好きを更新しました【完】

「真森さぁーん。これぇ今日中なんだけどぉ、お願いできるかなぁ?」
 ポスっとデスクに書類一式が乗っかる。壁掛時計を見れば定時をほんの少し過ぎた所だった。甘ったるい香水と派手なネイルと巻き髪、胸の開いたワンピを着ているこの先輩は合コンの常連で、急ぎの仕事はだいたい私に振ってくる。私が断れない事を分かっていて。
「佐藤先輩分かりました、預かります」
 まぁ金曜の夜に予定がないのは確かなんだけれど。仕事は好きだしやり甲斐も感じているし、自分以外の担当者の書類から学ぶことも多々ある。そう思って受け取った私は気合を入れて業務に取り掛かったのだ。
 それから数時間――気づけば外は当たり前に真っ暗で、夜の街はネオンで輝き出していた。デスク上にある先輩の書類も一通り終わり、お腹も空いてきた頃だったので私はPCの電源を切り、ロッカーから鞄を取り出し首にかけていた社員証のICチップで営業課のドアを開けた。
 ちょうど同じタイミングでエレベーターの扉が開く。
「成美!お前また残業だったのか?」
 見知った顔がちょっとだけ心配気味に私の頭にポンと触れた。
「鋭ちゃん!今帰る所だよ〜お腹ぺこぺこ」
 幼い頃からこの人の隣にいるのが当たり前に育ってきた私は、社会に出てまさか社内で彼と再会するなんて思ってもみなかった。
 蒲Y英製薬。薬や新薬などを医療機関に販売する医薬品会社の営業課である私と同期兼幼馴染みである切島鋭児郎くん。頼れる兄貴でもあり、時には甘え上手な弟ともなる魅力満載な鋭ちゃんは、良きライバルであり、何より良き相談相手でもあった。性格上無理しがちな私をいつも支えてくれる大切な存在で、鋭ちゃんがいるから頑張れると言っても過言ではない。
「しゃあねぇ、飯行くか!」
 肩に腕を回されて鋭ちゃんに抱き寄せられる。でもすぐに私を離して先にエレベーターに入れてくれた。さり気なく紳士的なところにドキっとしないわけではないけれど、鋭ちゃんは私の中でずーっと幼馴染み以上でも以下でもない。そんな関係でいられるって思っていたんだ。
「それにしても相変わらず社畜っつーか。無理してねぇか?」
 ポスっと私の髪を撫で慣れている鋭ちゃんの大きな手。よく見る心配そうな顔をまたさせてしまったと思うと申し訳ない気持ちにもなるけれどテーブルに置かれた唐揚げにレモンを絞りながらも私は首を横に振る。
「確かに押しに弱いんだけどでも私仕事好きだし、自分の担当以外の薬も覚えられるし」
 偉い、偉い、と頬杖をついていた手を伸ばして指でレモン搾りたての唐揚げを頬張る鋭ちゃんの屈託のない笑顔を見ていると、それはそれで癒やされるなんて言ったらきっと調子にのるから言わないけどね。
 結局同じ会社ということもあり、鋭ちゃんとご飯にくると毎回仕事のことで話は尽きなかった。鋭ちゃんが盛り上げ上手であり聞き上手だからだと思うけど、こんな時間も私にとってもとても大切なものだった。そうしてお腹いっぱいになった私達はお互い一人暮らしのアパートへと戻っていく。

 週明けの月曜日、寝坊した挙げ句電車が遅延で満員電車の中に乗り込んだ。後ろから駅員さんに滅法背中を押されて電車の中に入ったものの、片脚浮いてる状態で見知らぬおじさんの背中に頭を擡げるしかできない最悪な格好だ。こんなに密着していたら痴漢も何もあったもんじゃない。各駅停車じゃ間に合わないと急行に乗った為あと3駅は止まらない。
 え、待って…ドクンと心臓が大きく脈打った。お尻に手の感触。この満員だからたまたま触れちゃっただけだよね…そうだよね…そう思いたいのにその手はまるで遊んでいる様に私のお尻を揉みしだきながら円を描いた。最悪痴漢だ!脳では完全に罵倒しているというのに実際の私は何一つできない。勿論身動き一つとれないし、声すらだせない。乗り慣れた電車が急に凄く怖くなった。辛うじて向きを変えようと足搔くと、「おいてめェ何してんだいい歳して」聞こえた声に胸がドキンと脈打つ。
 動けない私の腕を急に掴まれて力づくで周りを離すと私を前に入れ込んでくれるその人…「クソジジィ、だせーことしてんじゃねーぞォ」気怠そうな声なのに、触れた手は優しくて涙が出そうになったんだ。

「無事か?成美」
 大事にせずにその場で対処してくれた勝己先輩は鋭ちゃんの直属の先輩で、同じ営業課の私とも仲良くしてくれている。とにかく仕事ができて我が営業課のエースといっても過言ではない。まぁ多少強引に契約取ってくることもあるけれど、それでも根は凄く優しいとみんな分かっている。男らしい外見からか年下からも年上からもどっちからもモテる人気の先輩だった。
 乗換駅のプラットホームで私の腕を掴んだまま一応鉄道警察に痴漢があったことを一緒に報告してくれた勝己先輩は私の手が震えている事に気づいているのか、ずっと離さず握ってくれている。
「はい。勝己先輩ありがとうございます」
「怖かったろ」
「…はい」
「明日も同じ時間なら一番前の車両に乗れ。俺もそこに乗るから」
 嬉しい言葉に私はばくついている胸に手を当てて落ち着かせるようにしてから勝己先輩に笑顔を向けた。
「ありがとうございます」
「あァ」
 いつも通りの私の表情にポケットに手を突っ込んだ勝己先輩はそのまま鋭ちゃんの悪口を散々言いながら一緒に会社へと歩いてくれた。
「おはようございます」
 営業課に入ると既に何人か人が集まっていて、私の声に反応した私の直属の先輩である焦凍先輩がストライプのスーツを靡かせてこちらへ歩いてきた。
「成美おはよう」
「焦凍先輩おはようございます。何かありましたか?」
 何となくフロア内がザワついている様に見えて小首を傾げてそう聞くと、胸の前で腕を組んでほんのり眉毛を下げた。
