敵にしたくない女

「ゆき乃さん、ゆき乃さんっ!!どうしようっ!!」

バタバタと玄関で靴を乱暴に脱ぐと、奥のリビングでそんな声をあげた。
ソファーに座ってネイルの付け替えをしていたゆき乃さんがスッピンでこっちを見て、いや睨んでチッと舌打ちをされた。

この人は、大人の世界を教えてくれたわたしの先輩で、わたしの憧れの人。いつだってゆき乃さんは真っ直ぐで人にも自分にも厳しくて、でもそれがゆき乃さんの優しさだって分かる。唯一の弱点は、いいオトコにしこたま弱い。すーぐヤッちゃう。でもそんな自由なゆき乃さんは、わたしから見たらすごく眩しくて、やっぱり憧れている。
そんなゆき乃さんとシェアハウスで一緒に暮らしているわたしは、毎日が楽しい訳で。
ゆき乃さんがいたらオトコなんて別にどーでもいいって思っていた。ゆき乃さんは全然そんな事思ってないだろうけど。

「ハルあたしすげぇ腹減ってんのぉ。早くご飯作ってよ」

「あ、ごめんね。ゆき乃さんでも、今日はご飯食べてくるから自分でって、」

「えーだってハルのご飯が食べたかったんだもん!」

ほら可愛い。そんな風に笑顔で言われたらもう何も言えないよね。ゆき乃さんの為に作っちゃうよねぇ。
鞄を部屋に置いて手洗いうがいをしてからエプロンをかけて台所に立つわたしを見て満足気に微笑むゆき乃さん。

「で、なにがどーしよーなの?」

「え、あ、うん。実はねエルヴィン部長に告白された」

「はっ!?なにそれ、ハルの妄想!?あんた、エルヴィン部長が好きだったの!?」

はなから妄想だと疑われているわたしってどうなの?しかもこっちが好きって…。
まぁ恋に疎いわたしがあんなエリートに告られる事自体がたぶん奇跡なんだろうけど。

「いや違うよー。好きだって、付き合いたいって言われたの、本当に!!」

つい思い出して顔が緩む。あんな風に真剣に言われた事も早々ないから、単純に嬉しくて。
ニヤついてるわたしを見て「ほー」なんてソファーに転がるゆき乃さん。

「疑ってるかもしれないけど、本当だよお!」

「ふーん、で、どーすんの?あんなエリートと付き合ったら大変だろぉ。女も寄ってくるし、部長ファンの女から無駄に陰湿な嫌がらせとかされそーだしー。ああでもエッチは上手そうだからなぁ、そこはいいかもねぇ!!1回試してからにしたら?」

大真面目って顔ですごい事言うからね、この人。
そりゃ身体の相性も大事だとは思うけど、やっぱり中身だよね、心!
心が繋がってないと、気持ちいいものも、不快になっちゃう。

ジェルネイル用のUVライトに指を突っ込んでいるゆき乃さんはジーッとわたしを見ていて。

「試すって、ゆき乃さんじゃないんだから…」

「えーじゃあゆき乃が試してやろっか、エルヴィン部長と!」

ニカッて遠慮なく笑うその笑顔に、言われたことを置いといてキュンとしてしまいそうになった。
いや仮に試したとして、それでエルヴィン部長がゆき乃さんに落ちないなんて事はなきにしもあらずだ。
この人に勝てる女なんて絶対にいない。
今まで男の趣味で被った事は一度もない。勿論ブラウン管の向こうのアーティスト達だけれど。
それでもだ、ゆき乃さんと趣味が被ったら正々堂々諦めようって思う。戦うことなんてサラサラ、勝てるわけが無い。

「だ、ダメ!!エルヴィン部長がゆき乃さんに惚れちゃったら困るもん!」

「あら。案外気に入ってんじゃん、エルヴィンの事!安心して、ゆき乃あーゆーのタイプじゃないから!」

クスッと笑われてしまったけれど、実の所、エルヴィン部長に好きだと言われて、ちょっと気になってしまっている自分がいた。
そしてそれをゆき乃さんに見抜かれてしまった事でエルヴィン部長への想いもほんの少し強くなってしまうなんて。

だけどモテ期というのは、たった一人の人にという訳ではなく、翌日わたしは、エルヴィン部長以外の男性と会う事になったなんて。