「煉獄先輩、今日は本当にありがとうございました。私の我儘に付き合って貰ってすみませんでした」
憧れの助手席に座ってシートベルトをカチッと閉めた私は隣でギアを引いてアクセルを踏み運転を始めた煉獄先輩の凛々しい横顔を見つめる。
横目で視線だけをこちらちに向けた煉獄先輩は、「川谷が喜んでくれたなら俺も嬉しいよ」…そーゆう台詞は、好きな女にしか言っちゃダメなのに。私みたいな女は簡単に勘違いしちゃうのにね。
それでもそんな煉獄先輩の優しいところが好きだから仕方がない。
「また…連れて行って貰えますか?」
「あぁ勿論だ!時間が空いたらまた連れて行くよ!」
そう言ってくれた煉獄先輩は、その日以降時間が空くと本当に私をちょこちょこと連れ出してくれるようになった。そんな事もあって、煉獄先輩との距離も前よりずっと近くなったと思い込んでいた。そこに特別な感情が流れているのは私だけで、煉獄先輩の優しさにただ甘えていたんだ。
いつもの水曜日のアフタージム。
ノー残業デーの水曜日はほとんどの社員が定時で帰る。故にこのジムを水曜日に利用する人もそんなに多くはなかった。
バイクを漕ぎながら私は先日の事を思い浮かべていた。デザイン制作部のハルがここのところよく煉獄先輩との打ち合わせで営業企画部に顔を出すようになっていた。
少し前に気になる人がいる…と言って頬を赤らめていたハル。なんでかその相手が煉獄先輩なんじゃないかと思えてしまう。営業企画部とデザイン制作部が組んで仕事をする事なんて昔からで今に始まったことではない。ハルも煉獄先輩以外の人と組んで仕事をしている事もあるし、相手が煉獄先輩だという確率は極めて低いとも思う。でもその逆で、一度煉獄先輩に接してしまったのならば、それは恋に変わる可能性は高い気がする。…やだな、こんな気持ち。ハルとライバルになんてなりたくはない。あんなにいい子はいない。いつも人の気持ちに寄り添えるハルの事が私は大好きだし、これからもずーっと仲良くしたいと思える一人だった。だからどうか間違いであって欲しい。どうか煉獄先輩を想うのは私だけであって欲しいと、願わずにはいられなかった。
そんな事を考えながら漕いでいたからか、気づくとサドルを踏む脚はゆっくりになっていて、「川谷、脚が止まっているぞ」聞こえた大好きな人の声に顔を上げた。思った通り煉獄先輩がいつもの黒タンク姿で私の隣のバイクに跨って漕ぎ始めた。
ハンドルを握る手から伸びた腕には筋肉の筋が美しくも浮き出ていて、短めに呼吸を繰り返す煉獄先輩の髪がふわふわと揺れていてドキンと胸が音を立てる。
どうしようもなく好きだと思ってしまう。アイスに言われた言葉が脳内を過ぎる。好きだと伝えたらどう思うだろうか…。そんな事を脳内で永遠と繰り返していた。
「今日は少し元気がないように思えたが、腹でも壊したのか?それとも腹を出して寝てたのか」
ジムで気の済むまで汗を流した後、火照った身体を冷やす様にシャワーを終えると煉獄先輩と一緒に駅まで行くことがいつものルーティンになっていた。それも私にとっては大切な時間で煉獄先輩と話せるこの時間を楽しみにしていた。
エレベーターのボタンを押して中に入ると煉獄先輩がそんな言葉を私にかけた。
「え?…もう、そんな訳ないですよっ!」
ペシンと痛くない程度に煉獄先輩の腕にほんのり触れる。こんな冗談も言って貰えるくらい煉獄先輩との仲は縮まっている事が嬉しくて、私の手を腕で受け止める煉獄先輩にこの期に及んでキュンとまた胸を鳴らした。
「そうか、川谷のことだからそうかなと思ったが違うならいいんだ」
「もう。ご心配かけてすみません!でもお腹は出して寝てませんので」
「ははは、そう怒るな冗談だ」
ふわりと煉獄先輩の手が私の長い髪を撫で下ろした時、エレベーターのドアがポンと開いた。見つめ合って笑っていた私達の前、そこに乗り込んできたのはハルだった。あ、と声を出したのはハルで、思わず笑顔が消えてしまう。
「ハル、」
「愛莉お疲れ…。煉獄さんも、お疲れ様です」
「こんな時間まで残業か。仕事が詰んでるのか?」
「そんな事ないですよ、」
なんとなくハルの顔が引き攣ったように見えた。狭いエレベーターの中、私と煉獄先輩とハルの3人。気まずい空気が流れているのか、会話も止まってしまった。
「藍沢さん、」
「明日は仮デザイン用意しておきますね!ではお疲れさまです。愛莉もまたね!」
1階に着くなりハルは煉獄先輩の言葉を遮るかのようにピシャリと言うと、すぐに出て行った。
「ハル…」
颯爽と歩き去るハルの後ろ姿を見ていたら、エレベーターの横にあった柱にゴツっとぶつかった。
「痛っ、」
「どうした?ぶつけたのか?見せてみろ、」
前を歩いていた煉獄先輩が振り返って私の前髪に触れるとそれをあげて額に触れた。ほんのり屈んで私の額を覗き込む煉獄先輩の吐息が頬を掠めて心拍数が一気に上がる。絶対顔赤くなってる…と思うも、こんなに近くで煉獄先輩を見る機会もそうないから目を開けて彼を見つめると「大丈夫そうだな」そっと離れて行った。
「ありがとうございます」
「藍沢さんに何かしてしまっただろうか…」
お礼を言った私の言葉を掻き消すぐらいの煉獄先輩のその言葉に胸がドクンと脈打った。
もう見えないハルの背中を探すように視線を
私が隣に居ることすら忘れるくらいに、煉獄先輩の視線がハルを探していたなんてーーー…
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