「実は星城医大で契約とっていた新薬が、うちではなくヴィラン連合製薬の方と契約し直すと言い出して」
 キョトンとしていた私はハッとして焦凍先輩を見上げた。先週私が佐藤先輩に頼まれた新薬のことだろうか。書類を纏めていたのは確か星城医大との新薬だったはず。
「あの焦凍先輩、実は金曜日私が佐藤先輩から書類一式預かったものでしょうか?もしかしたら私の連絡ミスかもしれません」
 私の言葉に余計に眉間にシワを寄せた焦凍先輩。
「成美、それはお前の仕事じゃないだろう?何故成美が書類一式預かったんだ…。また佐藤のサボりか?」
 そうだ。正義感の強い焦凍先輩は、自分の仕事を人に振る事が嫌いで、合コン好きなあの佐藤先輩のことをあまりよく思っていない。口に出してから、しまった!と後悔しても遅い。一度出してしまった言葉は取り消せない。
 肩を落として溜息をついた焦凍先輩は私の肩にポンと触れると「とりあえず俺が話聞いてくるから、成美は気にせず自分の仕事をしろ」…あぁやだ。こんな風に焦凍先輩に迷惑をかけてしまうならもっとちゃんとあの時佐藤先輩にやることを聞いておけばよかった。焦凍先輩は優しいから私には気にするなと言ってくれたけれど、気にしないでなんていられない。早々に出掛けて行った焦凍先輩はその日夜遅くまで帰ってこなかった。
「真森さん?顔色悪いけど大丈夫?」
 定時を過ぎた頃、少しだけ休憩を取ろうと廊下にある自販機の前でお茶を買おうとしていたら不意に優しく声をかけられた。振り返ると焦凍先輩や勝己先輩と同期の緑谷先輩が心配そうに私の顔を覗き込んできた。とにかくみんなに優しい緑谷先輩も私の良き相談相手であって、焦凍先輩や勝己先輩のことも含めて色々とアドバイスをくれる人だった。童顔な外見のせいであまり歳上っぽさを感じないから話しやすいというのもあるかもだけれど。
「緑谷先輩…私のせいで焦凍先輩に迷惑かけちゃって…」
「実はちょっと聞いたけど轟くんも真森さんのせいだなんて思ってないと思うよ僕は。真森さんに自分の仕事を預けた佐藤さんがよくないと思うし」
 緑谷先輩の優しさが身に沁みた。私の周りにいる人達はみんな心根が優しく、女である私を全力で守ってくれる。それはまるで映画のヒーローのように。焦凍先輩の同期である緑谷先輩が言うのなら本当にそうなんだと思う。私なんかよりずっと焦凍先輩のことを分かっているのであろうし。
「けど真森さんの気持ちも分かるよ。それでもやっぱり自分のしたことに責任を取りたいって。その気持ち、轟くんにも伝わると思う。だから頑張って」
 喝を入れられたというよりかは、背中を押された気分だった。私の気持ちも理解して受け止めてくれた上に、応援してくれる緑谷先輩に私は元気よく「はいっ!」そう答えて営業課に戻った。
 そうして、焦凍先輩が戻った時にいつでもフォローできるように私なりに色んな資料を集めて目を通して頭に叩き込む。
 気づけば壁掛時計の針はあれから数時間、21時になる所だった。この時間になると営業課もほとんど誰もいなく、広いフロアにポツンと一人佇んでいた私の目の前、硝子張りの窓の外がいきなり明るく光ったんだ。次の瞬間ドカンと響く爆音に思わず頭を押さえて蹲る。
 夕方から降り出した雨が今になって土砂降りに変わり、挙げ句雷まで鳴り出した。フロア全体が大きな窓で外が見えるこのビルは、外がどうなっているのか一目瞭然であった。
「やだー雷苦手なのに〜。焦凍先輩早く帰ってきて…」
 ほんの小声で呟いたつもりだった。けれどフロア内に私以外の人もいなく、昼間のザワついているオフィスの様な雑音はなく、ただザァーザァーと雨が降り続く音に紛れて「成美!?」聞こえた声に振り返ると、どうしたの?ってくらい全身びしょ濡れの焦凍先輩が駆け寄ってきたんだ。
「え、焦凍先輩こそ、びしょ濡れじゃないですか!タオルこれ使ってください」
 慌ててデスクに置いてあったハンカチタオルを手渡すも、そんな小さなタオルで拭いても到底拭き切れはしないであろう。焦凍先輩はフッと笑うと「悪いな」そう言ってそのタオルで濡れた顔を拭いた。
「道が混んでいたから会社の少し前でタクシーを降りたんだが、傘を持ってなくてな。それより成美こそこんな時間まで残業か?」
「焦凍先輩…相変わらず天然ですね。でも風邪引いたら大変なので早く家に帰ってシャワー浴びてください。それからこれ、今日のクレームに役立ちそうな資料集めておいたのでよかったら使ってください」
 キョトンと私を見下ろす焦凍先輩は、私からそれを受け取るとパラパラと中身を確認する。それから視線を私に戻して「これ全部成美が?」優しく聞く。だからコクリと頷くと嬉しそうに顔を崩した。
一歩踏み出した焦凍先輩の脚。次いでスッと私に伸びてくる焦凍先輩の腕。
 ドクンと心拍数があがったのは、焦凍先輩の腕の中に閉じ込められたから――
「いつもありがとう成美。成美がいると自然と頑張れるんだ俺」
「焦凍先輩…あの」
 トクントクンと脈打っていた心臓がバクバクと爆音をたてている。焦凍先輩は私の髪を撫でるように触れていて、濡れた髪から滴り落ちた雫が私の頬を濡らす。見つめ合うこと数秒…
「あ、ごめん俺、勝手にこんなこと。成美見てたら急に抱きしめたくなっちまって、迷惑だよな俺なんかに、」
「め、迷惑なんてそんなこと、…ないです」
 語尾は物凄く小さな声だったと思う。それでも焦凍先輩はふわりと笑って私の頭をポスっと撫でてくれた。「ほんとか?それは嬉しいな」そんなこと言われて期待したくなっちゃうのは、私の心に焦凍先輩への憧れがあるからだ。確かに天然なところはあるけれど、少なからず嫌いな女を抱きしめるなんてしないよね?
