「いいかー!期末試験で赤点とったら夏休み中補習三昧だからなー」
そんな片岡の言葉に胸がトクンと音を立てた。
あの日、車で駅まで送ってくれた片岡。でも助手席に乗せてくれなくて後部座席ではしゃぐ私を片岡は適当にあしらっていた。学校に行けば毎日片岡に会えるけれど、教卓前で声を張り上げている片岡は、あの日の片岡と少し違う。あの日のくだけた片岡とはやっぱり違う。私はあの日の片岡にもう一度会いたい。
「補習三昧とかマジ無理だよ。健太くんといっぱい遊びたいから絶対赤点取らないようにしなきゃ」
朝海がそんな意気込みをしている横で私はどうやって赤点を取ろうかで脳内がいっぱいになる。つい鼻歌なんて歌っちゃって前にいる片岡を見つめていたらバチッと目が合った。だから誰にも気づかれないように小さくウインクすると思いっきり動揺してゴホンと咳払いをした。ぷ、ださ。敢えて見ない様にしたんだろう片岡は、HRが終わるまで私を一度も見なかった。
「なによ、意気地なし」
「はい?雪乃なんか言った?」
片岡宛に言った小声の文句を朝海に拾われて苦笑い。私は首を横に振って否定するとまた視線を片岡に戻した。クラスメイトに囲まれて期末試験の問題範囲教えてって質問攻めにされている片岡。まだ発表されていないそれは中間試験の時、うちのクラスだけ特別に早めに教えてくれたっけ?担任の特権だって。
「雪乃も試験範囲聞きに行こーよ」
スマホ片手に私の腕を掴んで朝海と片岡の方に行く。
「先生、こっちにも教えて」
ひょこって片岡の後ろから覗き込む様にピタリと朝海が背中にくっつきそうになっているのを見て、咄嗟に朝海の手を引っ張って片岡から離した。だからなのか、振り返った朝海が私を見て不思議そうに首を傾げる。
「雪乃?」
「ごめん、パンツ見えそうだったから」
見え透いた嘘。背伸びした程度じゃ見えないのに朝海とってことじゃなくて、片岡の背中にくっつかれたら嫌だなんてとんだヤキモチ野郎と化している自分を自嘲的に笑ったんだ。
「先生、どこ出る?」
気にする事なく朝海が片岡の横に行ってそう聞けば、ほんの一瞬朝海の後ろにいる私にも視線が飛んだ。正直片岡のテストはげろ甘だった。対して英語が得意でない生徒もちゃんと平均点は取れるように仕組まれている。というか、授業を聞いていれば絶対に片岡は「ここ、試験に出すからな!」そう言ってくれる。そして本当にそのまんまの問題が中間では出てきた。だから片岡の英語で赤点を取ることはわりと難しい。
「立花、やる気になってるな!いい心掛けだ」
にこにこと嬉しそうに朝海に範囲を教えている片岡が可愛い。
「だって健太くんとデートしたいもん」
「健太ってかみけん?」
私の腕に絡みついている朝海を見てきょとんと片岡が聞いた。そういや神谷くんもダンス部だったっけ。
「そーだよ。私の彼氏!かっこいいでしょ健太くん」
「あーそうか。アサミちゃんって立花のことか、かみけんがいっつも可愛いって言ってるよ。清く遊べよ」
半笑いの片岡だけれど、神谷くんの言葉が嬉しかったのか、朝海は超絶ご機嫌だ。だけれど、私は成り行きでも朝海のことを名前で呼んだのがちょっと悔しくて…
「片岡、雪乃にも範囲教えて」
朝海を横に退かせて教卓に腕をかけていた片岡の腰に腕を回して横から抱きついた。
「いやいや一ノ瀬、離れろって」
「教えてくれたら離れてあげるから早く教えて」
「全く。ほら教科書貸せよ」
「ん」
試験に出る所に小さく星マークを書いていってくれる片岡に寄りかかる様にして心地の良い声を鼓膜に焼き付けていた。当然ながらそんな行動をとる私を朝海はぎょっとした顔で見ている。あーこれ絶対神谷くんにペラりそう…そうすると坂本先輩にも、ちょっと面倒だと思いながらも片岡の腰に回した腕を離せなくて。みんなの前で大胆不敵な態度をとっちゃう自分に、どうにも歯止めがきかない。
「はいできたよ。もう離れろ」
ぽんぽんって片岡が巻き付く私の腕に手をかけるから仕方なく離れた。余裕綽々の表情している片岡がムカつく。この前、少しは雪乃のこと意識してくれたと思ったのに、結局この生徒と先生って距離を縮められないんだ。モヤつく脳内。どうにか片岡が私を見てくれないかと思いながらも先に席に戻った朝海を追いかけるように一歩踏み出した時だった。教卓は一段上にあって、段差を踏み外した私はストンとその場に尻餅をついて、ぐにゃりと脚が曲がった瞬間激痛が走る。
「雪乃っ!」
「一ノ瀬っ大丈夫かっ!?」
朝海の声と片岡の声が重なる。近くにいたのは片岡の方で、私の背中に手を当てて顔を覗き込む。同時に朝海も駆け寄ってきてくれて…
「…いたた、」
脚首にほんの少し触れるだけで痛くて、蹲る。片岡が私の腕を自分の肩にかけると、そのままふわりと抱き上げた。
「保健室行くぞ」
さっき抱きついた時に思ったけど、片岡は案外筋肉質なんじゃないかって。小柄なのに軽々と雪乃をお姫様抱っこする片岡にぎゅっと抱きつく。
「雪乃大丈夫?」
一緒についてきてくれる朝海は今にも泣き出しそう。片岡推しの生徒達から冷たい視線を浴びながらも私は思いっきり片岡に抱きついた。真剣な横顔にただ胸が熱くて喉の奥から出かかった言葉をそっと呑み込んだ。
あとがき