人は、人生で3回モテ期がくるなんてよく言われていたようだけれど、わたしが人生でモテた事なんて、ただの一度もない。
モテ期なんて無縁な人間は腐るほどいる。
そう、自分にはそんなもの、無縁だって思っていた。
「ーーえ?あの、」
「キミの事が好きなんだ。特定の人がいるのか?」
「いえ、いません」
「なら、心に決めた人でも?」
どう答えたらいいの?わたしにはそんな引き出し持ってないよ。眉毛を下げて長身の彼を見上げるわたしを少し不安げに見下ろすのは、エルヴィン・スミス。
わたし達の働くロイヤル・パラディホテルの国際部の人事部長でもあるこのエリートがわたしなんかを好きなはずがない。
食事に誘われたまでは分かる。誘いにのったのもわたしであって、美味しいフレンチをご馳走になってすごく幸せだった。
世界の色んな話も聞かせて貰ってすごく楽しい時間だった。だからご機嫌で帰ろうとしたら、腕を掴まれて突然そんな言葉を言われた。
心に決めた人…というのは、勝手な片想いも含まれるのだろうか?
「君はいつも、誰かを想っているようなそんな顔をしているから。それが私の事なら嬉しいのだが、」
エルヴィン部長を嫌いな人なんてこの世にはいない。だってこの人と一緒に居たら苦労する事なんて絶対にないって思える。
エリートで紳士で褒め上手で…
「ハル。私の事、見てくれないか?」
「あの、エルヴィン部長…わたしは、」
「急ぎはしない。君がYESと言うまで私は君を諦めないからな」
意外と強引!?え、え、えええ!!!!
ふわりとわたしを抱きしめたエルヴィン部長は、大柄な長身を屈めて頬に小さなキスを落とした。
途端にドキンと胸が激しく脈打った。
頬にキスされた事なんて、今まであっただろうか?
そもそもキスとか何時ぶり!?
ヤバいもう、覚えてない次元だ。
そういえばわたし、恋なんて何年ぶり!?
学生の頃付き合ってたよく分からない元カレを思い浮かべる。顔なんてもう思い出せないけれど、あの男はキスもしていないわたしに向かって「結婚して欲しい」なんて言ったっけ。
嬉しいとか通り越して、有り得ないなんて思ってしまったわたしは、当然ながら断ったし、別れた。
その後って、誰かと付き合ったっけ?
え?ヤバい、全然思い出せない。
就職してから我武者羅に仕事をした。
だから恋愛なんて二の次だった。
そもそもオトコと付き合わなくても東京には楽しい事が多くて。
「次は、ここにさせてくれよ、ハル」
「あの、はい」
って、何返事しちゃってるのぉわたし!
唇を指でなぞるエルヴィン部長に初めてエロスを感じたなんて。
改札に入ってホームに続くエスカレーターに登るまで、エルヴィン部長は見送ってくれた。
藍沢ハル、26歳。
久々のキスにドキドキが止まりません。