 どこかで自分とは不釣り合いだと諦めていた心の奥底の本音が湧き上がってくるような、そんな感覚だった。
 数日後。そんな浮かれポンチな私の目の前を、美人で有名な我社の受付嬢と焦凍先輩が腕を組んで歩いている姿が横切っていく。
 声も出せなかった。先日の嵐の夜から焦凍先輩との仲が勝手に良くなったなんて思っていた自分を呪いたい――。
 受付嬢はほんの一瞬私と目が合うと焦凍先輩の腕を掴んで耳元に話しかけるように近づいて見せつける様、楽しそうに笑いあった。焦凍先輩も満更じゃないんだと思えるような笑顔で、私は直ぐに目を逸らして向きを変える。こんな惨めな顔、誰にも見られたくないし気づかれたくない。馬鹿みたい、ちょっと焦凍先輩に優しい言葉かけられたからって調子に乗って前より近づけたかも?なんて思って。結局私と焦凍先輩じゃ住む世界が違うんだと思う他ない。
「私なんてライバル視する必要ないのに。最初から芝生が違うのに…馬鹿みたい」
 大きく息を吐きだして深呼吸。せめてしっかり仕事しなきゃと心を入れ替えて私は焦凍先輩達とは反対方向へ歩き出した。決して振り返るもんかと胸に決めて。

 ◆

「真森お前今日どうした?」
 そんな相沢課長の言葉に脚を止める。あれからずっと焦凍先輩と受付嬢の姿が脳内にこびりついて離れてくれない。心底見たくなかった光景なんだと思わざるを得ない。それでも集中、集中と何度も自分に言い聞かせているのにそれは風のように吹き抜けていってしまい、ケアミス連発している私に等々痺れを切らした相沢課長がそう問いかけたんだ。
「相沢課長、申し訳ございません」
 ジッと私の心を見透かすような相沢課長の視線に耐えきれず目を逸らす。怒られているわけではないけれど、課長の負担になってしまっているんだと。書類の最終確認をする課長の手を止めてしまっていると思えば思うほど結局自分が嫌になった。
 この会社に来て初めて辛い…と思ったのが今日だなんて、今までどれだけの人に支えられてきたのかと思う。そしてこんな時、決まって鋭ちゃんは私のSOSに気づいてくれちゃうんだ。
 今日もまた一人営業課に残ってパソコンに向かっていた。ホワイトボードに記載された焦凍先輩の行き先は例の取引先で、帰社時間はNR=戻らない。数日前のように後どれ程待っていても残念ながら焦凍先輩はここに戻ってはこない。それでもキーボードを打つ手を止められないし、椅子に降ろした腰もあげられずにいる。もう帰らないと…そう思うのに動けなくて。気を抜くとあの嫌な光景が脳内を占領しそうになって私は慌てて画面に視線を向ける。
 新薬の使い道を色々考えてはいるけれど、私程度の考えなど焦凍先輩には到底適うわけもなく、ふぅ…と小さく息を吐き出す。
「やっぱりここにいた」
 聞こえた声は振り返らなくても分かった。
 ほらね、やっぱり鋭ちゃんは気づいてくれる、私のSOSに。でもお願い、今日は気づいてほしくないの。
「いつまでそうしてんだよ?終電なくなんぞ」
 いつの間にか近くに来ていた鋭ちゃんの大きくて温かい手が私の肩に触れた。その瞬間、張り詰めていた糸がぷちんと切れた音がした。弱い心が胸の奥底から溢れ出そうで私は無理に立ち上がると鋭ちゃんを振り返ってニッコリ笑う。
「今帰ろうと思ってたの」
 元気よく声を出した私を見て何故か眉毛を下げている鋭ちゃん。
「さっき相沢課長に聞いたよ。ずっと調子悪いんだろ?…もしかしてさ、今朝の轟先輩と受付の女の事が原因だったりする?」
 想定外の言葉に私は視線を泳がせた。だってこの気持ちは鋭ちゃんにも緑谷先輩にも誰にも打ち明けたことなんてない。それなのに、
「な、何言ってんの鋭ちゃん!そんなわけないよ」
「…分かんだよ俺、――ずっと成美んこと見てるから。ガキん頃からずっとさ、俺は成美を見てきたんだよ。だから成美が誰を見ているかも…分かっちまうんだ…」
 トクンと胸が脈打った。真剣な表情の鋭ちゃんに、冗談に返せそうもない。考えないようにしてきた気持ちが鋭ちゃんの言葉一つで蘇って、自分の気持ちとは裏腹に喉の奥がジンと熱くなって目頭が痛い。一つ瞬きをしたら滲んでいた視界がクリアになって頬を雫がつたった。
