「おい空閑どうなっているんだ、お前達は」
「なんのことだ?オサム」
日本で初めてできた友達であり、今は良き仲間とうか、同じ隊の隊長オサムが俺を困惑したように見て、眼鏡の下のその顔を歪めた。
近界民である俺を受け入れてくれたオサムは、どんな奴にも面倒見の鬼で、まぁそれがオサムって奴なんだろうと俺は思っているけど。そんなオサムが「いいのか空閑、お前このままで…」肩に手を乗せて焦ったように顔を近づけられるけど、なんの事だかさっぱり分からず、俺は小首を傾げた。
「一ノ瀬さん、隣のクラスの男に告白されたって。噂で聞いたけど、その男はどうにも素行がよくない…そんな男に一ノ瀬さんを取られてもいいのか?」
俺より完全に焦っているオサムが、まさかそんな事を思っていたとは知らなかったな。正直オサムはこーゆー色恋に疎いと思っていた。そしてそんな事を心配してくれていたとも。そういや誰かが言ってたか、ゆき乃が告白されてたって。
オサムと一緒のボーダー組織に入った俺を快く歓迎してくれたのが同じ年のゆき乃だった。好きになるのにそれ程時間はかからなかった。事情があって玉狛支部に住んでいるゆき乃は、よく笑う可愛い奴で、オサムに気づかれるぐらいゆき乃を好きだと態度に出していたつもりだったけど、どうやら本人にはあまり伝わっていなかったのかもしれない。
さて、どーするかな。
「おう、おかえり」
玉狛支部のゆき乃の部屋に先回りして待っていた俺を見て、目を見開くゆき乃。
「遊真!なにしてんの?」
部屋に入るなり制服の上着を脱いでハンガーにかけたゆき乃はベッドの上で漫画を読んでいた俺にほんのり自嘲的な顔を覗かせた。
「うんまぁアレだ、顔を見にきた」
ジッと真っ直ぐゆき乃を見上げる俺に、ゆき乃は息を呑むように固まっている。ストンと太腿の横に垂れていた手をゆっくりと自分の頬に添えると、恥ずかしそうに照れた顔で「…えっ、顔?」可愛らしい声と共にゆき乃の少し困ったような笑顔が俺に届く。
「おう。最近任務とランク戦ばっかでゆき乃の顔をちゃんと見ていなかったからな。だから顔を見に来た」
「…そっか。えへへ、どう?可愛い?」
めちゃくちゃ照れながらも、指で頬っぺたを突き刺して首を傾げるゆき乃にドキっと俺の心臓が高鳴る。ヤバいなその顔、わざとやってんのか?男心くすぐる…というかその顔、独り占めしたくなるじゃないか…
ひとり、悶々とする心を隠してゆき乃の頭をフワリと撫でた。
「めちゃくちゃ可愛いぞ」
「…ありがと!久しぶりに聞いた、遊真の可愛いって言葉。何か照れるね」
ザ、日本人!というオサムとは違い、俺は思ったことはだいたい言葉にする性格で、好きだなって思ったら好きだって言うし、可愛いと思ったらその都度可愛いって言ってきた。だからゆき乃にだって何度となく「可愛い」って言い続けてきたんだが、ここんとこ色々忙しくてゆき乃の事を疎かにしていたと言われれば、ノーとは言えなかった。
照れる、と言って恥ずかしそうに俺の隣から立ち上がって「アイス食べる?」部屋を出て行こうとするゆき乃を引き止めるように後ろから手首を掴んでそのままギュっと腕の中に抱きしめた――
「遊真?な、なに急に?」
震える声で聞かれるが、俺は無視して後ろからゆき乃の柔らかい色素の薄い髪に顔を埋めた。強烈に鼻を掠めるゆき乃のキャンディの様な甘い香りに俺の全身の体温があがるようだった。
「告白されたんだろ?」
「え…知ってたの?」
「まあな。今日オサムに聞いた」
「そっか。…付き合って欲しいって…言われたよ」
小さくでも、しっかりとそう言うゆき乃。悔しいのか悲しいのか、俺の心がかき乱される気分だ。それを紛らわすようにギュっとゆき乃を抱く腕に力を込めて言葉を続けた。
「断ったのか?それとも、OKしたのか?」
万が一ここでゆき乃に遊真には関係ない!と言われても今更俺は引き下がれない。でもゆき乃はそんなことを言うつもりはなかったようで。
「付き合っていくうちに好きになってくれればいいって。前向きに考えてほしいって…言われたよ」
