友達のハグ

「陸から連絡きて、雪乃ちゃんの様子が変やって…せやけどごめん…恥を忍んで言うわ。雪乃ちゃん俺にせえよ、もう!片岡先生の事でもう泣かんで…」
「坂本先輩…」
 それ以上は言葉にならなくて、誰でもいいから縋りたかった。何度フラれても諦めない坂本先輩の好きは、雪乃の片岡への好きと同じなのかもしれない。そう思うとやり切れなくて。坂本先輩に応えられない自分の気持ちが、片岡に応えて貰えない自分の気持ちと重なって余計に涙が溢れた。
「坂本先輩の気持ちわかる。だからこそ雪乃も諦められない…。雪乃どうしても片岡が好き」
 しばらくの後、坂本先輩の胸を押して離れた。目に溜まった涙を指で拭ってくれる坂本先輩は出会った時からずっと優しい。
「それやったら、陸にも言うん?」
「言う。これ以上陸を傷つけられない。坂本先輩、一つだけお願いがあるの」
 雪乃の言葉に坂本先輩は少しだけ諦めたように笑った。

 クリスマス・イヴの夜、バイトを終えた陸が雪乃の所にやってきた。物凄い急いで来てくれたのが分かる。いつもナルシストってくらい身だしなみをチェックしている陸が、髪を乱して雪乃を抱きしめる。午前中から降り始めた雪はだいぶ積もっていて、数年ぶりのホワイト・クリスマス・イヴに街中はモチベーションのあがったカップル達で溢れている。イルミネーションのきらびやかな街頭の下で雪乃はこれから陸を幸せの絶頂からどん底に突き落とそうとしている。
「無事でよかった、まじで。なんかあったのかと思って心配した。ごめんねバイトなんか入れて。明日はなるべく早くあがれるように交渉してるからちょっとだけ待っててほしい」
 ポンポンと雪乃の髪を撫でる陸の大きくて温かい手は好きだ。でも頭を撫でられると浮かぶのは片岡で、優しくされる度に本当の本音はずっと片岡と重ねてきた。
「陸…ごめん…雪乃やっぱり好きになれない…陸のこと」
「――え、」
 当然ながら困惑した陸の顔。キスをしたら、セックスをしたら、気持ちも全部奪えると思っていたのは陸だけじゃない。雪乃だってそうあるべきだって思って捧げてきた。
「どうしても諦められない人がいる。どれだけ傷ついても傷つけられても雪乃はその人と一緒にいたいの…」
 ごくりと唾を呑み込んだ陸は、次の瞬間はぁーっと大きく息を吐き出した。眉毛を下げて雪乃を覗き込む陸は、先程の坂本先輩のように少し諦めた表情に見える。真っ黒なボサボサヘアーを掻き乱すと雪乃の頬を両手で挟んだ。
「わかっちゃってたよー俺。片岡先生でしょ雪乃の好きな人って。見てればねそれぐらいはわかる。てゆーか気づく。雪乃はいつもあの後ろ姿を目で追ってたから。片岡先生が見てない時ばっかり悲しそうな顔で見つめてた。振り向いて!ってまるで言ってるみたいで、そんな雪乃見る度に俺がどうにかしてやりたいって思ってたの。最初はそんな先生の代わりでもなんでもいいやって思ってたけど今は…――あーやっぱ無理だったかー俺じゃ。結構イケると思ってたんだけどなぁ。ま、片岡先生かっこいいしね!じゃあさこれからはカレカノじゃなくて仲のいい友達としてでいいから付き合ってよ。あーそーゆう男女の付き合いって意味じゃないよ?俺は雪乃が万が一俺を好きになってくれたらいつでも復縁するからさ!」
 …拍子抜け。陸はもっと悲しむって思ってたから。それとも雪乃に気を遣わせないようにわざと明るく言ってくれてるの?「ありがとう」そう言ってぎゅっと陸に抱きつくと、ポンポンと背中を撫でてくれる。
「ハグはいつでもウェルカムだけど、ちゅーはもうできないの寂しいなぁー」
「…友達はちゅーしない」
「だよね。雪乃のちゅーって可愛いくてえっちで好きだったなぁー」
 過去形にしてくれる陸に更にぎゅっと抱きつく。
「なんか最後のハグしてるみてぇで悲しくなっちゃうよー」
 男たる者泣くべからず…みたいな陸の性格だから悲しくても泣いたりしないだろうけど、ほんの少し声が震えている事は気づかないフリをした。雪乃ばっかり泣いてごめん。もしも陸が泣きたかったら…と思い、坂本先輩に陸のこと頼んでおいたけれど、無用だった。でもそれはあくまで雪乃の前での陸で、もしも雪乃を想って泣いてくれるようなことがあったら申し訳ない。
 それでもこれだけ優しくて良い人を振ってまで、傷つけてまでも片岡を選ぶ雪乃の世界が色付く日はくるのだろうか。朝海に報告したらまた大泣きしそうだからクリスマスが終わってから言う事にした。

 ――ねぇ片岡。雪乃はやっぱり貴方が好き。

あとがき