煉獄杏寿郎☓結城郁
学校の先生になるのが子供の頃からの夢だった。そんな夢の一歩を踏み出す事になった今日も相変わらずあたしの寝起きの悪さは変わらない。いい加減一人で起きれる様にならなきゃって思うけど、つい甘えてしまうのはこの人が傍にいるからなんだと思う。「郁っ、そろそろ起きろ。初日から遅刻はさすがに俺もフォロー出来兼ねるぞ」
ふわりと優しく髪を撫でる大きな手。実家暮らしのあたしと隣の家に住んでいる煉獄杏寿郎はいわゆる幼馴染という奴だ。朝の弱いあたしを滅法朝に強い杏寿郎がこうして毎朝起こしに来てくれるのも子供の頃からの日課であった。お互いの家の合鍵を持っているし、家族ぐるみで仲が良いからあたしと杏寿郎が男と女であっても何ら気にされる事なくこうして杏寿郎はいつも通りあたしの部屋に顔を出す。
「ん〜もうちょっとだけー」
カーテンから射し込む朝焼けが杏寿郎の黄金色の髪を眩しく照らしているだろうけどあたしの目はまだ開かない。昨夜緊張して眠りにつくのが遅かったせいもあるんだろうけど。
ギシっとベッドの縁に腰掛けた杏寿郎は、顔までかかっている布団をブワッと捲った。さすがに目を見開くあたしを見下ろす杏寿郎に眉毛が下がる。
「寒いぃー。返して布団」
芋虫の様にコロコロと転がるあたしを見て、ハハハハハって杏寿郎の笑顔が目に入る。あたしに向かって腕を伸ばしている杏寿郎のそれに仕方なく掴まると、グイッと引き上げられた。寝ぼけ眼で瞬きを繰り返して杏寿郎を見つめるあたしのボサボサの髪をやんわりと整えた杏寿郎は、「一緒に朝飯を食おう。早く顔を洗ってこい郁」ニッコリと優しく微笑んだ。一つ息を吐き出したあたしは漸く目覚めた身体を動かすべくベッドから降りた。
「シャワーできそうだから浴びてくる。杏寿郎ご飯の準備しといてー」
「あぁ。待っているぞ」
「うん。あ、おはよう杏寿郎」
「あぁおはよう、郁」
いつもと同じ朝。いつもと同じ風景。それでもあたしの心はどこか浮ついていた。これから始まる新しい生活に期待で胸を躍らせながら。
「失礼致します。本日よりキメツ学園でお世話になる教育実習生の結城郁と申します。精一杯勉強させて頂きますのでどうぞ宜しくご指導お願い致します」
同じキメツ学園の歴史教師として着任している杏寿郎に、先生方の事はある程度聞いている。それでも生で見て接するのは面接の時以来で、さすがに緊張していた。
「煉獄から聞いてる。宜しくなァ、結城。俺は数学の不死川実弥だ。分かんねェ事があればなんでも聞いてくれェ」
強面の顔の不死川先生がスッと右手をあたしの前に出してくれて、それを握る。見かけはちょっと怖いけど、それに反して杏寿郎の幼馴染って事もあるせいか凄く優しく見えた。
「宜しくお願い致しますっ」
勢いよくお辞儀をするあたしの頭をふわりと撫でた不死川先生に、自然と胸がときめいたのは偶然ではない。一目惚れなんて今まで一度もした事がないから自分でも驚いているけれど、あたしの視線はそれからずっと不死川先生から離れる事はなかった。
「疲れただろう。初日はどうであったか?」
緊張の初日を無事に終え、デスクに戻ったあたしは疲れからか生徒の様にダランと腕を投げ出して冷えたデスクに頭を乗せた。気を張っていたから身体が固まってしまっていて、そんなあたしを分かっているのか杏寿郎があたしの肩に手を乗せてそこを揉み解してくれる。
「杏寿郎〜ありがとう〜。なんか記憶が飛んでるのかあんまり覚えてないや。疲れたけどでも楽しかった!夢の一歩だもん、これから頑張るよ」
「そうか、ならば景気付けに夕飯でも食べに行くか?」
「んー勿体ないからいいよ。家で食べて行きなよ杏寿郎も!今日は料理したい気分かも」
「そうか、ならばお言葉に甘えよう。さあ帰るぞ」
ポンと杏寿郎に背中を押されてあたしは立ち上がる。ちょうどそれと同時、職員室のドアが開いて不死川先生が大きな三角定規を肩に乗せて戻って来た。
「不死川先生っ!」
思わず出た声に、彼はあたしを見て優しく微笑んだ。疲れも忘れてパタパタとそちらに駆け寄ると定規をデスクに置いてポケットから煙草を取り出した。
「初日はどうだァ?やっていけそうか?」
「はいっ!疲れてる暇はありません。明日も頑張ります」
「ふっ、元気な奴だなァ。まぁあんまり気張らずいこうぜェ」
ポンとまた一つ不死川先生の手があたしの頭に触れる。一日に2回も頭ポンポンされるなんてヤバい〜なんて浮かれそうで緩む頬を隠す様にあたしは顔を逸らす。心臓がトクントクンとハードな音を鳴らしているのが分かる。不死川先生に触れられた所が熱くて胸がぽうっと温まる。どうしよう、誤魔化せない…。あたし不死川先生が好きになってる。
「不死川先生って彼女とかいるのかな?」
「不死川先生って好きな食べ物なんだろう?」
「不死川先生って休みの日は何してるんだろ?」
「不死川先生って趣味とかあるのかな?」
「不死川先生って、」
「―――郁!その質問、悪いが俺には一つも答えられんぞ。俺は不死川じゃないからな。それに遊びに行ってるわけではないのだから、そーゆー感情は持たない方がいいと思うが」
珍しく低い声だった。あたしの隣をいつも通り歩く杏寿郎。スーパーで買い物籠を持ってくれている杏寿郎は、あたしが不死川先生の事を口にすると少しだけ表情が固くなったように見えた。真面目な杏寿郎からすれば今のあたしはチャラついて見えるのかもしれないけれど、恋なんていつどこで始まるは自分でも分からない。あたしは今感じたこの気持ちを大事にしたいんだもん。