告白すらしていない俺は、自分を棚に上げて何だか腹ただしくなった。
付き合っていくうちに好きになってくれればいい!なんて言い訳だ。好きだから付き合うんじゃないのかよ。
「断れよ」
ボソっと一言呟くとゆき乃が「え?」小さく聞き返した。
俺は腕の中に閉じ込めていたゆき乃をその場で回転させて正面から向き合う。と同時、後ろにある壁にゆき乃の背中がトンっとくっつく音がした。両手首を掴み直してゆき乃の顔の横に手をついた。俺に手首を拘束されて身動きの取れないゆき乃だけれど、そんな俺に対して真っ直ぐな視線を向けてくる。
「ゆき乃が好きな奴と付き合えよ…。そんな付き合ってくうちに好きになるだなんておかしい。好きでもない奴にキスもそれ以上もされたらどうするんだ?」
言ってる俺こそ、ゆき乃の唇に近い距離で話している。矛盾してるのに、止められない。
こんなになって初めて気づいたんだ――強烈にゆき乃のことが好きだと。
「遊真のばか」
小さくそう言ってゆき乃は俺から目を逸らした。泣きそうな顔のゆき乃は、それでもこの距離が恥ずかしいのか顔を赤らめていてそれがやっぱりどうにも可愛い。
チャンスはここだ!と俺は息を吐き出す。
「俺と付き合ってくれ。ゆき乃のことずっと見てきた俺と…」
「………」
逸らしていた視線をあげて俺を見つめるゆき乃。その目は潤んでいてそれがまた俺の男心をくすぐる。
「ゆき乃のこと、めちゃくちゃ愛してる」
初めて伝えた俺の想い。オサムやチカ達と遠征に行く事を第一に考えている俺だけど、ゆき乃が他の奴にとられるなんて御免だ。この星にきてよかったと思えるのは、オサムやチカと出会って玉狛支部に入ったことだけじゃない。迅さんが言ってた、楽しい未来には、ゆき乃の存在が無くしてはならない。
「遊真ぁ」
「好きだよゆき乃。愛してる」
「遅いっ!ずっと待ってたんだから…。もう断ったよ。だってあたしが好きなのは遊真だけだもん。遊真のこと愛してるもん」
そんな可愛い告白と共にゆき乃が自分から俺の腕の中に飛び込んできた。ふわりと柔らかいゆき乃の身体が俺の胸に重なる。そのまま強くゆき乃を抱きしめた。
嬉しそうに笑うゆき乃の頬にチュっとキスをすると、目の前のゆき乃の瞳が小さく揺れた。
それが次のキスの合図だとすぐに分かった。ゆき乃のピンク色した唇を指でなぞると真っ赤な顔で俺を見つめる。
「目閉じろゆき乃」
俺の言葉に視線を逸らしたゆき乃はコクリと頷いてそっと目を閉じる。それを確認してからゆっくりとゆき乃に顔を寄せて、そのままそこに自分のを重ねたーー。
チュって小さなリップ音が鳴ってすぐに離れた俺達。
「好きだよ」
もう一度ゆき乃を抱きしめながら唇を重ねた―――
「ンッ…遊真ッ…」
舌を絡め取る俺にゆき乃の苦しそうな声がしたのは何度もキスをしていた最中。はぁって吐息交じりに唇を離すと、真っ赤な顔で俺を小さく睨んだ。
なんだ?と聞くと、目を逸らして小さく言うんだ。
「最初からディープキスされるなんて思わなかった…」
恥ずかしさを隠すように俺の胸をポカポカと軽く叩くゆき乃だけれど…。
「なんだ?ディープキスとは…」
「!!!知らなくて舌入れたの?」
「キスってそーゆーもんじゃないのか?初めてだからよく分からんが…」
「初めてって、ファーストキスってこと!?」
「そうなるな…」
「初めてなのに舌突っ込むとか…」
「なんだよ?仕方ないだろ、俺はゆき乃が好きなんだから。愛情表現の一つだよな、キスは。それなら俺は愛情込めたキスしかできないぞ。ゆき乃のこと愛してるからな。これが普通なんじゃないのか?」
「…もう。恥かしい!」
ぶんぶん顔を俺の肩に擦りつけるゆき乃にムラッとして、頬に手を添えると、借りてきた猫のようにおとなしくなった。
「もっとキスしたい」
「…うん」
やっぱりめちゃくちゃ照れてるゆき乃の腕を引いて、ベッドの上に二人で座ると、おもむろにキスを続けた―――
こんな幸せな気持ち、ゆき乃としか味わえないよな。