「おいおい誰だよ、煉獄に女連れてこいっつったの、」
「俺だ」
宇髄さんの問いかけに答えたのは冨岡さん。無口でクールなイメージの冨岡さんは、こーゆう明るい場所が一見苦手そうに見えるけれど、人が多い所は嫌いではないらしい。そして、今回のわたしの恋路を全く知らないでいる冨岡さん。
「誰だァ冨岡誘ったのは」
不死川さんが眉間に皺を寄せてそう言うと「煉獄だ」と、もう一度冨岡さんが答えた。
「どーしよーもねェな、クソ」
クシャッて不死川さんの手が伸びてきてわたしの髪を一撫でする。彼なりに慰めてくれたんだと思う。
来てしまった事はもう仕方がない。こんな絵を描いていた訳じゃないけれど、人生は思い通りになるわけじゃない。
だけどーー…
「サチ、君は危ないから料理の方を頼む。テントは男がやるから。怪我をしたら大変だからな」
「では私は食材の準備を致しますね」
「助かるよ」
ニコリと微笑む杏寿郎にズキッと胸が痛む。そしてもう二度と聞きたくないと思っていた彼女の名前を杏寿郎が呼ぶ度に、心臓に針を刺されているかのようにチクリと痛いんだ。
疲れたら休めるからって、杏寿郎は持参のテントを組み立てている。そこへ宇髄さんも手伝いに行っていて、杏寿郎の許嫁は宇髄さんの彼女三人と仲良くBBQの準備をし始めた。
ゆき乃さんはパラソルの下、椅子に座ってカクテルを飲んでいて…わたしは食器を洗うことに専念していた。
水の音が少しでも聞きたくないものを聞かさないでいてくれるなら…なんて願いながら。
「ハル、しつこく連絡してすまなかった。今日君が来ていると思わなくて驚いたが、…会えて嬉しいよ俺は」
テント張りを終えた杏寿郎が手を洗いに水場に来た。ゆき乃さんがパラソルから心配そうにこっちを見ているのが見える。
動揺するな、ハル。これぐらいの事で。
「そう」
「後で少し話せないか?」
「何を?わたし達、話すことなんてないよね?」
「サチとの事、ハルにもちゃんと話しておきたい」
やめて、聞きたくない。そんなの必要ない。
身体事逸らして水場から去ろうとするわたしの腕を、それでも杏寿郎は掴んだ。
「ハル俺は、煉獄家の跡取りとしてと、一人の男としてと、どちらも選べない。それでも今、ハルに言いたい事が、あるのだ」
「…杏寿郎の言いたい事が何かは分からないし、知りたくもない。わたしが聞いて嬉しい事なの?それって、」
「それは、」
「話して楽になりたいだけじゃないの?」
「ハル…」
「わたしが聞いて嬉しい話し?杏寿郎の自己満足?…わたし達は、出会った時から幼馴染だよ。これから先も、変わるわけないよッ」
吐き捨てる言い方だったと思う。
自分がこんなにもひくい声で話せるのかと。
あれだけ杏寿郎と向き合うと決めてここに来たはずなのに、許嫁を連れて来た杏寿郎を、この期に及んで責めている。連れて来たという事は、杏寿郎も彼女を認めているという事で、不死川さんや宇髄さんにちゃんと紹介するつもりで連れて来たんだって、そう思うしかないじゃない。
「そう、だな。すまなかった。ハルの言う通り、単なる俺の自己満足なのかもしれぬ。話す事で楽になりたいのかもしれぬ。君は…こんな俺の事を何でも理解してくれているんだな。…すまない今更だ」
早く行って。もう帰って。限界だった。
杏寿郎がくるりと向きを変えた瞬間、堪えきれず零れ落ちた涙。気づかれたくなくてその場から逃げ出すように走ったんだ。
追いかけてくれるなんて思ってない。でも本当は、杏寿郎に追いかけて欲しかった。
それでも「好きだ」と、言って貰いたかった。
胸が苦しくて苦しくて、息ができないよ。
助けて、エルヴィン…
助けて、七海さん…