愛莉に会って話をしよう。きっと同じように愛莉も悩んでるはずだから。
そう思って出社した月曜日。午後には煉獄さんとの会議がある。彼に会うのは気が進まないけど、仕事をしないわけにもいかない。その前に愛莉と話せたらいいけど。
「藍沢さん!」
デスクに座りパソコンを立ち上げたその時、フロアに入ってきて焦ったようにわたしを呼んだのは煉獄さんだった。どうして、と考えるよりも先に続いた彼の言葉に、気まずさも何もかもが吹っ飛んだ。
「山梨の旅館に今朝納品されたボトルなのだが、データが修正される前のものだったらしい」
「え、そんなはずは…」
「一度確認してもらえるだろうか」
煉獄さんと進めている案件とは別の、ボトル裏の成分表示を修正する依頼を受けたものだった。これもわたしが対応したものだ。急いでデータをチェックするも、制作したものは最新のものだった。もしかしたら印刷会社で何か抜けがあったのかも。
「すみません、すぐに確認します!」
任された仕事にトラブルが起きるのは初めてで不安と焦りで手が震える。取った受話器が手から滑り落ち机にぶつかった大きな音が耳を劈く。
すぐにそれを拾えず固まったままのわたしの手に煉獄さんの大きくて温かな手が重なった。
「大丈夫だ、心配ない! 今から俺が印刷会社へ出向いて実物を確認してくる。データが間違っていないか知りたかっただけだ」
「そんな、ダメです。わたしがちゃんと連携とれてなかったから…わたしも行きます! 連れてってください!」
もしかしたら、気付かないうちに仕事が疎かになっていたのかもしれない。その可能性があるからこそ、この件を誰かに任せてしまったら、もうわたしは一人で仕事ができないと思った。
少し驚いたように目を見開いた煉獄さん。だけどそれは一瞬で、「では七海部長に事情を説明して、準備して行こう」とわたしの肩をポンと叩いた。
苦しくて痛くて、顔を合わせたくないと思っていたのに。こんなにも安心する温もりは、他にはきっといないだろう。
◇
結局、印刷会社の担当者が古いデータをそのまま使用してしまった事によるミスだと分かった。自分に非がなかったとはいえ、もっとちゃんと連携が取れていたらと思わずにはいられない。煉獄さんがクライアントに謝罪に行くと言っていたのでそれにも連れて行ってもらうことにした。直接関わったことがあるクライアントではないにしろ、最後まで責任を取りたい。
七海部長に連絡をして、煉獄さんに同行することを許可してもらった。今回のクライアントが他県ということもあり、事が終わったら直帰をするように言われた。電話をしている間に煉獄さんが菓子折りを買って戻ってきた。
「大丈夫だったか?」
「はい。今日期日の仕事はありませんし、わたしの気の済むまでやっていいと言ってくれました…」
「そう気を落とすでない! こういう事は稀にある。だから俺達営業がいるんだ」
さぁ行くぞ、とわたしの背中を少し強めに叩いて煉獄さんが駅へと向かう。煉獄さんの背中が大きくて、わたしの不安を拭ってくれるその優しさに胸がきゅっと締まる。じんじんと背中が痛んだけど、「はい!」と背筋を伸ばし前を向いて彼の後を追った。