「雪乃最近ご機嫌だね」
お昼休み、教室でお弁当を食べながら朝海にそう言われた。あれ以来日くんは特に絡んでもこないし、雪乃ちゃんとも呼ばれない。一体なんだったんだろう。まぁ別に私にはどーでもいいけど。朝海の隣の神谷くんは、夏のダンス大会に出場するとかでここんとこ練習三昧らしく、少しだけぐったりしている。それでも朝海の存在が癒やしになってるから頑張れてるなんて聞いてもいないのにペラっていた。それを聞いた神谷くん推しの派手なクラスメイトは、どうやらみんな揃って瀬口くんにくら替えしたっぽい。
「玉子焼きもーらい」
朝海お手製の色取り弁当に入った甘い玉子焼きを口に頬張ってニコリと笑った。去年の補習で片岡にお弁当を作ったことを思い出してまた頬が緩む。
「もしかして、片岡と進展あり?」
寝ていたと思った神谷くんの言葉に朝海が、えっ?と雪乃を凝視する。一年前、片岡が好きだと認めた後この手の話題は避けてきた。でも坂本先輩だったり陸だったりとのやり取りで雪乃が一度は片岡を諦めた事を伝えた。片岡との恋に傷付いた雪乃を見て、心底片岡を貶した朝海。まぁ朝海からしたら大嫌いな先生なんだろうなぁとは思う。でも―――
「あのね。雪乃やっぱり片岡が好きなの。坂本先輩にも陸にも伝えたんだけど、雪乃の好きはもう片岡以外無くて…だから後悔しないようにこれからも片岡を好きでいるね」
本当はあまり得意じゃない、自分の気持ちを人に伝えるのは。それでも片岡には伝え続けたいし、朝海も雪乃の唯一の友達だからちゃんと伝えなきゃって思った。お弁当を机に置いた朝海の手が伸びてきて雪乃の手を握る。
「そんなの見てればわかるよ。片岡のことは好きじゃないけど、雪乃の幸せは誰よりも願ってるんだよ私」
トクンと胸が脈打つ。嬉しい。単純に嬉しい。
「ありがと。あのね、最近の片岡って、好きって言っても否定しないでいてくれるようになったの!それでね、たまーに気の向いた時に、雪乃のこと一ノ瀬じゃなくて雪乃って呼んでくれるの!後ね、今年は花火一緒に見たいなぁーって。見えるんだって、視聴覚室の窓から花火!だから雪乃、今年も英語の補習出なきゃで…。わざと赤点とったのバレても怒られなかったの。それからね、じーって上目遣いすると、その目禁止って怒られてね、えっと、それから…」
くすくす笑ってる朝海と神谷くん。なによぉ。片岡との事を誰かに言えるのが嬉しいせいか、雪乃のマシンガントークは止まらなくて、そんな雪乃を見て笑ってる朝海をジトッと見つめ返す。神谷くんと目を合わせた朝海は雪乃の手をきゅっと握ると小さくでもはっきりと言った。
「惚気?ねぇそれ片岡絶対雪乃のこと好きじゃん!ね、健太くん。さすがに私でもわかるよ」
「だだ漏れ。ユキノちゃん、片岡もう落ちてるよそれとっくに」
「そう、なの?え?そう、かな?でもちゅーしてくれないし、毎回だめって言われるし、」
クククって何がそんなに楽しいのか笑い合ってる二人に雪乃は顔を歪めた。雪乃の好きを否定しない=好きには到底たどり着けず、首を傾げる雪乃に朝海は少し唇を尖らせて言う。
「やだなー雪乃が片岡のもんになっちゃうの。なんかやだ」
「俺もやだなーユキノちゃんが片岡のもん、いや冗談だよ。そんな睨むなって朝海…」
「健太くんが雪乃好き疑惑再発。本当に冗談?」
「ほんと、ほんと。てかけんた朝海しかいらねぇもん」
今の単語のどこにキュンとしたのか雪乃にはさっぱりわからなかったけれど、機嫌を良くした朝海はでれでれの顔で神谷くんに横から抱きつく。
「あーやば。ちゅーしてぇ」
「え、勘弁してよ。ここでしたら絶交だからね」
じろりと睨みつけてそう言えば神谷くんも朝海も肩を落として失笑。そうそう目の前でイチャイチャされてたまるかって。雪乃だって片岡とイチャイチャしたいよ。そんな事を思ったからなのか、ざわつく廊下に視線を移すと、相変わらずモテモテの片岡が女に囲まれている。
「なにあれ最悪。退けっつーの化粧お化け」
隣のクラスの派手な女共が片岡に纏わりついていて、それでも窓越しに目が合った雪乃を片岡は小さく手招きした。
「ごめん雪乃行くね」
食べかけのパンを神谷くんの後ろにいた日くんに投げるとそれを受け取る。きょとんとした顔で雪乃を見ているから「あげる」そう言って日くんの返事も聞かないまま雪乃は教室を飛び出した。
「あーいたいた級長、ちょっと手伝える?ごめんね昼休みなのに」
女子の群れを蹴散らすように雪乃を隣に迎え入れた片岡。
「ジュース奢ってくれたらいいよー」
「それは一ノ瀬の頑張り次第だな」
「偉そうにー!頼んでるくせに」
「はは、だな」
そんな表向きのやり取りさえも最近は上手くなったと思ってる。本当は片岡の腕に胸を押し付けて「当たってる」って言わせたいけど、今は我慢。廊下を歩いて行くうちに、誰もいなくなったのを確認して雪乃は片岡の腕に手を掛けた。
「消毒だよ」
そう言えば、目を細めてどら焼き型の口を緩ませた。だから迷わず「好き」ちらりと片岡を見つめると、やっぱりなんだか嬉しそうに「知ってる」って言うんだ。
もしかして、朝海や神谷くんの言う片岡の「好き」が、雪乃の「好き」と同じなのかもしれない…今初めてそう思えた――。
あとがき