好きな男とハプニングありきでほんのり触れる程度のキスをした後に、なかった事にしてくれ…なーんて言われた女はどんな風に生きれば良いのでしょうか?
「元気がないな、ハル。なにかあったのか?」
昨日は結構飲んだ。普段そんなに飲まない分、あーやって飲む時は結構いっぱい飲むんだけど、最後の杏寿郎とのやり取りで酔いが全部覚めてしまった。
ゆき乃さんは思った通り帰ってはこなくて、だから話を聞いてもらおうにもできずじまいで、目の下に隈を作ったままであろう出社したわたしをエルヴィン部長が呼び止めた。
わたしの腕を掴んで大きな身体を屈めるエルヴィン部長に、自然と涙が溢れてしまう。
そんなわたしをすぐに引っ張って使っていない会議室へと連れ込んだ。
「どうした、ハル。何か辛いことでもあったのか?」
聞かれた所で、わたしを好きでいてくれているこの人には話せはしない。だけど、弱っている時にそれを誰かに気づかれて優しい言葉をかけられる事なんて今までなかった。だからどうすればいいのか分からない。
「ごめんなさいっ、ちょっと色々あって。…すみません、気になさらないでくださ、」
「君にそんな顔をさせたのは、どこのどいつか知りたい所だけれど、今は私が君を守る盾になる。好きなだけ泣けばいい、ハル。君を愛してる…忘れないで…」
すぐに戻ろうと思ったのにこの人の温もりはあまりにも安心できる。
女では背の高い方だけれど、そんなわたしをすっぽりと包み込んでくれる分厚い胸板と、香水なのかなんなのか爽やかな香りが鼻腔を掠める。
そして、この期に及んで愛してるなんて…外国人だから?日本人はこんな時、誰も愛してるなんて言う男はいないよ。
昨日は一ミリも出なかった涙が、今頃溢れて止まらなくて。杏寿郎とキスができた嬉しさなんてほんの一瞬で、それをなかった事にされたわたしは、その現実を受け止めきれずにいる。
誘ったのは自分だ。ハプニングがてら杏寿郎に抱きついて迫ったのも自分。あの時すぐに拒否らなかったのが杏寿郎の優しさだとでも言うのなら、そんな優しさは必要ない。
「あの、もう平気です、本当にすみませんでした」
エルヴィン部長の胸を手で押して身体から離れたわたしは、ズズッと鼻を啜って笑顔を作る。けれど、エルヴィン部長の指はわたしの目元を拭っていて…
「その悲しみを私に預けてはくれないか?」
「そんな資格、ないんです」
「それでも構わない。私はどんなハルでも、構わない。チャンスをくれないだろうか?」
ゆっくりと頬に手を添えるエルヴィン部長。視線と温もりで何となく分かる、次の行動が。
きっともう、杏寿郎とどうにかなる事は一生ない。ならば、わたしを愛してくれる人を見てもいいんじゃないかって。
ヤケになってるのかもしれない。杏寿郎にフラれた当て付けに。でもそれでもいいとこの人は言ってくれる。
寂しい時に抱きしめてくれるオトコが、本当に存在するなんて、思いもしなかった。
「エルヴィンさん…」
真剣な瞳が薄く閉じられて、最初から舌を絡ませるエルヴィンとのキス。こんなに濃厚なキスは生まれて初めて…
腰が抜けたわたしを片手で軽々と抱き上げると、エルヴィンはキスを止めなかったーーーー。