 私の涙に目の前の鋭ちゃんはハッとしたように一歩下がる。だから私も慌てて溢れた涙を手で拭う。やだな、会社で泣くなんて。もう大人なのに。人前で泣くなんてみっともない…。
「成美…辛かったら辛いって言えよ。成美の気持ち受け止められない様な漢じゃねぇぜ俺。泣きたいなら泣いていい。頼むから俺の前でそんな辛そうな顔すんなよ」
 一歩下がった鋭ちゃんの脚はそんな言葉と共に今度は一歩、二歩と近づいてきて三歩目でふわりと私の腕を掴んで引き寄せられた。汗と煙草の匂いの混じった鋭ちゃんのスーツは安心できる温もりで、今日一日朝からずっと泣きそうだったんだと思えるぐらいに涙も嗚咽も止まらなくて、終電がなくなっても構うことなく鋭ちゃんはずっと私を抱きしめてくれたんだ。
 ――このまま鋭ちゃんを選べば幸せになれるのかな?そんな事がほんの一瞬私の頭を過ぎる。
 散々泣いて鋭ちゃんのスーツに皺を作った私は、泣いてスッキリしたのかそのまま鋭ちゃんと二人で歩いて帰る。さすがにこの時間じゃ危険だからとアパートの前まで送ってくれた鋭ちゃんは、私が焦凍先輩に憧れ以上の感情を持ってしまった事に何も口出ししてはこなかった。
「鍵ちゃんと閉めろよ」
「うん、ありがとー鋭ちゃん!鋭ちゃんが彼氏だったら幸せだろーね」
 そんなつもりじゃなかったなんて後から言っても遅いのかもしれない。けれどアパートのドアを開けて中に入ろうとした私の手首を掴む鋭ちゃんに振り返って「どうしたの?」そう聞く暇もなかった。
 鋭ちゃんの赤い髪が私の頬を掠めるようにさらりと落ちて、鋭ちゃんの左手は私の腰をホールド。ちゅっと小さなリップ音を鳴らして離れた唇は、私が動くことのないままもう一度確かめるように重なる。ぎゅっと腰に回した腕に力が込められて、触れ合う唇が緩く動いた。ハムッと上唇を甘噛みするように舌で舐め取られてドクンと心臓が蠢く。
「鋭ちゃっ…」
 トンと、力一杯胸を押して距離を取る。ハァっと呼吸をした鋭ちゃんは「悪りぃ。成美があんま嬉しいこと言うから…マジでごめん。けど嘘はねぇから。マジで成美と一緒になりてぇと思ってる。…じゃあな、おやすみ」頬を優しく撫でる鋭ちゃんの顔は、月明かりの下こころなしか紅く染まって見えた。
 ――さすがに眠れなかった。
 まさか鋭ちゃんに本気で告られるなんて思ってもみなかった。それにキス…しちゃった。すごく驚いたけど、嫌じゃなかった。でもそれが私の中の恋って感情とは少し違う気がする。
 鏡に映った自分の顔を見てなんとも複雑な表情だったからちょっと笑えた。でも鋭ちゃんのお陰で焦凍先輩と受付嬢の姿が脳内から少し消えたのは確かだった。前を向きたい。前に進みたい。自分がどうしたいのかハッキリと見えてるわけじゃない。それでも昨日より今日の方が一歩でも二歩でも前に進める自分でいたいと思うんだ。
 それでもどんな顔して鋭ちゃんに会えばいいのか?と悩んでいた私の目に映ったホワイトボードの鋭ちゃんの名前の横は、直行の文字が書いてあって少しホッとしたなんて。
 それでか、「成美、外回り付き合えや」スーツのジャケットを肩に掛けた勝己先輩に有無を言わさず私の肩に手を回して営業課から連れ出された。
 普段こーゆう外回りは焦凍先輩とが多い私。というか勝己先輩と外回りなんて初めてなんだけど!勝己先輩は成績も優秀だけれどそのやり方はなかなか荒手で着いてこれる新人は少ないって聞いていた。そんな中で鋭ちゃんはよくやってるって周りには過大評価されている。興味がないわけじゃない。私だって負けずと勝己先輩についていけると言わせたい!そんなやる気が漲っていたんだ。
「よぉ飯田せんせー。調子はどうだ?」
「おー爆豪くん。先日の新薬また多めに発注お願いしたいと思っていたんだ。今度は前回の倍で頼めるか?」
「わーったよ。お前んとこの入院患者にゃあの薬がぴったりだ。俺の目に狂いはねェだろ」
 ニカッて得意気に笑う勝己先輩。言葉は確かに雑だけれど、入院患者のことまで把握してるなんて吃驚した。まさか他の担当地区も全部頭に入ってるんだろうか?
