃ幸せな約束だな」
クシャッと髪を撫でるレイジさんの大きな手に、私はニコッと微笑んだ。
「あ、後ろ乗って下さい。玉狛まで送りますので」
「いや俺はいいよ。飲み過ぎたから少し酔い覚ましながら帰るから。早く風間をベッドに寝かせてやれ」
「そうですか。分かりました。では失礼します」
頭を下げて運転席に乗り込んだ私は助手席で眠る蒼也の髪をそっと撫でると、アクセルを踏んで車を発車させた。
ハロウィンが終わった街並みはあっという間にクリスマス仕様へと変わっていき、どこからともなく聞こえてくるクリスマスソングやライトアップされた街路樹を行き交う人達は浮き足立っているに違いない。
私もそんな気持ちをほんのり隠してカーナビのラジオから流れるクリスマスソングを口ずさみながらも蒼也の住むマンションへと急ぐのであった。
「蒼也さん、蒼也さん…起きられます?」
軽く肩を揺すって名前を呼ぶと、パチッと目を開けた。おぼろげな赤みがかった瞳を数回瞬きさせた後「あぁ問題ない」いかにも起きてましたと言わんばかりにそう言った。それでも右手で目を擦る動作が一々可愛くて、私は車を降りて助手席の蒼也が出てきたらその腕を掴んでぎゅっと抱きしめた。
フラフラともせず真っ直ぐに歩く蒼也は何食わぬ顔で腰に着いていたキーアクセの中から自宅の鍵を探し当てるとガチャリと開けて中に入る。
ピッと寝室の暖房器具の電源を入れると、部屋の中にボーッと音が聞こえて生温い風が出てきた。
「シャワー浴びますか?」
「あぁ」
「じゃあ準備してきますね」
「悪いな」
蒼也の部屋の事をするのが嬉しくてルンルンしながら自分用にお風呂を溜めると、洗面所に蒼也が突っ立っていて。
「あ、気持ち悪い?吐く?」
「いや違う」
「ん?」
ゆっくりと一歩こちらに歩み寄った蒼也は、私の手首を掴むとふわりと自分の方に引き寄せたんだ。そのまま間髪入れずに唇が重なった。わわ、めちゃくちゃ酔ってる…そう分かっているのにも関わらず、いざ蒼也にキスされると何も考えられなくなってしまいそうだ…。ダメだよって意味を込めてトントンと蒼也の見かけによらず分厚い胸板を叩くも、余計に唇をハムッと甘く貪った。口内で舌を絡ませてチュルリと吸い上げられるとカクンと私の膝が震えた。それを分かってか、私の腰を腕一本でしっかりと支えている蒼也は、尚もキスを深める。このままだとここで致してしまいそう…そう私が思い始めた頃、スッと蒼也が離れた。そのままコツっとおデコをくっつけて目を閉じている蒼也にトクンと胸が脈打つ。
「蒼也さん?」
「悪い、理性が吹っ飛んだ。今日は太刀川もいたんだろ?」
「え?」
なぜそれを?なんて愚問。きっと迅くんが蒼也に言ったんだろうと容易にわかった。なんだかんだで、迅くんはいなくなった後まで面倒見がいいんだろう。
それより何より、太刀川さんと一緒だって事に理性が吹っ飛んでしまう蒼也が可愛くて仕方がない。自分より歳上で凄腕で最強の人だというのに、私と二人きりになればこの人は最強に可愛い人である。
「ふふ、心配してくれたんですか?」
「そりゃ。迅がいるとはいえ、それなりに俺も不安はあった」
「可愛い人ですね」
ギュッと抱きつく私をムギュっと抱き留めた。身長差はほぼゼロの私たち。蒼也の肩に顎を乗せたまま耳元でクスリと笑うと「なんだ」って声。
「出水くんに聞かれました。風間さんは二人きりだと甘えるんですか?って…」
「答えたのか?」
「まさか!ノーコメントですよ。迅くんにはバレたかもしれませんけど…」
想像したくないって言っていた事は言わないでおこう。
まぁ今は酔ってるし、一晩寝たら忘れてしまうのかもしれないけれど。何を思い浮かべたのか怪訝な顔をする蒼也は小さく息を吐き出す。少し距離をとる事で私たちの視線が絡み合う。不意に伸ばされた手が私の頬を優しく撫でるから体中の血液が顔に集中するみたいに熱くなった。
「それでいい。ゆき乃の前ではどんな俺も見せるが、それを他の奴らに知られるのは御免だ」
そう言ってほんのり口端を緩めた蒼也は、「一緒にシャワー浴びないか?」とびっきり甘えた言葉を放ったんだ。
-fin-