「営業部の一ノ瀬です。本日はよろしくお願いします」
「うむ。煉獄杏寿郎だ。こちらこそよろしく」
先日愛莉とサシ飲みした時に聞いた彼女の好きな人、煉獄さん。接するのは初めてではないが、こうしてフォトグラファーとタッグを組むという事自体が初めての私はそういう意味で緊張していた。大きな目と金色の髪だけでも圧倒されてしまうのに、煉獄さんから繰り出される声は私の鼓膜を激しく叩いてくる。
資料は不死川主任が前もって渡してくれていたとの事で煉獄さんは緊張する私の肩をポンと軽く叩いた。
「力が入りすぎていないか?」
「す、すみません!担当を持つのが初めてでして、ご迷惑をおかけしないように頑張ります」
腰を深く曲げて頭を下げる私に煉獄さんは優しく微笑んで「共に頑張ろう!」と激励をくれた。
いい人じゃん、愛莉!さすが愛莉の好きな人!なんて内心思いながらも、初めて自分の受け持つ仕事が形になろうとしているこの時間を楽しまなきゃなんて思っていたんだ。
ラブホテルと言っても今は女子会メインにしている所も少なくはなかった。八割は男女の営みが目的だろうけど、昔から女子同士なら入れるという事もあってか、「推し会?とは、どのような事をするのだ?」目をまん丸く見開いた煉獄さんが資料の一部を見ながら小首を傾げている。理解できないというよりかは、その意味自体がきっと分かっていないんだろう。なんとなく、最近のことに疎そうな気がするな煉獄さんって。なんて思いながら私はスマホの待受画面を煉獄さんに見せた。
「これは」
「知ってますか?リヴァイ兵長です!私、進撃の巨人のリヴァイ兵長が推しなんです。推し会というのは、私みたいな推しを堪能する会?とでも言うのでしょうか…。大画面でみんなで推しの活躍シーンを見たり、アイドルファンとかならライブを一緒に見たり…そーいう事だと思います」
腕を組んで画面を眺めていた煉獄さんは「一ノ瀬はこのような男がタイプなのか」なんて、見当違いな言葉が返ってきて拍子抜けする。
「ええまぁ。推しは癒しですから。煉獄さん…は、居なさそうですね」
「いや居るぞ。俺は弟の千寿郎が推しだろう」
「弟さんいらっしゃるんですね」
「あぁ。千寿郎は料理が上手い!特にサツマイモの味噌汁が絶品だ。今度一ノ瀬も食べに来るか?」
「…はぁ」
どこかズレてる気はしたものの、お陰で私の一抹の緊張も気づくと溶けていた。
パリアンリゾートという系列が女子会メインで使われるラブホテルらしく、都内にある何ヶ所かを今日回って撮影をする事になっている。煉獄さんと2人で1箇所目のパリアンリゾートに着く。外観は差程ラブホ感は出ていない。中に入ると普通のホテルよりかは小さめのフロントがあった。その後ろには沢山のアメニティと、ドリンクバー。これは一目見て女子が喜びそうだなぁと思えた。
「この辺も撮ってください」
私の指示でカメラを構えた煉獄さんは、一瞬で真剣な顔になり、その横顔は愛莉が見たら惚れ直すのかなぁなんて思えるくらい集中している。
何枚か撮った後、確認してくれとカメラの画面を私に見せようと顔を寄せた。長身の煉獄さんがこちらに合わせて低い位置で画面を出してくれたので、それを覗き込んだ。
「わ、素敵…。愛莉の言う通りだ」
「愛莉?…川谷のことか?」
「はい。同期なんです愛莉と。ですので煉獄さんの事は少し聞いてます」
「なんだ、俺の悪口は言ってなかったか?」
クスリと微笑むその姿に、この人もそんな冗談が言えるんだと、なんだか人間味を感じた。作り物…というわけではないけれど、なんとなく硬いイメージがあったから私もつられて笑ったんだ。
「尊敬してるって、絶賛でしたよー!」
「そうか!それはよかった。それは、嬉しいな」
ハハハと、大口開けて喜ぶ煉獄さんのそれを愛莉に見せてあげたいと思わずにはいられない。
撮影は順調に進んだ。
ウェルカムシャンパンがある所。足湯がある所。岩盤浴やカラオケがある所も多い。お風呂も3人一緒に入れるぐらいに広く、ちょっとお高めのホテルに泊まるよりかは、こっちに泊まった方が十分楽しめるんじゃないかと思えてきた。
バルコニーから見える新宿の景色も、夜になれば夜景と化して煌びやかに街を照らすだろうと。
「何だか、女子会で使うの勿体ないですね。星…綺麗だなぁ」
3箇所目のここは、パリアンの中でもここだけという天井を星空で覆った部屋だった。
シティーガールの私は田舎育ちに憧れていて、愛莉の育った所も確か星が綺麗だったなんて聞いていたから、天の川だったり流れ星だったり、そーいうものに対する憧れが大きかった。
「いつか、好きな人と一緒に満天の星空を見るのが夢なんです…」
首が痛くなりそうな程上を向いてしばらくその星を眺めていると、カシャっと耳に届くシャッター音。振り返るとカメラを構えた煉獄さんがいて…
「え?」
「すまない、ついな…」
「は?もうやめて下さい!後で消してくださいよ!」
「夢を語るのは悪い事ではない。東京の空では星もあまり見えないしな。殺伐とした都会じゃ星の声もなかなか聞こえないだろう。俺の亡き母も、星を見上げるのが好きであった」
煉獄さんが言葉を止めて天井を見上げる。大人になると、それぞれ皆んな何かしらを抱えて生きている。いつも明るく優しい煉獄さんの様な人でも、きっと寂しい夜は沢山あるだろう。
1歩、2歩と近づいて煉獄さんの隣に行った私は、ちょっとだけ背伸びをして煉獄さんの綺麗な金色の髪をふわりと撫でた。
「寂しい時は寂しいって言ってもいいんですよ。男だからって強く居なくてもいいと思います」
元気づけてあげたくて。落ち込んでるとかじゃないけれど、何となくお母様を思い浮かべている様に見えたから、ただそれだけだった。
「一ノ瀬…」
「すいません生意気なこと言って、」
「いや。ありがとう」
目を細めて微笑む煉獄さんは、とても優しさを含んでいた。