心のアップダウン

「一ノ瀬さん坂本先輩が呼んでるけど…」
 そんな言葉と共に私の前に脚を運ぶクラスの男子。朝海とその彼氏の神谷くんとの惚気話を聞かされていた私は視線を廊下に移す。委員会が同じである銀髪ヘアー馬顔の坂本陣先輩は、入学してまだ3ヶ月程度の私にかれこれ三度ほど付き合って欲しい…と申し出ている。こんな私のどこがいいのか分からないけれど、人に想われるのが面倒だと思っている私に恋愛は不向きだと思う。
「陣先輩諦めないねー!どうするの?雪乃」
 超絶他人事な朝海は机に頬杖をついてニコニコと可愛らしい笑顔を振り撒いている。ある意味この子も私同等、同性より異性に好かれるタイプだろう。わざとらしく見えてもわざとじゃないあざとさを持っている朝海は、一目惚れした神谷くんとラブラブだ。
「何回言われても答えは同じなんだけどな…」
 椅子を押して立ち上がると私は朝海に苦笑いを向けて坂本先輩の待つ廊下へと歩いた。
「なんですか?」
 冷たくそう聞くと、まだ何も言ってないのに顔を紅くしているその姿に、今から何を言われるのかだいたい想像がつく。
「今は告白ちゃうで。今日はデートのお誘いやねん!放課後空いてる?」
「空いてません」
「即答やめて!雪乃ちゃんタピオカ好きやって聞いてん。一緒に飲みに行かへん?」
 誰よその情報流したの。ちらりと朝海に視線を移すも、神谷くんとラインでもしているのかスマホの文字打ちに夢中になっている。一週間に一度はタピオカを飲みに行っている。今週はまだ行けてなくて、そろそろ朝海を誘おうと思っていたけれど、神谷くん優先だろーし、なんて考えていたら金曜日になっていた。めちゃくちゃ期待の目で私を見下ろす坂本先輩。
「でも先輩部活は?」
「それな!実は特別に片岡先生に了承得てるん!雪乃ちゃんデートに誘いたいから今日だけ休み貰えませんか?って」
 そういえばダンス部の顧問は片岡だった。生徒に寄り添う片岡のやりそうな事だと思う反面、相手が私だと知って上で了承したのかと思うと無性に腹がたった。
「…馬鹿みたい青春ごっことか、教師のくせに」
「え、なに?雪乃ちゃん?」
 じろりと坂本先輩を睨みつけると、頬を引き攣らせて一歩後ろに下がった。
「先輩の奢りなら行く」
 そう告げれば「勿論や!」しこたま嬉しそうに笑った。ガッツポーズをして喜ぶ坂本先輩は、HRが終わったら迎えに来る!と言ってがに股で戻って行った。小さく溜息をついて朝海の側に行くと「断ったの?」なんて呑気に聞かれた。だから私はぶんぶんと首を横に振る。そんな私に朝海は大きな目を広げて「え、オッケーしたの?」信じられないって顔だからストレートなショートヘアーをコツっと軽く殴った。
「告られてないし。帰りにタピ奢ってくれるから行ってくる」
「それってデート!?私も健太くんと、」
「来なくていいから。デートじゃないし。それより神谷くんに私の情報流さないでってちゃんと言っといてよね」
 私の言葉にはぽかんとして小首を傾げる朝海は、絶対神谷くんと着いてきそうだなぁと自嘲的に笑った。
 全ての授業が終わると終了のHRのため、担任の片岡が教室に入って来た。相変わらず人気の片岡のHRは生徒からの質問攻めの日も少なくない。一日の終わりの伝達事項を述べる片岡を私はじっと見つめていた。いや、睨んでいる。それに気づいたのか片眉下げた片岡はチラチラと視線をこちらによこしている。声すらかけてこないけれど、それでも片岡に気にされているのはちょっとだけ気分がいいなんて思ってしまう。私を気にしながらも、他の生徒と談笑する片岡を私は一度も目を逸らす事なく睨み続けた。
「じゃあ今日はこれで終了な!部活行く奴は今日も頑張ってこいよー」
「片岡先生今日はどっち?」
 クラスの派手な女子が黒板の文字を消している片岡に近寄ってそう聞いた。振り返った片岡はニコニコ笑顔で「今日は野球部メインだけど、ダンス部も顔は出すつもりだよ」なるほど。今日はダンス部メインじゃないのか。だから坂本先輩のあんな申し出をOKしたのか。苛々感満載で立ち上がると廊下から視線を感じる。見れば笑顔で手を振る坂本先輩。
「陣先輩早くない?あの人絶対HR出てないでしょ!雪乃に逢いたいからってさ〜」
 朝海の通る声に視線を廊下に移す片岡。坂本先輩を見て目を真ん丸く見開いている。その表情のまま私を見て苦笑い。なんだ、片岡は坂本先輩の相手が雪乃って知らなかったんだ。そう分かればなんだろうか、さっきまで鉛のように重たかった心がスーッと軽くなっていくのを感じた。一言文句言ってやろうとも思ったけれどそんな怒の感情すら消えている。私は立ち上がって教卓前にいる片岡の方へと歩いて行く。
「一ノ瀬?どうした?」
 それでも何か用があると思ったのか、優しく小首を傾げる片岡。それ無意識でやってるなら朝海同等のあざとさな気がする…なんて思いながらも私はトンと教卓の上に乗っかって手を片岡の耳元に寄せてひそひそ話。
「坂本先輩に襲われたら先生助けに来てね」
「!!!!!」
 目を泳がせる片岡をよそに、私は朝海に手を振ると廊下で待つ坂本先輩の所へと行くのであった。

あとがき