 その日一日私は勝己先輩との外回りで行く先々で患者さんからも挨拶される勝己先輩に驚きを通り越して目から鱗状態だった。自分がそこまでできているのか?と問えば答えはノーだ。そういえば、焦凍先輩も勝己先輩程でもないけれど、時々患者さんから挨拶されていた…。そんな事に気づけなかった自分が一社会人として情けない。
「…悔しいです」
「あ?なんだ急に」
 西陽を浴びながら運転席の勝己先輩は銜え煙草でめちゃくちゃガラが悪い。ちらりと視線がこちらに飛んできて鋭い目が私を捉える。膝の上に乗せた手をぎゅっと握りしめる。
「先輩たちはみんな入院患者さんのことまで把握されていて、広い目で見て薬の営業をしている。私は…目の前のことだけでいっぱいいっぱいになっちゃって、患者さんのことなんか見えてなかったです。私達製薬会社にとって一番大切な事が全然できていなかったです」
「まぁ最初はンなもんだろ。俺は最初からできてたけどなァ!つか成美は頑張ってんぞォ」
 ポスっと勝己先輩の手が頭に乗っかると、ジワリと喉の奥が熱くなった。目頭が痛くて鼻がツーンとする。みんな私に甘すぎない?ってくらい、最近妙にこんな事が多い。そして私は自分で思うよりも泣き虫なんだと気づく。ポンポンと頭を撫でていた勝己先輩の手が降りてそのまま私の手を握った。
「特別に俺のパワーわけてやる。握っとけェ」
「優しくしないで下さい、そんなに」
 ゆっくりと会社の地下にある駐車場に入って運転席の勝己先輩が運転を停めた。シーンとした車内の中、勝己先輩が煙草を口に咥えてライターで火を点けようとしてその手を止めた。暗がりのこちらはあっちからは見えていないと思う。でも不意に私の瞳に映ったエレベーターから降りてきた焦凍先輩と受付嬢。二人揃ってこの駐車場に降りてきた。もう定時は過ぎている。ということは、プライベートの時間?あぁやっぱりあの二人、付き合っているのかもしれない…ぐっと唇を噛み締めた私に、「たく、わかり易いんだてめェは、」そんな勝己先輩の呆れた声のあと、私の視界が勝己先輩で埋まった。
「んっ、勝己先輩っ」
「いーから黙っとけ」
 そんなこと言われても…。私の唇を食すように舌で舐めてそのまま口内をれろれろと舐める勝己先輩の器用な舌。どうすればいいのか分からない。これ以上あの二人のツーショットを見るのは嫌だ。
「成美、口開けろ」
 顎を掴まれて視線を絡ませると勝己先輩の影がまた私を覆う。動くと服の擦れる音がして、ちゅるりと勝己先輩の舌がまた、遠慮もなく口内を激しく舐め取る。私の舌を捉えて離さないとでもいうような情熱的なキス。気を抜くと蕩けそうなその甘ったるいキスに、私は目を閉じて焦凍先輩の影を消した。
 勝己先輩の腕をぎゅっと握れば「もう俺にしとけよ…」耳元で放たれたそんな言葉。真剣な勝己先輩に私はそれでも頷くことができない。それでも私の脳内には、消したくても消せない焦凍先輩がいて、そんな私の気持ちをいつだって理解して受け止めてくれる鋭ちゃんがいて、その二人さえも消し去ろうと激しく求めてくる勝己先輩がいて、目眩がしそうだ。
 どうすればいいのか当たり前に分からず、それでも時間は止まってくれない。恋と仕事の間で揺れ動く自分の気持ちに、どう答えを出せばいいのか分からない。本当にどうしたらいいのだろうか…。

「すいません、こんな時間に呼び出しちゃって」
 ふわふわする頭のまま仕事をしても無理だろうと勝己先輩と社に戻った後、すぐに帰路に着いた。それでも何をしていても三人の事が浮かんでしまってパンク寸前の私は気づけば緑谷先輩に電話をかけていて…心配した緑谷先輩がこうしてわざわざ様子を見に来てくれたんだった。
 アパートの部屋にあげて珈琲を出すと緑谷先輩は「美味しい」って飲んでくれた。
「相談にのってあげたいのは山々なんだけど、そのテの話は正直僕も疎くて…。でも、僕に話してくれたことはすごく嬉しいよ。真森さんの心が少しでも軽くなるならいつでも吐き出して欲しい。…それにしても、かっちゃんと切島くんと、轟くんかぁ。誰を選んでも間違っちゃいないと思えるけどさ、真森さんの心の奥には本当は誰がいるの?」
 ニコリと優しく微笑んだ緑谷先輩。少し間違えれば自慢話に聞こえてもおかしくない今の私の気持ち。同性の女友達に相談する気にもなれず、こうして絶対に笑ったりからかったりしないと分かっている緑谷先輩だからこそ、素直に打ち明けられたわけで。
 緑谷先輩の言葉にそっと自分の手を胸に当ててみた。トクン、トクンと規則正しく心音を鳴らしている。その音が激しく脈打つ時はいつだって焦凍先輩がいる。鋭ちゃんや勝己先輩にも同じようにときめく事がなかったわけじゃない。それでもこの心音を爆発させるのは焦凍先輩だけなんじゃないだろうか。
 でもその傍らで浮かぶあの受付の先輩。最近はまるでそれが当たり前かのように隣同士で歩く二人を受け止めきれていない。
「焦凍先輩…です」
「うん。僕もそうだと思ってたよ。真森さんは気づいてないかもしれないけど、いつも轟くんを見つめる時、凄く可愛らしい顔になってる。恋する女の子って感じのね」
 また優しく微笑んでくれる緑谷先輩。そんな風に私のこと見守ってくれていた事が分かって、なんだかくすぐったい。そして、続く言葉に素直に頷けたのは、緑谷先輩の思いの籠もった言葉だったからだ。
「きっと伝わるよ、轟くんに。真森さんの気持ちが本気なら!」
 優しく喝を入れてくれた緑谷先輩はそう言って珈琲を飲み終えるとスッと立ち上がってスマートに帰って行った。緑谷先輩のお陰でまた頑張ろうという気持ちになる。単純で現金な女だと思われてもいい。自分の気持ちにはやっぱり素直でいたい。

 ◆

「おはようございます!焦凍先輩、今日も真森頑張ります!」
 ぶんぶんと胸の前でグーにした手を軽く振る私を見て焦凍先輩はほんの少し眉毛を下げた。なんだか久しぶりに焦凍先輩とまともに喋れた気がして、無駄に緊張していた自分が嘘のように笑顔が溢れた。
「なんか、ここ数日でまた大人っぽくなったな、成美。あんまり遠くにいくなよ」
 ポンと頭に乗っかる焦凍先輩の手。不意にその手に触れて「あの、どういう意味ですか?」…焦凍先輩の眼球がくるりと回って私の方に降りてくる。数秒見つめ合った私と焦凍先輩。
「成美?」
「遠くにいくなよなんて、期待したくなっちゃいます…」
「あぁそうか、悪いな。最近切島とか緑谷とか爆豪とかと仲良くしてるように見えて、妬いてたのかもしれねぇ。成美、悪いが資料作るの手伝ってくれねぇか?」
 …すいませんがサラリと嬉しいこと言ってくれたのに、ムードもへったくれもないんですが。でも逆にそれが焦凍先輩らしくてくすりと微笑ましくなる。私は元気よく返事をすると自分のデスクについた。腕まくりをして気合いを入れる。PCの電源ボタンを押して画面が立ち上がるのを待つ。
 何かが解決したわけではないけれど、自分の気持ち一つで見えている世界の色がとても眩しく映るなんて。

「成美、どこまでできたか?」
「えっとオキサトミド錠の説明までです。この薬って結構眠気があるらしいのですが、30mgに変更したら眠気も少し減るんじゃないでしょうか?アレルギーの薬って眠気が強いイメージなので少しでも緩和させられたらって思って…」
「なるほど、そうだな。治験に回す時に30mgに変更しよう」
「はいっ」
「助かるよ成美が手伝ってくれて。数日後にまた説明しに行くって言ってあるから、なんとか情報集めして頭に詰めとかねぇと…そう思っていたから」
 デスクに置いた珈琲はもう冷めてしまっている。時計の針は22時を超えたところだった。
 毎週水曜日はノー残業デーでこの時間まで残っている社員はもう私達以外誰もいない。だからか、見回りにきた警備員さんが「まだ帰られませんか?」と声をかけてきた。
「すいません。鍵はこちらで閉めておくのでもう帰宅されて下さい。まだもう少しかかりそうなので」
 焦凍先輩がそう言って警備員さんから鍵を受け取る。PC画面内にはもうほとんどやることは残っていない。今すぐ帰れば帰れるはずなのに?
