意味不明

「1年7組担任の片岡直人です。宜しく」
 爽やかで可愛らしい笑顔だと思った。背はまぁ低いけど、ストライプのスーツをお洒落に着こなしていて、ほんのり見える八重歯が可愛いなんて思った。第一印象なんてそんなもん。
 担任の片岡は直ぐに人気の先生となった。英語教師の片岡は運動神経抜群らしく、野球部とダンス部の顧問を掛け持ちしていた。故に…なのか、男子達も片岡に懐いていて、女子は片岡に憧れ以上の想いを抱いている子も少なくない。それを全く分かっていない片岡は鈍感で、ちょっとズルい。知らず知らずのうちに、結局女子は片岡に夢中になっていく。自分はそんなその他大勢の中に入りたいとも思わず、適当に告白してきた男と付き合って、飽きたら別れるというのを繰り返していた。
 だから私は女子のお友達が少ない。唯一こんな私に懐いてくれる物好き、立花朝海とはこの数ヶ月で結構仲良くなったとは思うけど。遊び人というレッテルを勝手に貼られ、それを否定するのも面倒だからそのままで今に至る。それでも不細工は嫌だし、隣を歩くにはそこそこかっこいい人を選んで付き合っていた。

「一ノ瀬、ちょっといいかな?」
 高校一年の初夏だった。日直の仕事を終えて職員室に学級日誌を届けに行った私を呼び止めたのは担任の片岡だ。デスクに受け取った学級日誌を置いて立ち上がると私にそう告げた。隣に並ぶと分かる、身長差。もっとチビだと思ってたけど、やっぱり私より大きいんだ、コイツ。
「なんですか?」
「少し話せる?」
「…はい」
 面倒くさ。そう思ったけれど仕方なく片岡の後をついていく。視聴覚室のドアを開けるとそこに誘導された。運動部の盛んなうちの学校は校庭から生徒たちの活気溢れる声が聞こえてくる。紫外線強そうな日差しが窓の外から入り込んできて片岡の黒髪を柔らかく照らしている。
「いやあの、決して悪いって責めたりしているんじゃないからな。ただ先生は一ノ瀬を心配しているだけで…」
 意味不明な片岡の言葉に眉を顰めた。は?主語ねぇし、なんの事だよ?分からなくてもどかしい気持ちがイライラする。
「なに?よく分かんないんだけど」
 苛ついてタメ口叩くけど、そこは怒られなかった。片岡は大きく息を吐き出すと意を決したように真っ直ぐに私を見た。
「これは一ノ瀬か?」
 スーツの内ポケから取り出して私に見せた一枚の写真。スマホで撮影されたっぽいそれは、制服着ている男女がラブホに入って行く写真だった。見覚えのあるそれは間違いなく私だ。つい数日前の出来事である。視線を片岡に移すと黙って私の言葉を待っている。
「それ雪乃。で?なんか悪い事した?」
 私の言葉に片岡は苦虫を噛み潰したような表情で一度視線を窓の外に移した。みーん、みーんとセミの鳴き声が夏の始まりを伝えていて、ただでさえ暑いのに視聴覚室の冷房は壊れているのか、気休めに回したサーキュレーターの羽音が沈黙を埋めてくれる。
「付き合ってるのか?」
「は?そんなの片岡には関係ない」
「一ノ瀬は女の子なんだから、もっと自分を大事にしてくれないか…」
 だから、関係ないじゃん、片岡には。そう言うつもりが、片岡の顔があまりに悲しそうだったから何も言えなくなった。普段おちゃらけてるくせに、こんな時だけマジになるとかうざいんだけど。いい先生ぶってるのがムカつく。無言で唇を噛んだ私を見た片岡は何を思ったのか慌てたように続ける。
「いや一ノ瀬はほら、可愛いから!だから男が寄ってくるのは分かるけど、だからってそんな安売りしてたらきっと後悔する。本気で好きになった人と以外、したらだめだ」
 スッと頭頂に置かれた手が優しく髪をなぞって肩に置かれた。
「先生と約束してくれないか?もっと自分を大事にするって…」
 片岡の触れてる肩が熱を帯びたように熱くて変な気分になる。超絶余計なお世話だっていうのに、こんな風に本音で接してくれた人は今まで一人もいなかった。大人なんてみんな分かっていて見て見ぬふりをするもんだと思っていた。そうされてきた。誰も私になんか干渉しないって。そうやって今日まで生きてきたのに。
「セクハラで訴える、離さないと」
 降参のポーズの様、肩に置いた手を離して顔の横で両手を広げる片岡。困った様に眉毛をさげる片岡から離れると私は踵を返して入口へと歩く。片岡の質問に答える気はないという意味も込めてそのまま視聴覚室のドアを開けるとじめついた廊下を歩き始めた。ふと窓に映った自分を見れば、ほんのりと頬が紅みを増していた。それが暑さのせいじゃないと気づかないふりをして私は下駄箱で上履きからローファーに履き替え、バス停までの道のりを軽快に歩いた。

あとがき