頼って欲しい

 職場を変えた。今までと時間配分も違うし、何より建人さんと逢える時間が少し減った。同じ会社という訳じゃないし週末は彼の住むマンションへの通い妻状態だけれど、普段なら逢える平日も、仕事が立て込んでいて新人だから勿論手も抜けないし、今は覚えることが多くて頭をフル回転させている。それ故に平日のディナーすらままならず、身も心も疲れ切っていた。
 逢いたい…と思う気持ちが100%あるというのに、120%の疲れがそれを上回ってしまう。逢えば元気もでるし、気持ちも落ち着くと分かってはいるのに、そんな事ができなくなってしまっていた。少しでも時間があるのなら眠りたい…それが、悲しいけど本音だったんだ。
 そんな日々を繰り返していた。

「ゆき乃」

 最寄り駅につくと聞き慣れた声がして、改札を出た私は不意に腕を掴まれた。見上げる先の長身の彼、恋人の建人さんが私を見下ろしていて、「建人さん、どうしたの?」そう聞くと視線を泳がせた建人さんは、ポスっと大きな手を私の頭に乗せた。

「用がなきゃゆき乃に逢いにきてはいけませんか?」
「そんなことない、です」

 でも何の約束もせず、こんなサプライズみたいな逢瀬は初めてだった。戸惑う私を他所に建人さんの手は私の指に絡まってそのまま駅の駐車場へと連れて行かれた。もしかして、車で迎えに来てくれたの?大きな背中を見ていると、今の今まであった疲れも吹き飛ぶようで、その背中にギュッと抱きついてしまえたらいいのに…そう思わずにはいられない。

「建人さん、仕事は?」
「ストップ!」
「え?」

 口元に骨ばった建人さんの長い指がほんのり触れてドクンと心臓が脈打つ。視線の先、前髪のサイドがほんのりお疲れ気味に垂れていて、銀の眼鏡の奥の切れ長の瞳は優しい。建人さんが何を考えているのか全く分からなくて、シルバーのBMWの前で止まった私をふわりと抱き寄せた。

「私のことより今夜はゆき乃の話を聞かせて下さい。環境を変えるという事はとても疲れます。あなたはもう少し私のことを頼ってくれてもいいのに、独りで抱え込むのはゆき乃の悪い癖ですよ。まぁそんな頑張り屋な所もあなたの魅力でもあるんでしょうけど。もっと恋人に頼りなさい、いいですね?」

 顔を覗き込まれて気持ちが緩む。ほんのり目尻が熱くなってコクリと頷いて泣きそうなのを隠した。そのままギュッと大きな背中に抱きつく。煙草と珈琲と、ムスク系の建人さんの香水が鼻腔を掠めて心地良い。後ろから抱きつく私の腰に回された手に、優しく建人さんの手が重なる。大きくて温かいその温もりに胸がキュンと音を立てる。

「好き…建人さん」
「俺も、ゆき乃が好きだよ」
「ふふ、敬語じゃなくなった」
「…敬語の方がよかったですか?」
「うーうん。どっちでもいい。どっちの建人さんも好き。…落ち着く、建人さんの背中、大好き」

 好きなだけそうしていていいよ、って笑う建人さんはくるりと振り返ると背中と同じぐらい大好きな厚い胸板で強く抱きしめてくれた。

 その後ドライブで東京の夜景を見に行って、レストランに行こうか?って言う建人さんの言葉にマックのドライブするーで二人で車の中で食べた。
 私は、胸に溜まっていた会社の愚痴を建人さんに洗いざらい話せた事で胸の奥がスッキリして、不安はまだまだ消えないけれど、また明日から頑張ろう!という気持ちになれたんだ。

「建人さんあの、今日は」
「帰すわけないだろ、」

 信号が赤になった瞬間、建人さんの腕が伸びてきて私の後頭部に回ると、少し強引に引き寄せた。駅に迎えに来てくれた時からずっと、こうして建人さんに触れて貰いたくて、キスして貰いたくて…その気持ちが彼に伝わっていた事が嬉しい。
 舌をなぞるように絡ませて、口内をゾクリとする程ねっとりと舐める建人さんの舌遣いは堪らない。ほんの一瞬のキスでさえ、私の子宮は疼いてジンと熱くなっていくのが分かった。
 プップー…信号が青になったのを知らせる後ろの車からのクラクションに私達は唇を離す。「物足りませんね」そう口元を指でなぞる建人さんの頬に、ちゅっとキスをした。ほんのり目を見開いた建人さんに「もう一度…」なんておねだりをされ、私はまた少し身体をズラして運転する建人さんの頬に何度もキスをした。


-fin-
今日、好きになりました♡