見惚れる

 ガラリと視聴覚室のドアを開ける。英語の授業で使う資料が散乱しているにも関わらず片岡は奥の準備室へ行くとそこで珈琲を淹れてくれる。雪乃用のミルクを買ってくれてたのか、自分はブラックなのに雪乃にはちゃんとミルク入りの珈琲を出してくれる片岡。
「ごめんね、昼休みに。明日の授業で使うから放課後でもよかったんだけど、今わりと追い込みで、ダンス部。終わんなかったら部活終わってから俺がやるからできる所まででいいからな」
 ポスっと雪乃の髪を撫でて珈琲をごくりと飲む片岡。そういえば雪乃、片岡のダンス部観に行ったことないや。朝海は何度か観に行ってたみたいだけど。誘われるたびに断固断っていたのを思い出す。
「直人先生のダンス観たいな…」
「へ?」
「放課後、観に行ってもいい?」
「いや俺は教えてるだけで対して踊んないよ?」
「じゃあ雪乃のために踊って」
 禁止されてる上目遣いでそう言うと片岡は困ったように眉毛を下げた。それから考えるように腕を組んだ後、息を一つ吐き出すとポンと頭に触れる。
「ならみんなが帰った後ならいいよ。それなら特別に雪乃のために踊ってやる」
「ほんと?」
「あぁ」
「嬉しい、絶対観に行く」
 書類に手を伸ばしてホチキス留めをする雪乃の頬に頭にあった片岡の手が降りてきてふわりと離れていく。そんな優しい顔で見つめられると、くっつきたくなる。
「直人先生だいすき」
 だからその度に好きと伝える雪乃に、「俺も好き」って言葉を待つ雪乃を、どうか許してほしい。

 ◇◇◇

 放課後。
「え?え?」
「だから、ダンス部観に行ってもいいよ」
 吃驚している朝海に苦笑い。そんな顔しなくてもいいじゃん。ほんとに?ってしつこく聞いてくる朝海にこくりと頷く。だけれど、横にいた神谷くんに「ユキノちゃんは片岡目当てでしょ」なんて見透かされて神谷くんをじろりと睨んだ。
 手を繋いで廊下を歩く朝海と神谷くん。その後ろを歩く雪乃。お昼休みに終わらせた級長の仕事。放課後丸々空いたので神谷くんの練習に付き合う朝海に「雪乃もダンス部観に行く」と伝えた訳だ。
 毎回体育館の上部を使って練習しているらしい。舞台上には既にダンス部が集まっていて、雪乃の知った顔もいる。
「雪乃ちゃんっ!?なんでっ!?」
 相変わらず声のでかい坂本先輩が頭にバンダナを巻いた気合たっぷりの姿でこちらに駆け寄ってきた。その後ろ「おー元気?」あれ?陸もダンス部入ったの?Tシャツを肩まで捲くり上げた陸が爽やかな笑顔で雪乃をぎゅっと抱きしめる。
「友情のハグな」
 ニカッと笑う陸に苦笑い。そそくさと離れた雪乃は朝海と二人でギャラリーの方へと移動する。ジャージに着替えた片岡がやってきて、普段見ないその姿にそれだけで胸がきゅんと音を立てる。
「やばい死ぬ程かっこいい…」
 なんだか恥ずかしくて膝に顔を埋める。生徒に指示を出している片岡はまじで死ぬ程かっこよくて、心臓がピリピリする。
「神谷くんなんであんなに頑張ってるの?」
 直視するのが恥ずかしくて横にいる朝海に話題を振った。朝海はちょっとだけ苦笑いを零すと小さく耳打ちした。
「実は大樹くんも大会に出るみたいで、それで絶対負けないって…」
 きょとんと聞いていたものの、「あ、元カレ?」雪乃の言葉にこくりと頷く朝海。なるほど納得。それなら断然神谷くんを応援したくなった。
「その情報どこで?」
「偶然会った時に、元気?って話になって、この大会出るからよかったら観に来って言われて…」
「あは、それで、隠し事のできない朝海だから神谷くんにバレたわけね」
 こくりと頷いた朝海の視線は神谷くんに釘付けで。ダンスの事なんて雪乃も何もわかっていないけれど、真剣に何かに取り組む人はそれなりにかっこよく見えた。
「あんなぁ俺も出んねん。応援してや雪乃ちゃん」
「頑張ってください」
「シュールすぎんねん、もっと心込めてぇ」
 雪乃達が退屈しないように言ってくれてるってわかるけど、退屈なんて以ての外、指導するのにちょこちょこと踊る片岡からもう目が離せないよ。ターンすると飛び散る汗すらキラキラ見えちゃう。やだなぁもう。こんなかっこいい片岡が観れるならもっと早く顔出せばよかった。

「あ、雪乃ちょっと忘れ物。朝海達先に帰ってて」
 3時間の練習が終わると、出し切った部員たちは早々に帰っていく。その波に紛れて雪乃も一度帰るフリして体育館に引き返した。大会の近いダンス部だけは3時間の部活タイムを許されたけれど、それは片岡の申請があったからで、他の部活は2時間できっちりと帰宅している。だからここには片岡と走って戻った雪乃の二人きりだ。スマホから奏でられるミュージックに合わせて踊る片岡に見惚れる。あぁどうしよう…止まらない。好きが溢れて止まらない。
「直人…」
 思わず出た声に片岡の視線が雪乃を仕留める。そっと手を伸ばす片岡。その手を掴むと不意にぐいっと引き寄せられて気づけば雪乃の身体は片岡の腕の中にすっぽりと収まっている。心臓バクバクで半端なくて、ゆっくりと顔をあげると片岡が小さく言ったんだ。――「消毒」って。

あとがき