分からない自分の心

これまでの人生で悩んだことは数知れないが、その度に自分の心に問い、周りの助言を聞き、自ら答えを出して進んできた。その一つ一つが今の自分を作っていると自覚している。多少の後悔はあっても、それも自分でしてきた選択だからと受け入れて前に進んできた。
だが、いま俺はいくら問うても答えが見いだせない悩みに直面していた。
端からみたら贅沢な悩みだと思われるかもしれないが、人生でこんな経験をしたことがない俺にとっては、正直どうしたらいいのか分からなくなっていた。
同じ部署で働き俺の業務を支えてくれている川谷愛莉。同じプロジェクトを通じて知り合い共に製品を作り上げている藍沢ハル。この二人の存在が、気になって仕方がないのだ。こんな感情になるなど信じられなかった。自分には無縁のものだと思っていた。
その瞬間瞬間に湧き上がる感情に嘘はない。姿がなければ気になるし、笑顔を見れば自分も嬉しくなる。元気がなければ笑って欲しいと思う。だけど、それが恋愛感情なのかどうかが混乱するこの想いが邪魔して見えてこないのだ。
それに、藍沢さんからは想いを告げられたばかりだった。きっと彼女にとって不本意だったであろうタイミングで。突然唇に触れた熱に驚き、涙を拭うことさえ出来なかった。
そして自惚れかもしれないが、川谷も俺に好意を寄せてくれてるのだと感じていた。そういうのは疎いが、そんな俺でも分かるほど彼女の視線を感じていたし、ジムで一緒に体を動かしている時間が彼女にとっても特別なのではないかと思えた。
二人の想いを嬉しく思いながらも、自分の気持ちが見えていないなんて、俺はなんて最低な男なんだ。

「ふぅ…」

無意識に出た溜め息が思いの外、大きな音となって漏れた。暗くなったオフィスに残るのは俺だけだ。仕入先から戻って資料を作成しようと思ったがどうにもはかどらない。二度目の溜め息が零れたのと同時、フロアの入口で「何してやがる」と背筋が伸びる声が聞こえた。

「リヴァイ部長、お疲れ様です。直帰じゃなかったんですか?」
「いや、忘れ物を取りに来ただけだ。それより煉獄…何かあったのか?お前が溜め息なんて珍しいじゃねぇか」
「それは…」
「ちょどいい。今日はゆき乃がいねぇ。飯に付き合え」

上司に誘われても断る時は断る。だが、仕事にも身が入らない。それにリヴァイ部長は恋愛とは無縁に見えたのに気づけば恋人を連れていた。それも俺が気になる二人の友人だ。無意識に縋ろうとしていたのだろう。二つ返事で俺は急いでパソコンを落としリヴァイ部長と共にオフィスを後にした。





「それで、何に悩んでやがんだ。仕事じゃねぇだろ…言っとくが、俺は今日一切仕事の話はしねぇぞ」

ビールとワイングラスが運ばれ、俺のビールジョッキに軽くグラスを合わせたリヴァイ部長がワインを一口飲んだ。二人で飲みに来たのは、俺がリヴァイ部長の補佐をする直前に仕事の話をする為に誘われたとき以来だった。いつもは会社での飲み会がほとんどだった。しかも今回は仕事の話ではない。自分の悩みがどれほどのものなのか、道筋が見えるのではと期待して来たもののリヴァイ部長に打ち明けるべきなのかと珍しく言葉がすぐに出てこなかった。
二人の存在が気になるなど、自分でも認めたくない感情だったからだろう。

「実は…」

ジョッキに入っているビールをすべて胃に流し込んだ後、自分の想いを吐き出すように言葉にしていく。心の中で思案しているだけとは違い、言葉にしてみるとまた少し見え方が変わり、自分の想いが形になっていくような感覚だった。
今の自分の状況を掻い摘んで話をする。ずっと黙って聞いていたリヴァイ部長が俺に放った一言に、俺はまさかと半信半疑ではあった。そんな事を実際にするつもりはなかった。だが結果的に、それが自分の想いに気づかせてくれたなんて、経験者は語るといった所だろうか。

「自分の気持ちを確かめるのは簡単だ。好きかどうかなんて、キスすりゃ分かる。相手に触れれば自然と自分の気持ちなんて分かるってもんだ」