「あーこれ骨いってそうだね〜」
保健医の先生にそう言われて苦笑い。時間が経てば経つほど脚首がズキズキと痛み出して自力で立っていられそうもない。
「とりあえず整形外科連れて行きますね自分が。一ノ瀬立てるか?」
「無理。脚つくと痛い…」
「分かった。俺が車まで連れて行くから少し我慢してろ」
そう言ってまた横抱きする片岡に私も抱きつく。
「重い?」
耳元でそう聞けば、ふっと笑って「全然」なんて言ってくれる。ゆさゆさと揺られながらもこの状況が少し嬉しくて「みんなに囲まれてる片岡は、雪乃好きじゃないよ」コテンと頭を擡げる。胸の中にあるモヤモヤを吐き出すように言葉を紡ぐ。コツコツと廊下を歩く片岡の靴音に紛れて片岡の笑い声が響く。
「何言ってんだよっ」
「はぐらかすなバーカ」
「おいおい一応俺先生だからね」
「雪乃のこと、大事にしてほしい」
「ばかもの、めちゃくちゃ大事に想ってるに決まってんだろーが」
分かってる、片岡の言う大事は、一生徒としての雪乃のことだ。でもそれじゃあ満足できない、満たされない。その他大勢と同じ扱いなんてさらさら御免だよ。
「さっき朝海の事名前で呼んだのも本当はちょっとだけ嫌だった」
「お前…可愛い事言うなぁ。たく我儘雪乃ちゃん、車に到着しましたよ」
とくっと胸が疼く。やばい、雪乃って呼んだ。それがめちゃくちゃ嬉しいけど、素直に喜べない可愛げのない雪乃は、片岡の耳を引っ張って「我儘は余計だよ」って言ったらふってまた鼻で笑うんだ。やっぱり腹立つ〜。
「後ろは嫌。隣がいい」
前回は後部座席にしか乗せてくれなかったからダメ元でそう聞いてみる。片岡は何も言わずに助手席のドアを開けてそこに私を優しく降ろしてくれた。離れてしまった片岡の身体。触れていた箇所全てが熱く脈打っていたのが分かる。ドキドキしてるの片岡にバレているかもしれない。それならそれでいい。後ろを回って運転席に座った片岡に私は「シートベルトかけて、直人先生」って左肩から伸ばしたベルトをひらつかせた。苦笑いの片岡は「こんな時だけ先生呼びしやがって、我儘雪乃」…どーしよう。名前で呼ばれるの死ぬ程嬉しいかも。身を乗り出してシートベルトを受け取ると、雪乃に覆いかぶさるようにしてベルトを引っ張ってきて、お尻の横でカチャリと止めた。
頬を掠めそうになるくらいの数センチの距離が埋まらなくてもどかしい。ちょっと散らかっている片岡の車は、香水とほんのり煙草の香りがした。
エンジンをかけた片岡は一度私を見てから前を向いてアクセルを踏む。
「動かすから大人しくしてろよ、いやいや今言ったでしょ大人しくしてろって、」
ハンドルを握っていた片岡の左手を取ってこっそり繋ぐ私に苦笑い。困ったように眉毛を下げる片岡のその顔は堪らなく性癖に刺さる気がする。
「病院着くまででいいから、繋いでて」
「だめだ」
否定してるわりに無理やり離そうとしない片岡の耳はほんのり紅い。やっぱり片岡は二人きりだと雪乃に甘い気がする。先生のくせにね。繋がれた手にゆっくりと指を絡めると、片岡が小さく溜息を零す。
「マジ誰かに見られたら俺クビだからね」
「クビになったら堂々と手繋げるけど、片岡のいない学校はつまんなくて辞めちゃうかも雪乃」
難しいなぁ…と頬を歪めたら、ぷって笑われた。それ以降、片岡は繋いだ手をそのままにしてくれて、病院に着くまでの数十分、私の世界は確実に色を付けていた。
骨折を疑った脚首は、重症な捻挫だった。レントゲンには写らない小さな骨が欠けていた場合も考慮して全治2ヶ月の結果だった。とりあえず一週間は安静にしていろって事で、試験前の貴重な授業を一週間も休むのはどうなんだ?って事で今回は特別に片岡が車で送り迎えを買って出てくれた。自分が側にいたにも関わらず怪我させてしまったから…と、まるで私の不注意を自分のせいだと言わんばかりに。それに対して周りの先生達は誰もが何一つ何の疑いもかけなかった事が、雪乃的には少し不満だ。いや、かなり不満だ。生徒と先生が二人きりで車に乗っているのに…
怪我をしたその日の夜から坂本先輩のラインがうざったく鳴り続いている。面倒だからほおっておいたらやっぱり坂本先輩は私のクラスに朝一顔を出した。当然朝海と神谷くんはまだ登校もしておらず、片岡の時間に合わせているせいで、他の生徒より少し早く教室にいた私は、明日からは視聴覚室に隠れていようと思った。そこで色々準備をする片岡を眺めながら。
お昼休み、朝海の元にやってきた神谷くんが、複雑そうな顔で私を見下ろしている。
「なに?」
「いやさ、ユキノちゃんってやっぱり片岡のこと好きなんだよね?」
不意打ちでそう聞かれ、胸がドクンと音を立てた。神谷くんに言われて第三者が見ても片岡への気持ちがバレているんだと。神谷くんは、坂本先輩に協力するって大見得張っちゃったけど、雪乃が片岡を好きならこれ以上協力はしない!だとかなんとか言っていて、朝海はそんな神谷くんの言葉に同調している。そして私は、気づいていたけれど認めていなかったからなのか、はたまた気づいた事を閉じ込めていた惨めさからなのか、片岡への気持ちが大き過ぎてなのか、「雪乃…」聞こえた朝海の心配そうな声に目を伏せる。それから小さくこくりと頷く。
「雪乃、片岡が好き…」
涙が出るほど人を好きになったのは生まれて初めてだ――。
あとがき