そーいう幸せ

「なんでなん…」
 放課後。がっくし項垂れている坂本先輩を横に青山先輩はピースサインで笑顔全開。青山先輩を選んだ理由はただ一つ…片岡に見せつける為だ。あのタイミングであの場所で片岡に雪乃は前に進んでると思わせる為だ。それ以上でもそれ以下でもない。それでもこの人の好意はなんとなく嫌じゃなくて、嬉しかった。サッカー部のエースで歌も上手くて優しいって噂は雪乃の耳にも入っていたし、顔の広い神谷くんからも青山先輩のことを少し聞いていた。坂本先輩同様、雪乃のこと可愛いって言ってる…そう。だからって訳じゃないけれど、青山先輩を見つけようとしていたのは事実だ。
 こうやって失恋の傷はゆっくりと癒えていくもんだって思う。片岡はもうとっくに前に進んでいるなら雪乃だってできる。やってみせると…。本気で好きになりたい、青山先輩のことを。
「なんで陸なん?雪乃ちゃん、なんで、」
「顔」
 一言そう言えば、思いっきりガーンって雨雲背負ってる坂本先輩。片岡とのことを知っている坂本先輩の方が一緒にいて楽なのかもしれないけど。視線を坂本先輩に向けた私はごめん、と続けた。
「坂本先輩のこと嫌いじゃないよ。人としてなら好き。でも恋愛にはなれない。…恋愛なんてもうしたくない」
「んっ!?なんて、なんてっ!?」
 慌てて雪乃の腕を掴んだ青山先輩。その顔には完全にハテナが飛んでいる。
「雪乃たぶんもう恋愛はできないと思う。でも…」
 ちらりと視線を朝海に向ければ神谷くんと楽しそうに笑っている。雪乃もあんな風に笑える日がくるのだろうか。
「でも?言ってよ続き…」
 青山先輩が雪乃の頭を優しく撫でる。大きなその手は片岡よりも男らしくて温かい。
「神谷くんに朝海を捕られちゃったから、独りは寂しい。坂本先輩が穴埋めしてくれることも多かったけど、満たされない。青山先輩のこと本気で好きになりたい…けどわかんない。だからさっきは付き合うって言ったけど、嫌なら無かったことにして下さい…」
 うんうんって相槌をうちながら真面目に聞いてくれる青山先輩。その優しさに漬け込もうとしている最低な雪乃。一度大きく息を吐き出した青山先輩は次の瞬間にこっと笑って雪乃の頭をまた優しく撫でた。
「いや別れないよ。正直雪乃ちゃんがなんか抱えてるとは思っていたし、一筋縄じゃいかないって思ってる。陣くんより俺を選んでくれた事はめちゃくちゃ嬉しいけど」
 言わんでええわ!って地味に突っ込む坂本先輩に笑う。この二人なんだかんだで仲がいいらしい。スッと雪乃の前に差し出された青山先輩の手。これを握ったらもう片岡への想いは断ち切ろうと。片岡を想って泣くのはもう止めにしようと。もう二度としたくない恋愛だと口に出して言えても、心の中では結局雪乃は今日も片岡が好きで、素直じゃない。傷つけられても片岡への気持ちが切れなくて毎日胸が痛い。消したはずの好きは今も心の奥底に埋もれている。どんだけ馬鹿なんだって思う。
「大丈夫すっげー自信あるから雪乃ちゃんを100パー俺だけにする!俺を信じてついてきて、ね?」
「うん。宜しくお願いします」
「こちらこそ」
 ふわりと青山先輩に腕を引っ張られて抱きしめられた。あの日片岡に抱きしめられた温もりが、青山先輩で上書きされる。目を閉じると浮かぶ片岡。瞼の裏に焼き付いて離れない片岡が小さくなっていく。
「よし、んじゃ家行こ!」
 雪乃を連れて行く青山先輩に、坂本先輩が追いかけてくる。だから手を繋いで二人で逃げた。俺を忘れんな!って怒る坂本先輩をわざと無視して逃げた。

 ――季節はゆっくりと秋を迎え冬へと移りゆく。学校で片岡と擦れ違っても目を合わせない事にも慣れてきた。
「雪乃と陸先輩はクリスマスどこ行くの?」
 相変わらず校内のバカップルである朝海と神谷くん。そのラブラブっぷりは以前と変わっていない。神谷くんの底なし沼を朝海に教えて貰ったものの雪乃には一つも理解できなかった。まぁ当然か。
「陸バイトって言ってた」
「え?クリスマスに?イヴに?あり得ないんだけど…」
「良い人ぶってるから頼まれると応えちゃうんじゃないかなー。クリスマスもイヴもシフト入ってるって言ってたよ」
 12月後半。クリスマスを前に恋人たちは浮き足立っていた。その波に乗っかっている朝海は眩しいくらいにキラキラとしている。そして私はそんな波に乗り切れていない。
「イヴの夜さ、顔だけ見に行ってもいいかな?」
「顔だけ?」
「そ。だって初めてのイヴだよ、俺らの」
「陸がバイト入れなかったらどっか連れてってくれてた?」
「痛いなーその質問!てゆーか、バイトあっても連れてく予定なんだけど」
 くるくると雪乃のロングヘアーをもて遊ぶ陸の膝の上に乗っかって視線は大きな液晶画面。ロミオ&ジュリエット。英語の補習に片岡と観るはずだった映画。片岡が色んな話してくれてそれが楽しくて観るの忘れちゃったんだよね。
「え?そうなの?」
「そうよ!まぁこれでもちゃんと考えてるからさ」
 ポンと頭を撫でられる。後ろから回された陸の手がゆっくりと雪乃の胸に触れて項でも陸の唇が小さく音を奏でる。
「雪乃、シていい?」
「もーシてるじゃん」
「そーだけど。一応ね」
 くるりと反転するとラッコ座りで陸の首に腕をかけると躊躇なく重なる唇。陸のキスはいつも優しくてちょっとねちっこい。後頭部を抱えるように陸が雪乃の上に覆いかぶさった。目を閉じてももう、片岡は浮かばない。目の前にいる陸しか見てない…。

あとがき