風に
大きな岩に寄り掛かるみたいに背中をつけているあたしの髪が揺れて顔を隠すと、それを実弥の指が器用にほどく。
「一緒にならねぇかァ俺と。…俺はお前が好きだ。心底惚れてる。ゆき乃がどう生きてきたか少しは分かってるつもりだ。その変な呪縛から俺が解いてやりてェ。これから先は、俺の傍で笑ってるゆき乃を見ていてェんだ。…俺じゃダメか?」
ザバーンと寄せては返す波の音がBGMのように耳に入る。彼の着ている白いシャツと、中の黒いTシャツの裾が風で揺れてパタパタと音を鳴らす。見える景色は壮大な海。どこまでも続く海と、ちょっと濁った砂浜。太陽の光が眩しくて実弥のサングラスに手を伸ばそうとしていたあたしの手は、途中で止まって元の場所へと戻っていた。
付き合って欲しい…ーーそう言われるものかと思っていたあたしに届いたそれは、100パーセントのプロポーズで。それなりに人がいるこの砂浜で、この岩にはあたしと実弥の二人きりだけれど、まさか本当にプロポーズされるなんて思いもしなかった。
何も答えないあたしを見た実弥は、ポンとその大きな手を頭に乗せた。
「返事はいつでもいい。気持ちが固まったら聞かせてくれェ」
戻っていく手を空中で掴んで握りしめる。温かい実弥の温もりがそこにはある。確かにある。
「あたしがこのままOKしたら、交際ゼロ日婚になるわよ?」
「だなァ」
「…自信、あるの?」
「そりゃなァ。なきゃ言わねぇ。例え何日付き合おうがお前の人生事貰うつもりだァ」
瞬きすら惜しいと思った。一語一句聞き逃すことなく耳に入れたいと思った。今すぐにでもイエスと言いたいーーーのに、まだ言えない。
真正面からぶつかってきてくれた実弥に対して、誠実な答えを返せない。だってあたしには、たかが一夜を共にしただけのセフレって奴がいっぱいいる。そいつら全員切ってからじゃないと、この手を掴んじゃいけない…。だってこの手は汚れなき美しい手だから。せめてケジメつけてから掴みたい、それがあたしなりのプライドだった。
「うん分かった。ちゃんと考えて答え出す。…ありがとう、こんなあたしの事好きでいてくれて。本当のゆき乃はね、臆病者の寂しがり屋なの…もう実弥にはバレてるだろうけど、」
「知ってらァ、んなこと。俺も、言葉にするのは苦手だし、ゆき乃の些細な変化にも気づいてやれねぇかもだ。だからって愛してねぇわけじゃねェから。そこは、分かってて欲しい…」
「好きよ」…今そう言えたらどんなにいいか。喉まででかかった愛の言葉をあたしはゴクリと飲み込んだ。その代わりに実弥に向かって両手を広げる。
「抱きしめて」…そう願いを込めて…。
「馬鹿がァ」
そう言いながらも、あたしの手を引き寄せると、実弥の腕の中に強く抱きしめられる。目を閉じてトクトクと実弥の心音を聞く。
生まれて初めてのプロポーズは、潮風とほんのりセンチなひと時だった。