「は?お前なぁ…いや嬉しいけど…」
「むぅ。早起きして作ったのにー。食べてくれないの?」
翌日、片岡と一緒に食べようとお弁当を作っていった。キャラ弁ならぬ、愛情たっぷり弁当。バターライスの上にハムで書いたハートに片岡は苦笑い。固まる片岡の腕に絡みついて下から見つめ上げる上目遣いに片岡がフッと鼻息を漏らす。
「せっかくだから後で頂くよ」
「やった!頑張ったかいがあった」
二人分のお弁当箱を自分の机の上に並べてカシャリとカメラロールに収めた。ピースをする雪乃の腕を不意に片岡がきゅっと掴んだ。急に握られて顔を見ればほんのり眉毛を下げて「指、作ってる時に切ったの?」絆創膏のついた左手の人差し指。カァーっと顔に血液が集中するのが分かった。なにこれ恥ずい…。こくりと小さく頷くと「ばかだな…」いつもなら胸つけんなって離れろって言う片岡は、雪乃を見つめて頬をそっと撫でた。ドキンと胸が脈打つ。
「なぁ雪乃。そんなに俺の事好き?」
雪乃の頬に手を添えたまま片岡が問いかける。今まで一度も片岡に直接好きだと伝えたことはない。それでも充分すぎる程態度に出してきた。直接的な言葉を言わずとも雪乃が片岡を好きなのは明確で、片岡本人にも伝わっているとは思っていた。片岡の腰に腕を回してこくりと頷く。
「そんな言葉だけじゃ足りない…。この世の言葉全部使ってもまだ足りない。片岡の事しか考えられない…片岡とずっと一緒にいたい…好き。大好き…。片岡は?好き?雪乃のこ、」
唇に触れた柔らかい温もりに言葉が止まる。遮られた言葉を最後まで言わせて貰えなくて。片岡の熱い手が雪乃の唇からそっと離れた。
「ごめん。今のは忘れろ。今日の補習はもう終わりだ。帰っていいぞ」
「片岡?」
雪乃に背を向けて教室から出て行く片岡に後ろからぎゅっと抱きつく。脚を止めた片岡の背中に顔を埋めてウエストに絡みつく。
「やだ行かないで…」
「離せって」
おちゃらけてる言い方とはかけ離れている低い声。腰に回した雪乃の手を片岡の熱い手がそっと剥がす。そのまま雪乃に背を向けてガラリと教室から出て行った。そのまま動くことができなくてその場にぺたんとしゃがみ込む。何がいけなかったんだろう?お弁当?それとも、好きって言っちゃだめだった?わかんない。何もかもがわかんないよ。
「片岡の馬鹿…」
こんなに好きにさせといて放置とか最低。でも好きにならずにはいられなくて。雪乃のこと、本気で心配してくれる人なんて、片岡以外にいなくて。あの温かくて優しい手に髪を撫でられると自然と心が癒やされて、気づけば雪乃の視線はいつだって片岡を追っていた。優しい眼差しだったり、おちゃらけた笑い声も全部好き。ちょっとだけ低く大人っぽい声も好き。もう戻れないのに。雪乃はもう、片岡しかいないのに…。
それから数時間後だった。教机に凭れてただボーッとしていた雪乃の耳に入り込む脚音。用務員のおじさんが見回りにきたんだって。立たなきゃって。冷たくなった二人分のお弁当も持って帰らなきゃって。でもやっぱり動けなくてその音が片岡の物だと思っていなかったせいか、ガラリと開いたドアの向こう、廊下側からこちらを見て目を大きくを見開く片岡が目に入った瞬間、ぶわっと眼球の奥底から堰を切ったように涙が溢れてきた。
「なんでまだいるんだよ、お前…」
「あ、お弁当二人で食べたくて…じゃなくて、考え事してて、そうじゃなくて、違くて…――逢いたくて片岡に。嫌われたくない。でも好きって気持ちは止められないの。ごめん迷惑だよね、困るよね、片岡が雪乃のせいで苦しいのは嫌なの。だから片岡が嫌ならもう迷惑かけない。でも好きって気持ちだけは、否定しないで。雪乃、片岡がいないと生きていけなくなっちゃ、」
タンって駆け寄る脚音と片岡の温もりにグレーだった世界にまた色が入っていくのを感じた。どうしてもこの人がいないと世界に色がつかない。片岡は何の言葉もくれないけれど、それでもこうして雪乃を抱きしめてくれたのは、少なからず一歩前に進めたと思いたい。それがほんの一ミリだったとしても、長い片想いの道から進み続けたい。
「…腹減ったな。雪乃の弁当食ってもいい?」
しばらくしてそんな風に言うと雪乃を離した片岡は、机に置かれたお弁当箱をまた開けた。割り箸をパキンと折るとそれをまずは雪乃に渡してくれる優男。よく考えたら片岡の前で大口開けて食べるなんて恥ずかしくて無理じゃん!そう思って正面に座る片岡の横の椅子に並んで座る。
「ん?なに?」
「食べるとこ見られるの恥ずい…」
一瞬固まった片岡は、ふって目尻を下げて笑うと「あんま可愛いこと言わないでよ」いつもの片岡の口調が嬉しくて玉子焼きをもぐもぐしながら肩にコテっと寄り添った。雪乃のこと泣かせた罪悪感からなのか、片岡の左手はお弁当箱を一度机に置くと寄り添う雪乃の頭をぽんぽんと優しく叩いて肩を通ってまた机の上のお弁当箱へと戻っていく。夏休み中で先生も少ないとはいえ、グラウンドでは部活動もあって、生徒も先生もいつどのタイミングでここにやってくるかなんてわからない。それでも今この瞬間を誰にも邪魔されたくなくて、片岡と過ごす時間がどれだけ大切かを身体全部で感じていた。
あとがき