「焦凍先輩あの」
「成美は爆豪が好きなのか?」
「へっ!?」
 たった今警備員さんがフロアを出てエレベーターに乗ったのを確認してからすぐだった。いきなりの質問に私は素っ頓狂な声しか出せない。
「焦凍先輩あの、意味がよく分からないです」
「…爆豪に言われてな、成美から手を引けと」
 勝己先輩なんてことをっ!少しばかし複雑な表情を浮かべながらも焦凍先輩を見つめ返す。
「モテキなんだよな、成美。このままだと爆豪はおろか、切島にすら取られるかもしれねぇと思ったら居ても立っても居られなくなった。俺もずっと成美のことを見てきた。いつも一生懸命で明るくて元気で、成美の笑顔を見ているだけで俺は毎日幸せでいられるって思ってる。俺のこと、好きになってくれないか?俺じゃだめか?成美…」
「…モテキなんかじゃありません。でもね焦凍先輩、私のここには最初からずっと焦凍先輩だけしかいません。これからもそれは変わらないです」
 トンと自分の胸に手を当ててそう言うと、不安そうだった焦凍先輩の瞳がパァっと明るくなるのが分かった。
「じゃあその、付き合ってくれるか?」
「…一つだけ聞かせて下さい」
「あぁ」
「あの、受付の先輩と焦凍先輩はお付き合いされていたのではありませんか?」
 一瞬なんのこと?というか、誰のことを言っている?まるでそう言いたげに眉間にシワを寄せた焦凍先輩。けれど次の瞬間「あぁ彼女とはなんでもないよ。それらしいことは言われたがきっぱり断ってる。他に想う人がいるからと」そんな事があったなんて当たり前に知らなかった。その想い人が自分だと思って良いのだろうか?今度こそ、自惚れても良いのだろうか…。トクン、トクン…胸を打つ心音は先程よりずっと速さを増している。
 ――やっぱり私、幸せになりたい。焦凍先輩の隣で。
「嬉しいです。私も、焦凍先輩のことがずっと好きでした。これからも変わりません」
「よかった。あのさ、俺も成美にキスしていいか?…爆豪とのキス、全部上書きさせてほしい」
 まさかの勝己先輩とのキスがバレていた事はめちゃくちゃ驚いたけれど、それでも私は、上書きさせてほしいと言った焦凍先輩の言葉に心底キュンとした。めちゃくちゃ爆音を鳴らす心音が煩いくらいドキドキと高鳴っている。恥ずかしくてただコクリと頷いた私の頬に焦凍先輩の手がそっと添えられた。真剣な瞳が私を捉えていて、その瞳の奥がユラユラとしているのが分かる。死ぬほど緊張する…そう心の中で呟いた瞬間、ちゅっと唇が触れ合った。ヤバい、憧れだった焦凍先輩とキスしてる…。ぎゅっと焦凍先輩の腕を掴むと、腰に回された焦凍先輩の腕にこれでもかってくらい抱きしめられる。そのまま片脚浮いてる状態で更に唇を重ねる。唇をハムッと甘噛みする焦凍先輩に胸がきゅんと何度も音をたてているのを感じる。全面硝子張りになっているこのフロア、ぱちんと焦凍先輩がフロアの電気を消す。これから起こる出来事を無言で物語っているんだって。
「ずっと触れてみたかった。成美…抱いてもいいか?」
「…ここで、でしょうか?」
「あぁ、頼む。もう一秒も待てそうもない」
 こんな感情的な焦凍先輩は初めてだった。いつも冷静で落ち着いていて大人っぽくて、それが素敵だなって思っていた。けれど今、目の前にいる焦凍先輩は、我慢の効かない学生のようで、めちゃくちゃ可愛いい。
 ここが昼間は沢山の人がいる職場であるということだって分かっている。当然ながら仕事をする場所で決してラブホテルのような場所ではない。イチャイチャ禁止なんてルールはないけれど、そもそもの目的が違う。
 ――ここはラブホテルではない。
「成美、もっとこっち来て」
 耳元で優しく囁かれてコクリと頷く私の瞳にはもう、焦凍先輩以外映らない。トンとデスクに寄りかかるようにその場で近づく焦凍先輩を見上げれば、迷うことなく私達が一つに重なった。焦凍先輩の舌が私の口内に入り込むと胸が鷲掴みにされたようにきゅんと疼く。こんな濃厚なキス、夢みたい。でもこれは夢なんかじゃなくて現実だ。だってもう私が手を伸ばせば焦凍先輩はその手をキュッと握り返してくれる。
「好きです焦凍先輩」
「俺は愛してる。成美は愛してる?」
「はい。愛してます」
「やべぇな」
 愛してるを引き金に焦凍先輩が何度も何度もキスをする。私の身体の曲線を手でやんわりとなぞっているその手すら気持ちがいい。口内を舐め取る焦凍先輩の舌がそのまま首筋に移動して私の服をゆっくりと脱がしにかかる。胸元にある大きなリボンをスルスルと解いて薄いブルーのブラウスのボタンを一つ一つ丁寧に外していく。中に着ていた白のキャミソールの上から胸に触れられてまた私の心臓がピクリと音を立てた。
「恥ずかしい…」
 ぽろりと漏れた本音に焦凍先輩はほんのり口端を緩める。ポンといつもの様に頭を撫でてくれる。
