「おわ、辻お前、歳上と付き合ってんの?」
すれ違いざま、迅さんに肩を叩かれてそんな言葉。途端に真っ赤になった俺は迅さんを振り返って苦笑い。なんでそれを!?なんて愚問。この人は未来が見えるサイドエフェクトを持っている。今俺とすれ違っただけで未来が見えたのだろうか?…今日はゆき乃さんと逢う約束なんてしていないというのに、一体この人には俺とゆき乃さんの何が見えたっていうのか…
「迅さんあの、あまり大きな声でそーゆうことは、」
「あー悪い悪い、内緒だった?ごめんね。てか辻、女の人苦手なのにちゃんと彼女作ってるなんて、さすが二宮隊だねぇ」
ニタァ…と、なんとも言えぬ厭らしい笑顔を見せた迅さんは、次の瞬間視線を泳がせると「歳上の彼女はもっもお前に甘えたいんじゃないかな。俺の見解だけどな。まぁうまくやれよ」アドバイスなのか、野次馬なのかよく分からない事を肩に押し付けて去って行った。
女の人が苦手だとは言ったけれど、嫌いという事ではなく、好きになる人だってちゃんといる。とはいえ、自分の彼女という存在の人ができたのは俺も初めてだ。相手は歳上のOLだし、当たり前に住む世界が違う人だったけれど、それでも人を好きになる気持ちは止められるもんじゃなかった。苦手意識が消えたわけじゃないから、今だに俺はゆき乃さんと会話をするだけでもとてつもなく全身に汗を掻くし、たまに意識飛びそうになるし、顔なんて当然真っ赤だ。言葉だって自分で何を言っているのか分からなく事も多い。それでもゆき乃さんはそんな俺にちゃんと向き合ってくれる。俺にとっての最愛の人はこの先もゆき乃さんただ一人だけだと断言できる。
「…甘えたい?って、どーいう事だろ…」
迅さんに言われた言葉を考えながら、二宮隊の作戦室に入ると、犬飼先輩が俺を笑顔で出迎えた。
「辻ちゃんなになに?悩みがあるなら俺が聞くよ」
肩に腕をかけて馴れ馴れしく俺に体重を乗せる犬飼先輩をじろりと睨みつけると、「迅さんに、悩み相談乗ってやれって言われたけど?」なんて言葉が返ってきた。そんなに深刻なんだろうか、ゆき乃さんとのことが。迅さんが茶々入れてくれるのはいつもの事だけれど、プライベートな事まで言われたのは初めてだった。ソファーに座った俺は自分よりも確実に経験豊富であろう犬飼先輩を真っ直ぐに見つめた。
「お、女の人が甘えたい時って、どうすればいいんですか?」
思いっきりプライベートな質問だったせいか、奥にいた二宮さんの視線までこちらに飛んできた。なんなら冷水さんまでもが俺の隣に座って目をランランとさせてくる。犬飼先輩は、へぇ…と頬を緩ませると迅さんに似た厭らしい顔で笑う。
「そんなの、辻ちゃんとイチャイチャしたいって事だから、優しくキスでもしてあげればいいんじゃない?ね、二宮さん!」
「俺に振るな、犬飼。得意分野じゃねぇよ。お前のがよっぽど手慣れてんだろーが」
「まぁそうですけどね〜。少なくとも二宮隊の中では俺が断トツかな〜。で、辻ちゃんはキスできそうなの?」
ジッと俺の言葉を待つ犬飼先輩と、冷水さんと二宮さん。いやもう無理だわ。この人に相談した俺が間違っていた。そもそもこんなプライベートな事、言うべきじゃなかった。自分で考えないと行動なんてできやしない。
スッとソファーから立ち上がった俺は「約束の時間なんで帰ります。ありがとうございました犬飼先輩」有無を言わさず頭を下げて作戦室をあとにした。俺はすぐにスマホでゆき乃さんの番号を押すと左手で耳に当てる。時間は20時を過ぎた所だから仕事からは帰ってきているはずだ。ゆき乃さんの住むマンションまでここから30分ぐらいで行ける。
【辻、くん?どうしたの?】
スマホ越しに聞こえたゆき乃さんの声は穏やかだけれど、なんとなく元気がないように聞こえた。
「あ、あのあの、い、今からその、あ、…あ、…逢いに行ってもいいですか?」
【…え?】
「す、すみません、こんな時間に。でも俺、どうしてもその、ゆき乃さんに逢いたくて…だ、ダメでしょう」
【来て!辻くん…私も逢いたい。だから来て!】
半ば、言葉を遮るようにゆき乃さんは俺からの逢瀬の申し出を受けてくれた。だがら余計に思う。ゆき乃さんも逢いたいと思ってくれていたんだと。そしてきっと、その心根は…俺に甘えたいのだと。
