期待の先へ

恋をすると、こんなにも世界は色づいて見えるものなのだろうか…
煉獄先輩は、私の事、どう想っているのだろう。

金曜日、定例会の日。

「ごめん今日、イデア先輩にご飯誘われて…」

仕事が落ち着いてきた我が営業企画部。と言っても暇なわけではない。やる事はいくらでもあるし、いくらでも作れる。来週行われる研修に向けて私はマニュアルを作成していた。就業中にも関わらずアイスが私のデスクまで来ると小声でそう言った。見上げたアイスの顔は、それでもちょっと嬉しそうだ。
インドアなイデアさんからの誘いなら尚更嬉しいんだろうなぁ〜と思う。

「行ってきて!というか私たち相手に遠慮することないのに〜。その変わり、どうだったか後でちゃんと聞かせてね?」
「うん、まぁ、ありがと。愛莉ちゃんはどう?最近…」

チラリとアイスの視線が私の斜め後ろで作業している煉獄先輩に移るのが分かった。
それだけでトクンと胸が大きく脈打つ。

「うんと、それはまた改めてゆっくり…でいいかな?」
「うんじゃあ待ってる。本当にごめんね、みんなで楽しんで!」

ごめん!と、鼻の前で手を縦に構えたアイスは、自分のデスクへと戻って行った。一つ息を吐き出した私は改めて視線を煉獄先輩に移す。
え、…こちらを見ていたのか、煉獄先輩と視線が絡み合う。すると煉獄先輩は作業していた手を止めてこちらに歩み寄った。

「川谷、今夜空いてるだろうか」
「えっ、今夜、ですか?」
「ああ。先日のワインを一緒に飲まないか?」
「あ、あーそういう事ですね、はい、嬉しいです!」

私の言葉にホッとしたように微笑む煉獄先輩の続く言葉に心臓が最高潮、高鳴ったんだ。

「ならば今夜俺の部屋に招待させてくれ」

ーー期待、してもいいの?



それからはもう仕事になんてならなくて。
PC画面の作成途中のマニュアルを読み返せば、誤字脱字は勿論、全然違う作業の説明文が入っていたりと、極めて残念な文章を打ち込んでしまっている。それでも何とか気持ちを落ち着かせようとカタカタとキーボードを打つ手を止めずにいるも、きっと後から見直したらなんだこりゃ…と思う仕上がりになっているかもしれない。
それでも何かをしていないと落ち着かず、作業を止めることもなかった。

お昼に受付から戻ってきたゆき乃は、リヴァイ部長と二人、部長室でランチをとっていた。つい、ゆき乃を見ると先日のキスを思い出してこっちが無駄に赤くなってしまって、しばらくはゆき乃もリヴァイ部長もまともに顔が見れそうもない。でも逆に言うなら…恋人となら普通にキスもするんだと思うと、顔から火が出そうになって、同じ日の自分たちを思い浮かべてまた悶絶しそうになった。
思い出すだけで胸がキュンと音をたてる煉獄先輩とのキス。
ハルは、知っているのだろうか?
不安がないわけではない。まだ煉獄先輩の口から確信的な言葉を貰ったわけではないから。けれど、お酒が入っていたとはいえ、あの場面で煉獄先輩からキスをくれた事は、嘘偽りのない事実である。そこにあった煉獄先輩の気持ちを信じたい…
あの時勇気をだして煉獄先輩に好きだと想いを告げた自分へのご褒美だと、思い込んでいたんだ。





「お、邪魔致します」

カチンコチンというか、手と足が一緒に出てるんじゃないかというか、手汗は酷いし、なんなら背中すら汗をかいているかもしれない。
初めて訪れた煉獄先輩のマンション。ご実家は地主の立派な門構えの古き日本庭園のような場所だと聞いていたものの、当の本人はこのマンションでどうやら一人暮らしの様だ。ますます緊張しながら私は家に上がり込む。
ワインは煉獄先輩が持っていてくれたからこの家にあるはずで。帰り際でスーパーでお摘みになるような物を適当に買った私たちは、漸く部屋で一息ついた。

「素敵なお部屋ですね」
「何もないだろう。男の一人暮らしなんてこのようなものだと思うが、」
「煉獄先輩の匂いがして、心地いいです。!!!すみません、変なこと言って…今のは忘れてください」

つい口を継いで出た本音に私は顔を手で隠した。恥ずかしすぎて顔があげられない。

だけど…「川谷、君に大事な話がある」そう言った煉獄先輩は、大きく息を吐き出すと、間髪入れずに言ったんだ。


「すまない、川谷と付き合う事はできない」

ーーふわふわとしていた緩いピンク色の気持ちが一気に黒く染まっていく。

なんで!?
見つめる先の煉獄先輩の瞳が小さく揺れた。


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