「綺麗だよ成美。けどそーゆう顔、俺以外には見せるなよ。特に爆豪と切島には絶対見せるな」
 気にしてくれてるんだって思うとそれはそれで嬉しくて。私だって焦凍先輩のそんな姿、独り占めしたい。
「焦凍先輩も、その素敵な表情私以外に見せないで下さい」
「…なんかごめん、マジで止められそうもねぇ」
 カタンと焦凍先輩が私をデスクに押し倒しそうになりながらも片手で私の背中を支えながら少しぎこちなくキャミソールの中に手を入れ込んだ。そのまま背中のホックを外して背中を撫でる焦凍先輩の手に引き寄せられてまた唇が重なる。何度も角度を変えて唇を甘噛みする焦凍先輩の手が背中から正面に回って私の胸に直接触れた。
「んっ、はぁっ…」
「柔けぇ…見てもいいか?」
 聞いたくせに私の返事を待つ前に焦凍先輩はキャミソールを私の首まで上げて胸をツワにした。電気は消えているけれど、窓から入る月明かりだとかネオンの光だとかで、暗闇に目が慣れてきたこともあり、焦凍先輩の表情もよくわかる。両手で両胸を交互に揉みしだく焦凍先輩が興奮気味に尖端を舌で突く。ちゅっと小さなリップ音のあとそのまま舌を伸ばしてちゅうっと少し強引に吸い上げた。
「んっ、あああっ」
 自然と漏れる私の声に焦凍先輩が更に激しく胸を愛撫する。何度も舌で吸われて舐められて甘噛みされておかしくなりそう。
「焦凍先輩いっ、」
 気持ちいいっ…恥ずかしくてその言葉が言えない。それでも身体は正直に反応してしまう。私をデスクの上に座らせた焦凍先輩は舌を使って胸を存分に舐め上げる。「成美っ、可愛いいよっ」そんな言葉狡い。可愛いいなんて言われ慣れていないからなのか、相手が焦凍先輩だからなのか、それともその両方なのか下半身がじくじくと熱を帯びていくのが分かった。
「焦凍先輩っ、大好きっ」
「煽んなよっ成美っ、脚…広げて」
 ツーっとストッキングの上から黒のプリーツスカートを捲りあげた先、太腿をなぞられてぞくぞくと身体が揺れた。肩を大きく揺らせて呼吸をしながら焦凍先輩が真剣な顔で私のパンプスを優しく脱がせた。カツンとデスクの下に落とすとすぐにストッキングに手を掛けた。
「はぁっこれ、脱がせていい?」
「んっ、いいっ」
 ぎこちなくストッキングを脱がされて白のショーツの上から指を這わせられてまたビクんと身体が仰け反る。
「あっ、やっ…待って」
「待てない。もう充分待ったんだ、おとなしく俺のもんになれって」
 いつにも増して男らしい焦凍先輩がどうにもかっこよくて、私は言われるがままに頷く。ショーツの間から指で直接膣口に触れた焦凍先輩は、ほんのり入口付近で止めた指を徐ろに取り出してわざわざそれを私に見せて言うんだ。
「気持ちいいってこと、だよな?」
 指を離すと一瞬透明の糸が空を舞う。めちゃくちゃ真面目な顔で真剣に聞く言葉じゃないと思うのに、そーゆうこと素でやっちゃう所が焦凍先輩らしい。
「気持ち、いいです。早くもっと触ってほしいです…」
 だから私も今夜はめちゃくちゃ素直になれそう。胸の奥底にある気持ちは言葉にしなければ決して相手には伝わらない。そして本音を打ち明けることには少なからず勇気が必要。一歩踏み出せたならそこには幸せがあると信じて、私はこれからも焦凍先輩に本音を伝え続けたい。
「可愛いいな成美。すげー好きだよ成美が」
 嬉しそうに優しく微笑んだ焦凍先輩は、直様私のショーツに手を掛けて片脚から抜き取る。等々ツワになったそこ。デスクの上に腰掛けたまま重心を後ろに移して手で身体を支える。M字に開かせられた脚がぷるぷると震える中、焦凍先輩の舌が陰毛を掻き分けて花弁をハムッと食すように口づけた。心地良さに身を捩る私に、更に焦凍先輩の舌が腟内に入り込んでじゅるじゅると中の愛液を吸い上げた。子宮内が熱くザラリとした舌の感覚になんとも言えぬ快感が身体の中を駆け巡る。
 小刻みに荒く繰り返す呼吸。腟内の壁をにゅるにゅると舌で舐め取りながらも親指の腹で手前にある突起をむにゅりと触れられて身体が跳ね上がるくらいの快感が押し寄せる。指でぐりぐりと剥き出しに弄られる度に絶頂が近づいていく。
「焦凍先輩っもう、イッちゃいますっ」
 辛うじて出した声は水分不足のせいか掠れていて、それを受け止めるかの様、焦凍先輩の舌と指の動きが更に速まった。ビクビクと小さく震える腟内が、不意に大きく震えてきゅううっと彼の指を締め付ける。そのまま私は快感に身を任せて腟内からぼたぼたと水分を含んだ潮を放出させた。当然ながら焦凍先輩の顔にかかってしまったそれに慌てて体制を変えてデスクに置いてあったハンカチタオルで濡れた顔を拭いた。
「ごめんなさいっ、焦凍先輩…」
 恥ずかしくて死にそう…そう思いながらも俯く私の顎に指を添えてクイッと視線を絡ませる。
「構わねぇよ。気持ちよかったってことだろ?それならどんだけかかっても俺はむしろ嬉しいぞ」
