幸せの足音

「何かいい事あったでしょ?」

定例の女子会。梅酒が入っているグラスを机に置いたタイミングで目の前に座るゆき乃が声を掛けた。
突然の質問に「え?」と返すも、好奇の視線達がわたしの逃げ場を塞ぐ。

「え、なになに?ハル何かあったの?」
「聞きたいー!」

何も無い、というわたしの言葉が掻き消される。否定はするも顔が熱くなっていくのが分かる。脳裏に煉獄さんの顔が浮かんでしまったからだ。
こういう話は好きだけど、まさか自分がすることになるなんて。ただ何となくまだ言葉にはしたくなかった。勿論何かあれば真っ先に皆に報告したい。だけどまた「何も無い」のだ。言葉にしてしまえば余計に舞い上がってしまうから、痛い女にだけはなりたくない。

「待って待って!あのね、ちょっと自分の気持ちがまだ整理できてないの。その…気になる人が出来て、」

まだ何も言っていないのにその場が高音に包まれる。本当に女は人の色恋が好きな生き物だ。

「誰なの?ねぇ、誰よ!」

興奮するゆき乃は、その口から次々と名前を出していく。社内の人だなんて一言もいってないのに飛び出す名前は全てこの場にいる全員が知ってる人だった。

「ハルの上司の七海部長?それとも村田…はないか。うーん、あと誰がいたっけ。営業は宇髄、煉獄… 」

その名前にどくんと胸が大きく鳴るも、わたしは笑って「内緒!ちゃんと自分の気持ち確かめさせて」と誤魔化した。
待ってるよ、と愛莉とアイスは温かな視線を送ってくれる。聞き出したゆき乃はもう叩いても意味が無いと察知したのか、すでに意識が運ばれてきた唐揚げに向いていた。
それをみんなで突っ込んで笑い合う。心の底から笑っていられるこの時間が好きだった。次に集まる時までには、ちゃんと自分の気持ちを確かめよう。もしかしたらいい報告が出来るかもしれない。

心が軽やかだと仕事も楽しくなる。月曜日は憂鬱な気分で出社をすることが多いけど、わたしの足は軽やかだった。
何故なら今週から煉獄さんとのミーティングが週2回になるからだ。一週間のうちに2回も会えるだけでこんなにも心が弾む。制作部より1階上の営業企画部に顔を出すと愛莉が手を止めて来てくれた。

「ハル、どうしたの?」
「今からこっちでミーティングなの。煉獄さんは?」
「確か少し部長に呼ばれてたからすぐ来ると思う」
「じゃあ先に会議室で待ってるね」

今にも鼻歌を歌い出しそうな程に浮かれていた。愛莉がじっとわたしを見ていたことにも気づかなかない程に。

「待たせたな、藍沢さん」
「時間通りじゃないですか。待ってないですよ」
「すまないが、先に送ってくれていたPDFを印刷し忘れたから少し、」
「それなら煉獄さんの分もありますよ。どうぞ!」
「気が利くな、君は。俺が頼りっぱなしだ」
「そんな!わたしこそ、煉獄さんがいるから…頑張れてます」

そうか、とわたしに微笑むその笑顔に胸が締めつけられる。もう何度味わったか分からない甘い痛みに、彼が好きだと認めるしかなかった。

「漸く形になってきたな!香りも決まったし、あとはデザインとパッケージだな」
「何だかワクワクしますね!」

煉獄さんと作り上げた商品。本当に嬉しくて緩んだ顔のまま彼を見ると、その大きな瞳がわたしを捉えていた。視線を動かすこともできず、何故だか言葉が詰まってしまう。

「俺も、楽しみだ」

伸びてきた手がわたしの頭にポンと触れた。温かくて大きな手だった。大きな瞳が細まり柔らかな笑顔を向けられ、煉獄さんがわたしの髪を優しく撫でる。
仕事も恋も上手くいくような、そんな気がした。