「…は?」
自慢じゃないけど生まれてこのかた、ラブレターなんて一度も貰ったことはない。そんなあたしが、まさかラブレターの橋渡しをこんなにするハメになろうとは思ってもみなかった。
可愛らしい封筒を差し出すと何故か睨まれてるあたしの方が溜息ぐらいつきたいよーってんだぁ。全く何が悲しくてこの男に毎度毎度ラブレターを渡さないといけないんだよ。
つーか自分で渡せよラブレターぐらい。
そもそもラブレターってくらいだから告白でしょ。それを人に頼むなんておかしい。そんなの絶対間違ってる。
…脳内ではそんなことを思いながらもあたしの手は机を椅子にしてゲータレードのパックをストローで飲んでいる出水公平へと伸びていた。
なかなか受け取ろうとしない公平に無理やりラブレターを押し付けてくるりと反転する。同じクラスで級長のあたしと幼馴染みの公平は小さい頃から何をするのも一緒だったから、その他大勢の女子よりかは近い位置にいるのかもしれない。はたから見たら公平と仲良しのあたしを羨む人もいるのかもしれないけれど、その実態は至ってなんの進展もない、本当にただの幼馴染みなだけである。
高校に入って公平がボーダーのA級1位である太刀川隊だという事が知れ渡るなり一気に女子からモテルようになって、そこで借り出されたのがあたし。ことあるごとに呼び出されては公平のことを色々と聞かれてしまう。
なによ、たかがボーダーぐらいで。ボーダー隊員なら他にも沢山いるっていうのにモテてるのはそう、公平のルックスの良さや自信に満ちた性格もあるのかもしれない。そして、そんな公平をただ見ているだけという素直になれない自分の弱さを、あたしは痛い程よく分かっている。
だって小さい頃から一緒だったあたしの心に公平以外の人が入り込む隙間なんて1ミリもないのだから…。
「いらねーよ、んなもん」
「そんなのあたしに言われても困るよ」
全く受け取る気配のない公平の胸元に無理やり押し当てるけれど、さり気なく付き返されそうになった。
ジッとあたしを見つめる公平の瞳はいつにも増して真っ直ぐで、まるであたしの反応を見て楽しんでいるようにすら思える。
「次からは断れって、ゆき乃ー」
そう言いながらも公平は毎回ちゃんとラブレターを受け取っていた。だからこの手紙もちゃんと公平の手中に収まっている。本当はそーゆうの見たくないし、こんな橋渡しもしたくない。でも幼馴染みって関係が崩れてしまうのは怖い。悪い方に変わるのならあたしの勝手な片想いのままでいい。いつまで経っても前に進むことのできない自分が頭の何処かで嫌だと思っていながらも、公平の気持ちを知ることが怖くて立ち止まっているだけのあたしに、ラブレターを渡す勇気のあるどこぞの女にすらきっと勝てないんだと決めつけているんだ。
あの手紙には一体何をどう書いてあるのだろうか。それを読んで公平はどう思うのだろうか…。
モテ期絶好調の公平だけれど、今だ特定の彼女はいなくて、あたしはそれが内心嬉しかった。
そんなことを思いながら一日を過ごしたあたし。
放課後、ボーダーが非番だったらしい公平は珍しく仲良のいい数人と体育館を借りてバスケを楽しんでいた。それを見に行こうと、沢山のギャラリーが集まっている事はそこに行くまでもなく見なくても容易に想像できる。
あたしはというと、級長のせいで先生に頼まれごと。来週の課題授業のテキストのホチキス止めを手伝わされていた。
「これ終わったら夏休みかー…」
思わず零れた独り言。世間一般的には高校生の夏休みなんて遊びほうけるに違いない。勿論あたしだって友達と遊びに行く約束はしている。だけど花火大会とかお祭りとか海とか、そこに公平が一緒にいたらどんなにいいだろうかって。