 はぁもう…ほんと狡い。そんなこと言われて幸せ感じない人がいたら教えてほしい。ぎゅっと焦凍先輩に抱きつく私はそのまま手を彼のスラックスに当てて、かなり主張しているそれをそっと握った。
「あぁヤバいな俺も。成美…もう挿れてもいいか?」
 一々聞いてくれるのも焦凍先輩らしいけど、そんなの答えなんて一つしかないのに。
「はい。私も焦凍先輩と早く一つになりたいです」
 こんな甘ったるい台詞を言うなんて思いもしなかった。今までだって恋愛をしてこなかったわけではない。こーゆーことした相手だって元カレの中にはいるし。でも今この瞬間がどんな恋愛の時よりも幸せだって思える。きっと幸せはどんどん上書きされていくんだって思う。
 いつの間にかスラックスを下に降ろした焦凍先輩。ぴょこんとそそり勃っている焦凍先輩は自身の根元を掴むと私をデスクとは反対側の壁に追い込むようにして片脚を持ち上げた。
「成美の顔が見たいから、体制キツイけど悪いな」
 バックから挿れるのかな?なんて思っていたの、顔に出ていた?それとも、焦凍先輩も私と同じ気持ちだったってこと?どっちでもいい。体制キツくても私も焦凍先輩の妖艶な表情を一つも逃したくない。一度腰を引いて膣口に宛がたった焦凍先輩は、そのまま探るように下から私の中にゆっくりと挿入していく。くちゅりと卑猥なBGMを鳴らしながら最奥まで辿り着くと、その場で私をぎゅっと抱きしめた。
「成美が好きだ。愛してる」
 頬を撫でる優しい手。真っ直ぐに見つめる視線の先の瞳は熱くゆらゆらと揺れていて、その瞳に自分が映っているのが見えてそれだけで胸がきゅんと音をたてる。
「私も焦凍先輩が大好きです。…愛してます」
「最高だな」
 珍しく顔を崩して笑う焦凍先輩が頬に添えた手で唇を割って中に指を入れた。その指を舌でちゅるりと舐める私に合わせるようにゆっくりと律動を始める。下から突き上げるように腟内の至る所を擦り付けられる。ベッドの上とは違うあまり触れられない様な箇所が擦れて気持ちよさが半端ない。
「はああああっんんんっ…ふうっ…」
 口から漏れる吐息。焦凍先輩の指がそれでもまだ私の口内を弄ってくる。ちゅぽちゅぽとまるで焦凍先輩のソレを咥えているかの様に指を愛撫する私に、堪えきれず指を抜いて舌を入れ込んだ。じゅるりと唾液ごと吸い上げられてちゅぽっと唇が離れる。でもすぐにまた舌が絡まって身体が壊れそう。
 強く抱きしめられながら、それでも腰を振り続ける焦凍先輩のサラサラの髪が私の頬を掠める。身体は苦しいのに、触れている箇所は堪らなく気持ちが良くてこの時間が永遠に続いてほしいとさえ願えてしまう。焦凍先輩を身体全部で感じながら、きゅっと彼の手を握ればふわりと握り返してくれる。
 焦凍先輩が不意に私の腰をホールドして抱き上げたままデスクの上に乗せた。そのまままたそこで律動を速める。ガンガンと音を立ててデスクを揺らす焦凍先輩は、私の胸元に顔を埋めてチロチロと胸の尖端を口に含む。その快感が腟内をきゅうっと締め付けて私は焦凍先輩の頭を抱え込む。そのまま脚を先輩の身体に巻きつけてぎゅっと抱きつく。あぁやばい、本当に気持ちがいい。
「焦凍先輩っ、もうっ、イッちゃううっ…」
 やっぱり出した声は少し掠れていて、乾いた喉の奥が水分を欲している。私の言葉にデスクについていた焦凍先輩の手が腰に移動して「俺もイク…」そんな言葉と共にラストスパートとでもいうように高速で打ち付ける。もう目の前が真っ白で、私は一際大きな悲鳴のような喘ぎ声をあげてびくびくびくっと身体を思いっきり仰け反らせた。その直後、焦凍先輩の腰が止まると「クッ」ほんのり眉間にシワを寄せて目を細めながら吐精した。
 だらんと身体を脱力させる。まだ繋がったままの私達。全力疾走したみたいに肩を揺らせてお互い呼吸を整える。乱れた服も髪もメイクも今は気にならない。火照った焦凍先輩の身体にきゅっと抱きつくと、当たり前に抱きしめ返してくれる。
「身体、大丈夫だったか?悪い、色々吹っ飛んじまった。けど…成美の色んな顔が見れて俺は嬉しいよ」
「私も、焦凍先輩がかっこよすぎて、どうにかなっちゃいそうでした。あの焦凍先輩…本当に私なんかでいいんですか?」
 不安がないと言ったら嘘になる。焦凍先輩はエリートで老若男女問わず人気者だから。そんな素敵な人の隣を歩くのが自分でいいのかと思ってしまうのは仕方がない。
「なんだ?自信がないのか?俺に愛されているという、」
「え?」
「何度でも伝えるよ、俺は成美を愛してる」
 愛してる以上の言葉があれば、今言いたい。でもきっと愛してる以上の愛情表現を伝える言葉は今はない。それならば最上級の愛情表現を伝えるだけだよね。
「自信…持ちます。焦凍先輩に愛されてるって。私も焦凍先輩を愛してます」
 私の言葉に嬉しそうに笑った焦凍先輩の背後で、今年最初の打ち上げ花火が漆黒の空を明るく照らした――。