行列客を横目にわたしを誘導する建人さん。通された席は一番奥のソファー席で、この店で一番の特等席と思われる場所だ。
「御予約席?え、予約してたんですか?」
「ええ勿論。このお店はうちのリニューアル後に入るお店なので、職権乱用はご容赦くださいね」
そう言えばそうだったかも。ゆき乃さんとも行こう!って言ってたけれど、どーせホテルに入るからねぇなんて話が流れていたんだっけ。
てゆうか、やり手だなぁ…と。こんな職権乱用なら許しちゃうよね。
念願だったエッグベネディクトとパンケーキを食べたわたし達は、食後の珈琲を飲んでいた。
「テラス席も素敵ですね」
外にあるテラスまで満席だ。ふと景色を眺めるようにテラスに視線を移すと、心臓がドクンと音を立てる。…そこに居たのは、あの杏寿郎の許嫁のサチ…と、知らない男で。仲良さげに話している。勿論ここからじゃ外の会話なんて聞こえないし、あの二人がどんな関係なのかも分からない。分からないんだけど…ーー
「ハルさん?どうかしましたか?誰か知り合いでも?」
振り返ろうとした建人さんの手をその場でギュッと握る。だからあちらに行きかけていた視線が必然的に戻ってくる。
「な、なんでもないです。世の中に似てる人って3人もいるんですよ!もしわたしに似た女性が現れても間違えないでくださいね?」
「それは、自信があります。ハルさんこそ、間違えませんか?」
「間違えないですよー」
当たり障りのない会話。だけど知られちゃいけない気がした、建人さんにも。
どうしよう、気になって気になって仕方がない。それでもわたしはこの人との未来を選んだのだから…と、何度も頭の中で浮かんでしまうソレを打ち消すしかなかった。
◆
「おや、雨予報でしたかね?」
漸くショッピングを終えて車に戻った途端、グレーだった空が漆黒に変わり、大粒の雨が降り出してきた。
それと同時、ゆき乃さんからのLINEで【洗濯物外に干しちゃった!しまって、しまって!】なんて慌てたメッセージ。いやいくらなんでももう無理だと思うけど…なんて思うも、一つ息を吐くと建人さんに告げた。
「すみません、ゆき乃さんが洗濯物干してきちゃったみたいで。帰ります今日は」
「でしたらご自宅まで送りますね」
「すみません」
建人さんのBMWがゆっくりと音も立てず走り出す。無言の車内にはラジオがかかっていて、そこから流れ出てくるのは昔懐かしのラブソング。…学生の頃、杏寿郎が歌っていたのを思い出したなんて。
「いい曲ですね。実は好きなんですこの歌」
「建人さんも?」
「という事は、ハルさんも?」
「え、あーはい。そうわたしも。学生の頃流行ってて、よく歌ってました」
一瞬目を泳がせた建人さんは、すぐにニコリと微笑んでそれを口ずさんだ。
なかなか想いを伝えられない男性目線のその曲は、今思うと杏寿郎の気持ちだったのだろうか?なんて、今更な事を思ったりした。
「運転ありがとうございました。送って下さって助かりました」
「お構いなく」
シートベルトを外して外に出ようとするわたしを建人さんの腕が引き止める。振り返った瞬間重なる唇と絡まる舌に、早く出なきゃと思うのに身体がゆう事を効かなくなる…
「建人さん、ダメ、また今度…」
やっとの思いで胸を押してそう言うとゆっくりと建人さんの腕が解けていく。
「すまない。いつだってハルを離したくなくて、理性が暴走した。また週明けに会社で」
頬を優しく撫でる建人さんの手が離れる。
ドアを開けてシェアハウスの入口まで走った。ほんの少しの距離なのにびしょ濡れになってしまった。鞄からタオルを取り出して頬を拭った瞬間、後ろからギュッと抱きしめられたんだーーーー