小さく
「すみません、私とした事が。なぜだか貴女が悲しんでいるように思えてしまって。泣いて…ないですか?」
頬まで伸びた手が、触れる寸前で止まっている。でも分かる。七海さんの大きな手が微かに震えている事が。その手がわたしに触れたいって言っているのが。
それでもギリギリの理性でそれを止めている七海さんは、本物の紳士だって思う。
わたしは昨日、理性もぶっ壊れて杏寿郎に迫ったくせに。
「大丈夫です」
わたしの声に七海さんの手が静かに彼の脚横に戻っていく。
「私の勘違いでしたね。失礼をしました。待つ…と言ったくせに、大人気ない事をして申し訳ありません、…藍沢さん?」
「どうしてそんなに謝るんですか?」
「え?」
「どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?わたしなんかの事…」
エルヴィンみたいに強引かと思ったら違って。わたしの気持ちを何より第一に考えてくれてる七海さんの優しさに、弱いわたしが甘えそうになってしまう。
その気がある訳じゃないのに、この優しさに甘えてしまいたくなる。
そんなのダメだって。七海さんを傷つけるだけだって思うのに止まらなくて…
「藍沢さんは、確信犯ですね」
「え?」
「何故ってそんなの…ーーハルさんを愛してるからです。勝手な片想いですが、ハルさんが悲しい思いをしているのならば、どうにかその悲しみを取ってやりたい…と思うのは、本望なんじゃないでしょうか」
優しい瞳で微笑む七海さんの腕をムギュッと握る。
「七海さん」
「はい」
「七海、さん…」
「悪いが、そんな泣き出しそうな貴女を前に、冷静でいられない」
トンとエレベーターの壁に背をつけるわたしの両腕を七海さんがそっと掴んだ。
ほんのりと香る煙草の香りが頬をかすめた。目を閉じると浮かんでしまう杏寿郎。
「ハルッ、」
だけど聞こえた七海さんの声に、脳内の杏寿郎がゆっくりと消えていく。
唇が触れ合うと同時にキュッて指を絡めてくれる七海さんに、脳内が痺れそうだった。
生温い舌が唾液と共に口内に流れ込んでそれを舐めとる七海さんの舌使いに、子宮がキュウンと締め付けられるようだった。
七海さんの舌は、わたしの首元を通って耳朶をハムッと甘噛みして、それから名残惜しく離れた。
大きく息を吸い込むわたしを見て、手の甲でふわりと頬を撫でる七海さんの優しい瞳に、この先の行為を思い浮かべて頬まで真っ赤になるのが分かった。
ゆき乃さんに言わせるなら、一度は試してみたい人…なんじゃないかと思えるぐらいの、甘ったるいキスだった。
こんなにも、キスで感じたのは、初めてだーー
それでもわたし達は付き合っていないなんて、言ってもいいのだろうか?