もう限界だと思った。というか限界なんてもう何度もとっくに超えていた。どんなに気持ちを切り替えようと試みても無理で、突き放そうとすれば傷付いた顔をする。自分で傷つけたくせにそれをほおっておけなくて、でも教師としての自分の立場だとか、一人の生徒を女として見てしまった事に対する罪悪感とかで危うく一番大事なもんを見失いかける始末。
どーしようもなく好きなのは俺も同じだ。俺に真っ直ぐに気持ちを伝えてくる雪乃をただ抱きしめたくて、ただ俺だけのもんにしたくてたまらない。それができたらどんだけいいかって思う。理性の利かない俺の腕はもう何度も雪乃に触れて、挙げ句二度も抱きしめた。
「マジでどーすりゃいいのよ、俺…」
はぁ…。溜息しか出ねぇわ最近。
「直ちゃんせーんせ、何悩んでるのぉ?」
聞こえた声に振り向けば、隣のクラスの女生徒が俺に近寄ってくる。一年の頃から雪乃同様好意を寄せられている様だけれど、この子にはなんの感情もない。
「大人は色々忙しいんだよー。早く教室戻れよ!」
「えーやだ。てかいつになったらデートしてくれんのぉ?」
甘ったるい香水とボディラインを強調するかのように開けられた胸元。まるで雪乃とは違うそれに内心どっと疲れがたまる。腕に絡まる生徒を軽くあしらおうとすると、大勢を崩した彼女が倒れていくのがスローモーションで見えた。慌てて助けなきゃって無我夢中で動くと最終的には廊下に俺が押し倒した形になって落ち着く。それでもすごい音がしたからか、みんなが教室から出てきて…そこに見えた雪乃の顔があからさまに強張った。
「大丈夫?ごめんね、すぐ起き上がるから…」
顔を赤くしている生徒を他所に俺の視線は雪乃に釘付けで、今の誤解されたんじゃないか?って。やべぇ誤解とかねぇと…ってそればっかが俺の脳内を埋め尽くしていて…
「級長、放課後少し手伝える?」
「俺パース」
男子の日が両手を顔の前で交差させていて、その隣にいる雪乃は「うん、手伝う」ってちょっと俺を睨むように言った。
視聴覚室で書類を準備しているとガラっとドアが開いて雪乃が入って来た。ストレートな長い黒髪を揺らせて俺の前に座った雪乃は超絶不機嫌だ。
「怒ってる?」
「怒ってるよ」
「わざとじゃないよ?」
「でも嫌。雪乃以外の女が片岡に触るのなんて死ぬ程嫌。あの女わざと転んだんじゃないの?片岡の気引くために。雪乃のこと見てマウントとるように笑ったもん。雪乃のがずっと好きなのに片岡のこと。あんなわざと転ばなくても片岡は雪乃のこと抱きしめてくれるよね?」
――え?そうくる?まぁ諸々の縛りがないならいくらでも抱きしめちゃうけどさぁ俺。立ち上がった雪乃はとことこ歩いて俺の横に立った。そこで両手を開いて小さく言うんだ。
「ぎゅーしてよ、直人」
好きな女にそれ言われて我慢できる男がいたら見てみたいわ。俺の手は流れるように雪乃の手を取るとそこに自分の指をきゅっと絡めた。雪乃の頬が紅く染まるのが見てわかる。ほんと可愛いのなお前。繋がっていた手を引き寄せて雪乃の腰に腕を回して抱きしめた。椅子に座ったまま立っている雪乃をぎゅっと。
「雪乃が上なの?」
「いつも下から見てんだろ雪乃、俺の事。だから仕返しだよ」
クッと喉を鳴らして笑った俺はすぐに雪乃を離す。
「や、まだもう少しぎゅーしてて」
うんまぁそうくると思ってたんだけど。
「だーめ。これ以上は」
――俺の理性が持たないから。なんて言えない言葉をまた今日も呑み込む。ムゥって膨れっ面した雪乃がジタバタとその場で地団駄を踏むのがくそ可愛くて俺の心拍数は尚も上昇していくのがわかった。
「雪乃さ、俺あの子のことは何とも思ってないから」
ホチキス止めが終わった帰り際、俺の腕に胸を当てながらゆっくり歩く雪乃に小さくそう言った。わかってるとは思うけど一応…そう思って雪乃に伝えれば、雪乃は一瞬驚いたように目を見開くと、次の瞬間ふわりと笑顔を見せた。
「うんっ。大丈夫だよ雪乃、心ひろーいから!」
ちゅっと自身の指にキスをした雪乃はその手を俺の頬にちょこっとくっつけた。自分でしたくせにめちゃくちゃ照れてるこの子、もう貰ってちゃっていいかなぁーマジで。雪乃は俺の肩に顎を乗せて耳元で「ドキドキした?」なんて聞いてくる。
「ばーか」
雪乃の首に腕を回してコツンと額をくっつける。鼻と鼻が擦れる距離でこの至近距離で今度は俺が雪乃に聞いた。
「今ドキドキしてる?」
「ず、ずるいよ片岡…。雪乃心臓飛び出そう。…ねぇちゅーして?だめ?」
「だーめ。それはだめですよお嬢さん」
俺のが真っ紅で、それを雪乃に悟られねぇように必死だった。視聴覚室から出るまでのほんのひと時、そこは俺と雪乃の秘密の時間で、俺が何よりも守りたいものだった。
あとがき