迅さんはたぶん間違っていない。迅さんの読みが外れたことなんて今まで一度もない。「すぐに行きます」と言った俺は、いつもの何倍も速歩でゆき乃さんの住むマンションへと走った。
◆
「お邪魔します」
「うん」
それからゆき乃さんのマンションについた俺を家の中へ入れてくれたゆき乃さん。見た感じいつもと何も変わらない。それでも少し疲れたような表情と、儚げな笑顔に胸がギュッと詰まるような気分だ。俺は、ゆき乃さんの手首を掴んでそのまま後ろから抱きしめた。脚を止めたゆき乃さんは、どうしたの?でもなく、無言で俺の行動を受け入れてくれる。下からゆき乃さんの手が俺の腕に触れて、身体の重心を後ろに下げるみたいに俺に寄りかかった。
「逢いたい時は我慢しないで逢いませんか?」
しばらくしてから小さくそう告げるとゆき乃さんの身体がピクリと動いた。柔らかな髪に顔を埋めると、風呂上がりのシャンプーの香りがして下半身が自然と疼く。
「我慢…してるの、気づいてくれたんだ?」
消え入りそうなゆき乃さんの声に、歳上だけどこの人はあくまで女の人で、いつも明るく見せているけど、そんなに強くないんだと思えた。
ギュッと強くかき抱く俺にまた少し体重を乗せる。
「あ、や、えと、勝手にそう思っただけで。俺が逢いたいって思ってるから、ゆき乃さんもそうだといいなって思っただけで、」
「嬉しい…辻くんも頑張ってるの分かってるし、私も大人なんだからって我慢してたよ、本当は…」
「お、俺、話すのもコミュニケーションも得意じゃないです。でも、ゆき乃さんのことは、も、もっと知りたいし、お、俺の事も知って欲しいって…思ってます。だから、」
――限界だ。
くるりとゆき乃さんを反転させると俺は涙目の彼女を見てうわ、っと離れて降参のポーズをとる。え、な、泣いてる!?泣かせた!?俺が!?
半パニック状態の俺を今度はゆき乃さんから抱きしめてくる。というか、抱きついてくる。すっぽりと俺の腕の中に収まったゆき乃さんは、鎖骨ら辺に頭部をぐりぐりと押し付けてきて。
「あの、ゆき乃さん…あんまりくっつくと、その、結構ヤバいです、」
下半身も完全に反応しちゃってて。それを知られないように腰を引くから変な格好になってしまう。
「それも、我慢してるの?」
「え?」
「私はもっとくっつきたいよ、辻くんと」
「いやだめだめ、マジでヤバいんで、それ以上触れるとマジで、ダメです、」
マジでほんとに、ちょっと勃っちゃいそうで、ゆき乃さんの全身から香るなんかよく分からない甘ったるい匂いでもう、既に半分ぐらいヤバいってゆーのに…
「分かった。じゃあこのままギューしてて」
そう言ってまた顔を鎖骨に埋めてぐりくりと擦り付けてくるから逃げるように一歩後ろに下がると、そのまま勢い余って二人でベッドの上に倒れ込んだ。
ゆき乃さんの上に俺が伸し掛かっている状態で、ゆき乃さんの乱れた髪が掛け布団の上にふにゃりと落ちた。心拍数絶頂で、心臓口から吐けるかもしれないなんて思えるほど。この無言に耐えられなくてゆき乃さんの上から降りようとしたら、スッと目を閉じるゆき乃さん。
――これはその、そーゆーことだ。なかなか近づけない俺に、ゆき乃さんはほんのり口角をあげて「早く」なんて急かせた。うーわ余裕だなゆき乃さん。まぁ当たり前か。未経験の俺よりずっと経験値が高いだろうゆき乃さんは、俺がフーフー言いながら近づいても笑うことなくただ待ってくれたんだ。
「んっ、」
どちらからともなく漏れるその声に、俺は気づけば夢中でゆき乃さんの唇をハムりと唇で挟むように重ねていた。下から俺の頬に手を添えたゆき乃さんは、ニュルリと赤みがかった舌を俺の唇の間に入り込ませると、そのまま口内で俺の熱い舌に絡ませてきた。やばい、やばい、やばい、やばい、下半身覚醒しまくってる。もうそればっかりが俺の脳内を独占していて、ゆき乃さんが俺の上に股がって制服のボタンを外し始めた瞬間、意識がぶっ飛んだ気がした。
不慣れな俺を嫌ともせず扱ってくれたゆき乃さんは、仕事が忙しくていっぱいいっぱいになっていたと話してくれた。そして俺に逢いたくても逢いたいって言えなくて、だから嬉しかったって。そんなの、俺の方こそなのに。
「きょ、今日は俺、泊まります。…このまま離れたくない、です」
「うん、私も!」
ふわりと抱きつくゆき乃さんは、やっぱり俺より大人で、でも俺と同じく素直になれないけど、俺の中で最高に可愛いオトナだ。