ただ抱きしめたくて

「直人に抱かれたい…」
「いやいや、だめでしょ」
「じゃあキスは?」
「それもだめ」
「じゃあこのままずっと抱きしめてて」
「…もう遅いから送るよ」
 片岡の手が雪乃から離れていくのが寂しくて雪乃が回した腕に力を込める。
「一曲踊ってくれなきゃ離れない。約束したよ片岡」
「わかってる。今のはごめん…俺が悪い」
 謝られると抱きしめたのが悪いって事になってしまうから首を横に振る。
「離れたくない。好き…先生が好き」
「一ノ瀬、わかったから」
「わかってないよ、直人先生は。雪乃のどこがだめ?どこ直したら一緒にいてくれる?」
 どうしよう、止まらない。なんとか片岡を繋ぎ止めておきたくて必死に言葉を紡ぐ自分が滑稽だとは思わない。けれど、片岡に応えて貰えないと意味がなく、どうしても片岡のイエスが欲しくて聴きたくて溜まらない。誰もいない夜の体育館。踊っていたせいで片岡の体温は高い。ほんのりと汗ばんだ背中に腕を回して片岡のジャージに顔を埋める。
「どこも直す必要ないよ。お前はそのままで充分魅力的だから…――だからもう離せって。じゃねぇと俺の…」
 言葉を濁した片岡は少し強引に雪乃を離した。そのままスマホの音楽を変えると、タンと舞台の真ん中に立ってそこで踊り始めた。だから自分のスマホを出して動画で撮影する雪乃に気づいても止められることはなく、片岡は約束通り一曲丸々踊ってくれた。パチパチパチと拍手をする雪乃に八重歯を見せて笑う。
「教えてやろーか」
「え?無理無理、雪乃リズム感ないもん」
「なら俺が手取り足取り…」
 雪乃の手を握って一緒にステップを踏む。よくわからないけど片岡に「腰取り…」そう耳元で囁かれて腰にグッと腕を回される。なんともエロティックな時間だと思うの。雪乃が一歩踏み出せば片岡は半歩下がる。近づいたと思うけど、半歩の距離が埋められない。それなのに片岡は大きく一歩雪乃の方へと踏み込むんだ。今程片岡が踊っていたポップなダンスとは全然違うムーディなメロディーに乗せてテレビで時々やってるパートナーと踊る社交ダンスのよう。
「そうそう、うまいよ雪乃」
「こーゆうダンスも踊るの?」
「まさか。雪乃限定だよ」
「今日の片岡は雪乃を喜ばせることばっかり言ってくれるね。すごくドキドキする…」
「それは雪乃が…――っ、なんてな!ダンス終わり、帰んぞ」
 雪乃の背中を腕で押すように誘導して歩く片岡。二人の脚音が体育館の床に響き渡る。コツコツって重なる音。
「このまま二人だけの世界に行きたい…」
 雪乃の言葉に背中に置かれた片岡の手がコツっと雪乃の頭に触れて、自分の方に引き寄せる。いつもいつも雪乃から触れていた温もり。今に限って片岡からの温もりに目眩がしそう。体育館を出て二人で見上げた空には星が瞬き始めている。
「直人先生」
「んー?」
「夏休み、デートしたい」
「…はは」
「雪乃先生の家行きたい!お家デート!芸能人ぽくてよくない?秘密の恋じゃん雪乃とせんせ。だからデートはいつもお家でいいよー」
「それ付き合ってる前提?」
「うん!せんせーの部屋ってどんなの?めっちゃ拘り強そうなイメージ」
「まぁ確かに。そこは否めない」
 私物一つとっても片岡はお洒落だ思うの。靴とかもいつもピカピカだし、今着ているジャージもどこかのブランドっぽい。車にあったサングラスは確かGUCCIだったよ―な。
「シャンプー何使ってる?雪乃同じ香りになりたい!全部片岡のと同じにする」
「教えねぇよ」
「じゃあ当てる」
 クンクンって鼻を寄せると「汗かいたから止めて、嗅がないで」って剥がされる。別に臭くないのに。臭くたって嫌いになんてならないし、片岡の匂いとかちょっとわかってきたし。剥がされたせいで雪乃から離れてしまったその温もり。慌てて片岡の腕に絡まると「当たってんぞー胸が」って笑った。
「男はみんな好きでしょ?」
「それもまぁ否めないけど、俺一応教師よ」
「恋人繋ぎがいいな」
 片岡の言葉をあえてスルーして雪乃は片岡の手を取って指を絡めた。去年できなかった事を、今年は片岡といっぱいできたら嬉しいなって。星を見上げて手を繋ぐ事も雪乃にとっては宝物で、片岡が隣にいる現実だけが自分の生きている意味なんじゃないかと思えた。
「あのね片岡、雪乃今年は片岡といーっぱいいーっぱい色んな事したい!去年意地張ってできなくて後悔したの。片岡も一応教師だから色んな事考えてるかもしれないけど、今雪乃は片岡が好き。片岡が優しいとすごく嬉しいし、片岡が辛い顔してると泣きたくなる。片岡の幸せを誰より願ってるけど、幸せの相手は雪乃以外は絶対に嫌。だから毎日片岡に好きって言うよ。一ミリでも片岡の気持ちが動くなら何度だって伝えるからね」
 ぎゅうっと片岡の腕に抱きつく雪乃を、「あぁもう、」そんな言葉と共に片岡の温もりに包まれた。とくん、とくんと鳴り響く心音。
「好きよ直人…」
 片岡に抱きしめられて幸せな気持ちが溢れ出す。ぎゅっと抱きしめ返すと、更に強く抱き返された。一ミリの隙間もないってくらいに強く、熱く…。

あとがき