苦しくて

明けない夜はないと言うけれど、眩しいくらいに強い日差しを照りつける天気とは裏腹に、わたしの心は闇夜のように黒かった。
あれから、わたしは二人から逃げるように駆け足で会社を出た。残業をしていれば煉獄さんが来てくれるかも、なんて馬鹿な考えだったと思う。わたしが仕事をしている間、愛莉とジムで一緒に過ごしていたのだろうか。気にかけてくれていたのは愛莉の友人だったからなのだろうか。
そんな事ばかりがぐるぐると頭を巡り、二人が見つめ合っている姿やキスをしていた姿が焼き付いて離れてくれない。
愛莉はいつから煉獄さんの事を好きだったのだろうか。それとも煉獄さんが愛莉を好きなのか。そこにある気持ちは分からないけれど、あんな風に会社でキスが出来るくらいの間柄なのだろう。
もしかしたら、なんて期待をした自分が恥ずかしい。凄く滑稽だ。

「どうしたんだよ、藍沢。寝てないのか? 死んだ魚のような目してるぞ」

出勤してすぐ同じ部署の村田先輩が声を掛けてくれたけど、わたしは相槌を打つ気力もなく自席に座った。卓上カレンダーの会議という文字に溜め息が漏れる。最悪のタイミングだ。それでも今日の会議はデザイン制作部で行われるから愛莉と顔を合わせなくて済む。
愛莉はきっと、わたしの態度がおかしかった事に気づいてる。でも今顔を合わせても笑える自信がなかった。もし「付き合ってる」と言われれば、この黒く醜いわたしの心が露呈しそうで怖い。そんなわたしを誰が好いてくれるというのか。

「藍沢さん、時間だが…大丈夫だろうか」

突然の声にハッと我に返る。いつの間にか会議の時間になり煉獄さんがわたしのデスクの近くに立っていた。
声を聞いただけで胸が熱くなる。顔を見ただけで動悸がする。だけどわたしの胸を叩く痛みは、脈打つ度にわたしの心臓を刺していく。

「すみません、すぐ準備します…」

目を合わせることなく仕度をしてから会議室へと足早に向かった。いつもより煉獄さんとの間に一席分のスペースを確保してしまったのは無意識だった。視線を合わせて喋ることも出来なかった。その目を見たら泣いてしまいそうだったから。
このまま会議が無事に終わることを願っていたのに、最後に昨日のことに触れてきたのは煉獄さんからだった。

「昨日のことだが…藍沢さんの様子が少しおかしい気がしたのだが体調でも悪かったのだろうか。今も少し顔色が良くない」
「…すみません、考え事をしてたら眠れなくて」
「大丈夫か?」

優しくわたしを覗き込む視線を感じるも、わたしは顔を上げられなかった。わたしの些細な変化なんて気づかなくてもいいのに。優しさなんていらないのに。

「…愛莉とは、」
「ん?」
「二人はよく、ジムを利用しているんですか?」

それを聞いてどうするつもりなのだろう。考えるより先に言葉が勝手に口を出ていた。これ以上知りたくないと思ってるくせに、自分から傷をえぐろうとするなんて。

「あぁ、川谷とはよくジムで一緒に走っている。彼女は俺のペースについて来ようとする。なかなか根性があるな」

漸く顔を上げてまともに煉獄さんを見た。それなのに、愛莉との話を顔を緩ませながら話す煉獄さんに苦しくて息が出来なくなりそうだった。