01それ反則!

 スナイパーの合同練習は、毎週行われていた。防衛任務などがなければ大抵の人は参加するそれに、私も毎回参加している。
 B級1位の二宮隊である私は、先輩たちのオーラに圧倒されつつ毎度ランク戦にも参加している。高校にあがってすぐ隊長である二宮さんに声をかけられた。自分の力を試したいというのは勿論だけれど、せっかく私を選んでくれた二宮隊のみんなに、なんとか認めてもらおうと必死だったんだと思う。

「原田〜お前だいぶ腕あげたな!」

 A級2位、冬島隊のスナイパーである当真先輩が的を狙う私の斜め後ろからそんな声を掛けてくれた。振り返ると相変わらずきちんと固まったリーゼントの下、当真先輩の瞳がくしゃりと細くなった。

「当真先輩!まぁ毎日血の滲むような努力してますから」

 名前の後は超小声で言う私の横を、赤いサンバイザーを着けた同じ学校で同じクラスの隠岐くんが通りかかる。目の下にある泣きボクロと緩い関西弁の隠岐くんは、学校でもボーダー内でも人気があった。何を隠そう、わたくし原田美月もその隠岐ガールズの中の一人である。とはいえ、大っぴらに追いかけている輩たちとは度合いが違うけれど。だってわたす、隠れ隠岐きゅん推しだもの。

「ぶっ!血の滲むような努力ってどんなん?美月ちゃん」

 通り過ぎると思いきや、脚を止めて私を見て笑う隠岐きゅん。サンバイザーの下の垂れ目が私を優しく見つめていて、それだけでぶっ倒れそう。このままあと3秒見つめ合ったら絶対鼻血出るわ私。何よりこうして話しかけられるだけで内心固まってしまう。でもそれを悟られまいと普通に接するのが私の特技でもあった。

「聞こえました?今の、」
「聞こえへん方がよかった?」
「いや、構いません」
「相変わらず敬語やなぁ、美月ちゃん。俺らタメやし同じスナイパー同士もっと仲良うしようや?な?」

 私に指一本触れることなく、ふわりと微笑むだけで、こんなにも私の身体は熱くなる。そんな魔法が使えるのは隠岐きゅんだけだろう。あー鼻血出そう、本気で。

「もちろんどえす。よろしくどえす」

 最早、ロボットよりロボット化している私の口調に、それでも隠岐きゅんは嫌な顔せずにうんうんと頷いてくれた。そして、一つ離してスナイパーの位置につく隠岐きゅんの後ろ姿を、やっぱり私は目で追ってしまう。

「相変わらずモテ男だなぁ隠岐。お前もあーゆーのがタイプ?」

 当真先輩の問いかけにブンブンと首を横に振る。「滅相もないっす、」隠岐きゅんガールズな事はボーダー内でもほとんど知られていない。ゆき乃やハルには、視線が追ってるから絶対本人にバレてると思う…なんて言われたけど、それでも目の保養は欠かせないし、やめられない。というか隠岐きゅんに本気になんてなったらイケナイって、身体の何処かで警告音を鳴らしているのが分かるんだ。

「当真先輩こそ、彼女さんいないんですか?ボーダー内ってそんな浮いた話ほとんどねぇっスよね」

 仮にも、ネイバーと戦う組織であるこの狭い箱の中で恋愛をしようという方が間違ってるのかもしれないけど。それでも恋愛しちゃいけないってルールはない。まぁ恋愛をしにここに来ている人なんて一人もいないだろうけど。いや、いたな一人だけ…
 たぶんこの空間を一步抜けたら、そこには今日もいるんだろう、風間さんを追いかけているゆき乃が。

「そりゃ命張ってるから、そんな暇はねぇだろー。けど俺ら正直まだ若けぇし、それもありなんじゃねぇ?って俺は思うけど」

 ポンポンって当真先輩はそれだけ言うと、私の頭を軽く撫でると、弾むようにがに股で歩いて行く。後ろから見たら千鳥足に見えるのはなぜなんだろうか、なんてどーでもいい事が頭を過ぎった。

「ほええ、凄いなぁ美月ちゃん、相変わらず!奈良坂さん並ににど真ん中撃ち抜いてるやん!」

 うぎゃお!!気を抜くと、というか的から視線をズラスと、私の後ろに立っている隠岐きゅん。緩い声が聞こえるから手元がブレて、完全にヘボ玉を撃ち抜いた。それを見て隠岐きゅんは、クッとサンバイザーの向きを手直しすると「ドンマイ!」と笑った。無言で立ち上がった私は「用事思い出した、失礼します」逃げなきゃ逃げなきゃってそれだけを思って全体練習ルームから出た私の前を同じ隊の辻ちゃんがスーツ姿でスタスタと歩いていく。

「あ。辻ちゃん!」
「!!!は、原田さん…ど、どうも」

 重度の女嫌い…いや、女が苦手な辻ちゃんは、プライベートだとだいたいこんなもんだ。同じ隊の私とも、一年以上一緒に過ごしているのにも関わらず慣れてくれない。戦いの時は普通に話せるのに。でもだ、今の辻ちゃんの態度を見て私はほんの数秒前の自分も変わらないんじゃないかって。隠岐きゅんに対してえらく変な態度をとったわけで。はぁ〜ダメだ、息抜きしてこよ。そそくさと逃げた辻ちゃんの後を追うことなく自販機置き場に行くと今度は未来予知をサイドエフェクトに持つ迅さんがいた。それはまるで私を待っていたかのようで、振り返って「よう原田!久しぶり!」なんて笑うんだ。

「迅さぁーん、私ってやっぱ変でしょうか…」

 そう言って迅さんの隣にちょこんと座ると、ポケットから百円玉を取り出してそれを私の掌に乗せる。

「奢ってあげる!…と言いたいところだけど、」

 スッと掌の百円玉を持っていかれる。何がしたいんだろう?と思う私の髪をサラリと迅さんの指が掠めると、「ちょお、迅さん!!それ反則ですやん!」聞こえた声に振り返ると、息を切らした隠岐きゅんが真面目な顔してどかどかと歩いて来ている。

「ナイトのお出ましだ!んじゃ隠岐、後は頼むよ〜」
「美月ちゃん、今なにされた?迅さんに、」

 ズイッと隠岐きゅんが顔を覗き込むから私はそのままソファーに押し倒されるような形で倒れ込む。慌てて隠岐きゅんが頭を支えてくれるから余計に隠岐きゅんに押し倒されたような感じがして、息をする事すらできない。

「激写!みーづき!ここ公衆の面前ね!隠岐くんってばぁ、大胆だな!ふふ」

 スマホでカシャカシャと写真を撮るゆき乃の声に、隠岐きゅんが苦笑いで私の上から降りた。と同時に転がる私の腕を引いてソファーの元の位置に戻してくれる。子供か、私は。されるがまま、それでも目の前のイケメンから目が離せなくて。

「あのさ美月ちゃん、構へんねんけど、めっちゃ見よんなぁ。なかなか照れるわそれ」
「え、気づいてました?」
「いや普通にな。ま、けど美月ちゃんやったらどんだけ見てくれても構へんし、その分俺も見よんで、覚悟しときぃ」

 そう言うと隠岐きゅんは、サンバイザーをほんの少しズラして視界を塞ぐ。自販機で私がいつも飲んでいるロイヤルミルクティーを一つ買うとそれを固まっている私の手中に収めた。

「ほな、またな」

 よく見ると、隠岐きゅんのもっさりヘアーに隠れている彼の耳は紅く染まっていた。
 いやそれ、そっちが反則だよね、マジで。

Thanks reading…♡