君が好きだ

それから一週間程経った金曜日。
華金と言われるだけあって定時を過ぎるとぽつぽつと帰宅する者が多くなる。時計を確認し、パソコンの電源を落とすとその流れに乗って俺も会社を後にした。
会社の最寄り駅は広いロータリーがあり、樹木の周りにはベンチが置かれ夜になるとライトアップされている。冬にはイルミネーションが灯るような整備された場所だった。
駅に流れゆく人から離れ、その一画にあるベンチに近づき座ることなく傍に立った。緊張で座っていることができないと思ったからだ。
電車の発着時刻以外は人も疎らになるこの場所で、会社の方に何度も視線を向ける。少し冷えた夜風が頬を撫で髪を揺らすも、それを心地いいと思う余裕さえなかった。
時計を見ると、この場所に来てからもう一時間以上は経っていた。それでもまだ期待を捨てきれずもう少し待ってみようと時計から視線を上げた時――「煉獄さん」――その声に安堵と歓喜が溢れ、その表情に不安と心配が募った。

「藍沢さん…来てくれないのかと思った」

俺の前に立つ彼女の瞳が赤かった。直前まで泣いていたのではないかと安易に予想できた。どうしたのかと聞いた俺を見て、彼女が首を横に振る。

「本当は、来るのを躊躇っていました。金曜日はいつもみんなで会ってるんです…愛莉も一緒に。それでわたし、煉獄さんから誘われですぐに会社で愛莉から聞いたんです、煉獄さんとの事を。どうしたらいいのか分からなくて、あなたからの言葉を聞くのが怖くて。そんなわたしをみんなが…愛莉が背中を押してくれたんです」
「川谷が…」
「友達でいたいなら行かないと許さないって言われました。わたしが振られたら慰めてくれるって…。もし、その反対だったとしても、ハルなら認めるって…」

溢れた一粒の涙を彼女は慌てて拭いた。それから深呼吸をすると、俺の目を真っ直ぐに見つめ上げる。
一歩前に詰め寄り、彼女との隙間を縮めた。まだ痕の残るその頬を指の腹でそっと撫でる。

「俺はずっと自分の気持ちが分からないまま君達に接していた…正直に言う。君だけでなく川谷ともキスをした。伝えたところで君を悲しませるだけなのは分かっているが、それが原因で君達の仲が悪くなることは望んでない。俺のせいなのだ、すまない」
「…そう、だったんですね」

明らかな戸惑いを孕んだ瞳が揺れている。俺にはこの涙を拭う資格なんてないのかもしれない。だけど、もう…気づいた気持ちを隠すことなどできない。
自分勝手な男で申し訳ない。それでも俺の心にいるのはただ一人だけ。

「自分の気持ちが曖昧だったせいで、君達を傷つけてしまってすまなかった。だが俺は…藍沢ハル、君が好きだ。何があっても幸せにすると誓う。川谷にも…君を泣かせないと約束した」
「え、愛莉に?」
「彼女に断りを入れた時、川谷は俺の気持ちを見破った。俺が誰を想っていたのかを。その時に言われたんだ、ハルを泣かせたら許さないと…」

俺の言葉に次々と彼女の目から涙が溢れた。両手で顔を押える彼女に、戸惑いながらも俺はその身体を自分の腕の中に収めた。震える肩を抱きしめ背中を擦る。そしてもう一度、その言葉を紡いだ。

「俺は君が好きだ。ハル…俺と付き合って欲しい」

腕の中で小さく、「わたしでいいんですか?」と彼女が呟いた。身体を離し下がっている視線を上げさせれば潤んだ瞳に俺がゆらゆらと映っていた。
自分の気持ちに気づいたのが遅かったが、思い返せばいつも彼女の笑顔に救われていた。彼女と向き合うのが最後になるかもしれないと思うと苦しかった。
今は俺のせいで泣かせてしまっているかもしれないが…これから先、彼女が悲しい時は寄り添ってあげられる存在になりたい。彼女が笑顔になれる存在になりたい。

「今更何を言うか。君と一緒に仕事をして知った顔が沢山ある。懸命に仕事をする真剣な顔も、ふとした時に零れる笑顔も…これからもずっとそばで見ていたいと思ったんだ。君といると俺も笑顔になれる。もう悲しませたりしない」
「…っ、」
「君が好きだ。不安なら何度でも言う…だからもう、泣かないでくれ」
「煉獄さんっ…わたしも、あなたが好きです」

ここが駅前の公共の場だと言うことを忘れるほど、自分達の世界に没頭していた。想いが通じ合うことがこれほど多幸感を運んでくるものなのかと。
ただそれと引き換えにした涙の数を、俺は忘れてはいけない。

「ハル…」

名前を呼ぶと染まる頬が愛おしい。静かに手を頬に添え顔を近づける。
初めて彼女の唇が触れた時も濡れていた。だけど以前のようにしょっぱくはない。甘く胸を擽るような、そんな口付けだった。


―Fin―