公平達男子は時々みんなで遊びに行っているけれど、なかなかそこに女子を連れて行く事もないらしく、そんな男子達を羨ましいって顔で見ている女子達の気持ちは正直分かる。まぁそこに女子が入ったら入ったで、また嫌なモヤモヤした気持ちになるのだろうけど。
「花火大会行きたいなー」
そんな独り言が公平に届くこともなく、テキストのホチキス止めを終えたあたしは鞄を持って下駄箱へと向かった。
閑散とした静かな校舎内。外ではミーンミーンと蝉の鳴く声が響いていて、夏の目映い日差しが長い廊下に射し込んでいる。水分補給をしなければ数時間で熱中症になり得るだろう夏休み前。公平はまだバスケをしているのだろうか…。
いつまでたっても素直になれない自分に嫌気がさしながらも、この関係を壊すことが怖いと臆病になるだけで、そんな弱さに勝てない心がやっぱり嫌なんだ。
もしも今自分がここで一歩踏み込んだらどうなる?そんな事を考えない訳じゃない。けれど、今日まで何もなかったのに今更何かがあるなんて考える方がちゃんちゃらおかしくて、結局今年の夏もいつもと変わらぬ夏になるだろうと、そう思う他なかった。
だから下駄箱を開けた瞬間、あたしのローファーの上にこじんまりと置かれたその白い紙に目が点になった。
「なんだこれ」
紙を取って開くもののそこには文字の一つも書いていない。なんなら差出人の名前も宛名すら書かれてはいない。何かの間違い?誰かにからかわれてる?もしかして、イジメ?
まさかとは思うけど、ラブレターじゃないよね?
「まさかね…」
馬鹿げた妄想に思わず笑いがこみ上げた瞬間、後ろからドンッ…下駄箱に向かって手が伸びてきた。
吃驚しすぎて声も出ないあたしの背中にぴったりとくっついてるのは―――――
「好きだよゆき乃」
―――公平だった。
紙を握ったまま棒立ち状態のあたしの肩に顎を乗せる勢いで耳元で公平が言葉を繋げる。
「もういい加減俺の彼女になってよゆき乃」
顔は見えないけど、声と喋り方と、何よりこの香りは紛れもなく公平のもので。
バスケは?とか、なんで?とか、色々聞きたいことはある。でもそんなの気にしている余裕なんてない。トクンと胸が脈打つあたしは、震える声で名前を呼んだ。
「公、平…」
「イエスなら振り返ってゆっくり目閉じて」
トクンとまたさっきより大きく胸が脈打つ。
…振り返ってゆっくり目閉じるの?あたし…。
えええええ!!!
イエスなら…そう言ったくせに、公平は下駄箱についてた手をそっとひるがえすとその手をあたしの肩に乗せた。そのまま公平にされるがままくるりと向きを変えられたあたしを真っ直ぐ見つめる公平の瞳は今まで見たことのないくらいに真剣だ。
パチパチと無言で瞬きを繰り返すあたしに苦笑いで公平が続けた。
「目閉じろって…」
「………」
「何も言わなくていいから閉じろよ。俺これでもゆき乃の気持ちぐらいわかってるつもりだぞ」
な!!気づかれてたの、あたし。
カァーっと今更ながら一気に恥ずかしくなった。あんなに悩んでいたのがちょっとだけ虚しく思うけど…
「顔真っ赤」
視線を逸らしたあたしに、そう言ってほんのり笑顔を覗かせる公平に心臓バクバクだったのがほんの少し和らいだ気がした。それでもどうしたらいいのか分からなくて…というか、目を閉じればどうなるのかが分からない程鈍感ではない。なんの覚悟もできていないあたしに、公平は「ゆき乃?」答えを急かせた。
とはいえ、あたしの選択肢なんて最初から一つしかないんだって。
一瞬で覚悟を決めたあたしは、小さく息を吐き出して、それからゆっくりと瞳を閉じた。
「今から俺のもんだから、ゆき乃」
緩い公平の声がしてすぐに、ちょっと乾いた公平の生ぬるい唇が触れた――
白紙のラブレターは、生告白だったってこの後公平があたしに教えてくれた。
高校2年の夏休み、楽しいことが沢山起きる予感。