好きになってくれる人

 数日後。片岡とのことを知った朝海は大泣きして、神谷くんと大喧嘩。自分がペラったせいで坂本先輩に火を付けて、片岡に食ってかかったって。何度もごめんと謝る朝海と神谷くんに「怒ってないしこれでよかった…」そう言えば朝海は余計に泣いてくれた。雪乃なんかの為に。せっかくの幸せな二人の時間を削ってしまった事に私の方こそごめんだよって。
 心の中にぽっかりとあいた大きな穴。塞がることのない大きな穴を埋める事はできないけれど坂本先輩は無視しても毎日雪乃にラインを送ってくる。もうあんな風に泣くのは御免だ。あんなに辛い想いは二度と御免だ。
「学校辞めようかな〜もう…」
 タピをちゅーちゅー吸い上げながら小さくボヤくと朝海がぶんぶん首を横に振っている。また泣き出しそう。
「やだやだ雪乃!雪乃がいないと私学校行きたくないよっ」
「大丈夫だよー神谷くんいるじゃん、ね!」
 私の責めるような視線に頭を掻く神谷くん。朝海のタピを一口飲むと「女の子同士じゃないとだめなこといっぱいあるし、ユキノちゃんがいないとだめだよ朝海は。マジで陣さんのことはごめんね、ユキノちゃん」ぺこっと頭を下げる神谷くんに首を振った。
「もういいってー!もーなんでもいいのー。気にしないでほんと」
 大きく伸びをしながら息を吸い込む。真夏のむさ苦しさが首にかけている携帯扇風機でほんの少しだけ緩和されているけれどじりじりと肌を焼きつける太陽の日差しが眩しくて目を閉じた。馬鹿だな雪乃…目を閉じるだけで浮かぶ片岡の姿。あんなに嫌な事があったのにどうしてか浮かび上がるのは笑っている片岡や、少し照れた顔の片岡。雪乃に触れる優しい手の温もりは今もこの身体に染み付いていて、初めて強く抱きしめられたあの時の香りも覚えている。やば、逢いたい…。だめだ泣きそう…。ぎゅっと膝を抱えてそこに頭を乗せる。
「雪乃?」
 朝海の声が頭の上から聞こえたけどもう顔なんてあげられない。あんなに泣いたはずなのに、もう涙なんて残ってないってくらいズタボロに泣いたはずなのにどうしてよ…
「ごめ、ん…」
 それ以上言葉にならなくて、嗚咽を繰り返す私は朝海の温もりにただ包まれていた。
 それでも時間は止まってくれないし、日は登る。気を抜くとすぐに思い出して泣きそうになる弱い心をどうにか強く保てと願う他ない私を、夏休みの間に朝海と神谷くんは底なし沼にいる私を引っ張り上げるかのように外に連れ出してくれた。
 長かった夏休みも終わり二学期が始まると片岡に彼女ができたって噂が広まった。夏休み中に彼女できちゃったーなんて生徒みたいな話題を耳に入れてももう涙は出なかった。最初から何もなかったんだと心に言い聞かせてグレーな世界を生きている私は少し痩せたせいか新学期が始まってまだニ週間程度だというのに二人に告白された。そして相変わらず坂本先輩は挫けることなく雪乃の傍に居てくれる…というか、雪乃の周りをちょろちょろしている。雪乃の気持ちを知っているせいか、坂本先輩は無駄に付き合うて…と言わなくなった。
「一ノ瀬さん、呼ばれてるよ」
 一日の終わりのHR。教卓の上で声を張り上げる片岡を見ることのない雪乃に届いたクラスメイトの声。見ると確か坂本先輩のお友達?青山先輩の姿があって、目が合うとニッコリ微笑まれた。片岡からの伝達事項が終われば雪乃はフライング気味に教室から出て行く。廊下で待ってた青山先輩は爽やかなイケメンだ。
「御用ですか?」
「一ノ瀬雪乃ちゃんだよね。俺2年1組の青山陸。君のこと可愛いなーって思って見てたんだ。もしよければ俺と付き合ってくれませんか?」
 白昼堂々の告白だった。自信があったのか馬鹿なのか、わりと大きな声で言うもんだからがっつりみんなの視線を浴びている。野次馬みたいにドアの向こうから朝海が見ている。ガラリと前方のドアが開くと片岡がバインダー片手に出てきた。
「雪乃のこと好き、なんですか?」
「まぁうん。好き!だめ、かな?」
 さすがに照れくさかったのか髪を掻いている。
「好きになってくれるなら、うん、いい。付き合っても…」
「ほんと!?」
 パシっと腕を掴む青山先輩にこくりと頷くと、雪乃達の横を片岡が通り過ぎて行く。でも片岡は立ち止まると身体ごとこちらを振り返って苦笑い。
「青春はいいけど、健全に付き合えよ、二人共…」
 久々に片岡の声ちゃんと聞いたってぐらい避けていた。健全って笑える。
「健全ならいいんだ、付き合って」
「え?まぁ俺に止める権利はないからな…」
 ムカつく。黙れ。私は大きく溜息をつくとあの日以来初めて片岡の方を向き直った。
「あんたには関係ない。保護者ヅラすんな、不細工!」
 我ながら酷い言い草だって思う。全然引きずってるかも?って。私は困惑というか言い返す事のできない片岡に背を向けて青山先輩の手を掴むとずかずかと歩いていく。
 素直になっても報われない恋なんてもう二度と嫌。私は雪乃を好きになってくれる人の傍にいたい…。
「先輩、今日先輩家泊まってもいい?」
 振り返ってそう聞く雪乃に、青山先輩は照れながらも「いいよ」と答えてくれたんだ。

あとがき