宣戦布告

たった一日、されど一日。
たかが知り得た時間だというのに、煉獄先輩の居ないこのフロアがこんなにも退屈だったなんて、初めて知った。
今まで出張がなかった訳じゃない。普通に色んな地方へと出向いていた。勿論泊まりで行ったことも何度もある。でもそこにハルが同行しているというだけで、その時間は永遠のように思えた。

翌、火曜日。
始業時間を過ぎても煉獄先輩のデスクは空っぽのままだった。煉獄先輩の居ない午前中はとんでもなく長くて私は無心で仕事をした。

「愛莉〜!お昼行こー!」

受付嬢のゆき乃と総務部のアイスがお財布をくるくる回して私のデスクに呼びに来た。
カフェテリアの奥にある社員食堂のテーブル席で3人で食べるランチ。
ハルがいないことに誰も何も言わないけど…

「お待たせっ!お昼間に合った!」

え?顔をあげた私の前、昨日と違う服を着たハルがお盆に生姜焼き定食を乗せてゆき乃の隣に座った。
色白のハルは暑いと頬が林檎のように火照っている事が多く、薄手のカーディガンを肩に掛けて胸の前で結んでいる。

「あーもうお腹すいちゃったよ!いただきまぁーす!」
「ねぇ首、汗めっちゃかいてる!夏休みの少年みたいに襟足はねまくってるわよ」

呆れたゆき乃の言葉にハルは恥ずかしそうに首を竦めると「だって外めっちゃ暑いもん」手にしていた小型扇風機のスイッチを押すと想像より強めの風がブイーンと吹き荒れた。
風に揺れて乱れたハルの髪からは、うちの商品とは少し違った香りがした。

「愛莉ちゃん?どうしたの?食べないの?」

ハンバーグ定食を前に固まる私にアイスが不思議そうに見つめている。
その声にゆき乃とハルの視線も同時にこちらに飛んできた。

「た、食べるよ!もう。いただきます」

両手を合わせてそう言うとアイスが安心したようにニコリと微笑んだんだ。

「でぇ、どーだったのぉ?山梨」

いつものボロネーゼをフォークに巻き付けながら髪を耳にかけてそれをパクついたゆき乃が、隣のハルにそう聞く。生姜焼きの隣についてるマカロニサラダのマカロニをフォークでぶすぶす刺していたハルが「あ、うん。大丈夫だった!印刷会社が修正前のデータで作っちゃったんだけど、納品日まで多めにとってたからギリギリ間に合って無事に解決です」ホッとしたようなハルの言葉にゆき乃とアイスは「よかったねー」って返している。でも私が聞きたいのはそうじゃなくて…

「ハルあのっ!!れ、煉獄先輩と一緒だったんだよね?」
「あ、うん…」
「ハルは、好き、なの?…煉獄先輩の事…」

こんな事を聞くつもりではなかったんだけれど、どうしたもんか言葉が勝手に出てきてしまった。肝心な時はいつも何も言えないというのに、こーゆう時に限ってなんで出てきちゃうのよ。
でも、見つめる先のハルは真剣で。ゆき乃もアイスも私とハルの会話に黙って耳を傾けている。
マカロニを口にしようとしていたハルは、私の言葉に手を置くと水をゴクリと飲み込んだ。それから真っ直ぐに私を見て続けたーー

「うん好き。わたし煉獄さんの事が好き。ごめんね、黙っていて。前に言ってた気になってる人っていうのが、煉獄さんの事なの」

そんな。今すぐにでもこの場から逃げ出したくなる気持ちをぐっと抑える。
俯いている私にハルは更に続ける。

「愛莉も、煉獄さんの事好きなんでしょ?」
「え?」
「分かるよ、見てれば。同じ人見てるのぐらい。…この前エレベーターで気まずい空気作っちゃったよねわたし。なんか二人が凄く仲良さげでお似合いで、嫉妬しちゃったの、ごめんね」

クシャッて顔を崩して笑うハル。そんな風に言われるなんて思ってもみなくて…
箸を握る手にぎゅっと力を込めた。

「私も、煉獄先輩が好き。ずっと前から好き、だったの。でも自分に自信がなくて、ゆき乃やアイスみたいになりたいって思ってたけど、あまりに何の行動もできなくて、胸張ってみんなに好きって言えなくて…ごめん、」

知らぬ間に溢れ出していた涙は、瞬きをした事でボタボタと一気に零れ落ちてお盆の色を濃くする。

「まぁ知ってたけどね、だいぶ前から。ゆき乃のダーリンが誰だと思ってるのよ?」
「え?リヴァイぶちょ、えっ!?」

ふふふって笑うゆき乃。
まさかリヴァイ部長にそんな風に見られていたなんて。そんな素振り見せないし、そんな事思いもしない。思わず可笑しくて笑った。

「愛莉、わたしね、もう煉獄さんに伝えたの自分の気持ち。答えはまだ貰ってないし、そーゆうつもりで告ったわけでもなくて。でもやっぱり愛莉の気持ち知った上でも、煉獄さんを好きだと思ってる。だからさ、愛莉も伝えて欲しい、愛莉の気持ち。悔しいけど、愛莉が相手なら諦めるけど。告白できない気持ちなら、わたしは譲れないから」

吃驚した。ハルは私と似た性格だって思っていたけど、今目の前にいるハルは、私とは全く似てもいない。自分の気持ちをハッキリと言葉にして相手に伝えている。
負けたくない…

「うん、分かった。私も、簡単に諦められる気持ちじゃない。だから負けない!」
「うん!」

ふわりと柔らかく笑ったハルは、すごくすごく輝いて見えた。
そして思うーーライバルがハルでよかったと。